ゴールド帯最強の男
サスノさんをしっかり見届けた後、口笛を吹いて馬を呼ぶ。直ぐにこちらに来てくれたので跨り辺りを走り回る。サスノさんとの対決場所を避けてこちら側に侵攻している竜騎士団を見つけたので焔祓風神拳を放つ。
狂乱するかと思いきや列を乱さず盾を構えてやり過ごそうとしている。信心を支えにしているのかこんな状況になってもまだ。姉は随分と酷な真似をしているなと思わずにはいられない。
確かにブラヴィシは人を救った、それは間違いないのだろう。だが今は違う。今は誰も救ってはいない。経典は救ってくれるかもしれないが、今こうして信者が死にゆくのを救ってくれない事実を何故誰も見ようとはしないのか。
死んでも救いがあると思っているのかもしれない。だが死んだ後何て誰にも分からない。考えるのも出来ないのだから虚無かもしれないし……異世界に行っているかもしれない。
確かなのは死んだという一点だけだ。それ以上でもそれ以下でもない。現時点で自分たちを救ってくれないブラヴィシの為教団の為に命を捨てるのか?
「いけぇっ! 焔祓風神拳!」
その問いを言葉でなく戦いによって求めるしか今は無い。焔祓風神拳を鞍の上に立ちながら放ち続ける。やはり彼らの中に野上の呪術の影響を受けているものが居て、焔祓風神拳を受けた時のダメージの受け方が違う。
流石に周りの騎士団員たちも仲間が可笑しなダメージを受けているのを見過ごせず、藻掻き苦しむ者たちを隊列の外へ出し鎧を脱がせていた。僕はそのまま列に向かい焔祓風神拳を放ち続ける。彼らがリアクションして来た今が綻びを生ませるチャンスだ。
「焔祓……」
「おっとここに居たのかい」
警戒はしていたつもりだけど受け身な相手に対して連発して隙が生まれたようだ。
「風神拳!」
「かっ!」
振り向き様に拳を突き出したが、声の主は至近距離で剣を振り回し風圧を生み出し直撃を避けた。だが
「なるほどこれは厄介」
黄金色の鎧の中へと炎が潜り込もうと試みていたが、払われてしまう。この人こそ焔祓風神拳の直撃を恐れても可笑しくない。まさに己の欲の為にカイビャクやカイテンを掻きまわしていた張本人なのだから。
「ここまで来ましたよ……いや、待ちきれなくて出て来たんですかねやっぱり」
僕が馬から飛び降りそう問うと、いつもの温厚で穏やかな顔を一変させ口角を吊り上げ邪悪な微笑みを見せる。ゴールド帯最強の男にして剣のみで言えばソウビ王に匹敵する男。この人とソウビ王がいなければ僕はもう少し自惚れて居られただろう。
互いに構えを取り向き合う。禍々しい瘴気に殺気を併せて放ち興奮状態のこの人と戦うのはどんな戦いよりも気が重い。どのくらいまで敵うかなんて暢気に考えて居られる立場でもない。勝たなきゃならない。
「シャアッ!」
今回は本気で来ているのが分かる動きだ。瞬きする間に目の前に来て剣を振り下ろしている。せめて出だしくらい加減してくれるのかと思いきや、いきなりトップスピードで斬りかかって来た。
「おやおやこれも防ぐとはやるようになったなぁ!?」
とても楽しそうに声を上ずらせ、長い舌を出し目をひん剥いたまま恐ろしい速さと予測し辛い角度から斬り込んでくる最強の剣士。元より防御を捨てているスタイルの二刀流なので鎧は来ていても身軽だ。
「出来れば加減して欲しいんですけどね」
「冗談言うなよぉ!?」
冗談ではない。三鈷剣が振動しリベリさんの剣に対して高速で反応しまるで先読みみたいに動いていて手が痛いくて、それに対応し続ける僕の身になって欲しいってのが正直なところだ。戦闘狂とでも言うのか、見どころのある人間を見つけては追い込み逃がしては育てを繰り返して来たリベリさん。斬久郎は強さに憧れていたが、こんな姿も憧れていたのだろうか。
「斬久郎さんは逝きましたよ」
「それで?」
「止められなかったんですか?」
「止められなかったねぇお前を。せめてもう少し追い込むかと思ったが」
「アイノさんを巻き込んだ理由は何です? 正義の味方ではないでしょうが、あんなやり方しなくても良かったでしょうし、何より貴方らしくない」
「俺の何が分かるんだい? 坊や」
お喋りは終わりだとばかりに畳みかける様に仕掛けて来たが、綻びを見逃さない。斬久郎さんの話を振った時も少し遅くなり、アイノさんの話をした時に微妙な間を開けた。
僕の右手首に縄が出現しリベリさんの右足を高速で払う。止められはしなかったが確実に不意を突きバランスを崩させた!
「焔祓風神拳!」
今までで一番素早く構え放った。あと一歩遅ければリベリさんの剣が僕の頭を左右に切り分けてた。
「ぐおお……!」
直撃を喰らったリベリさんは、吹っ飛ばされながらも体を回転させ木にぶつかり速度を殺している。最早この動きからしてこの人が呆れるほどの化け物であるのは間違いない。こちとらチート転生者な筈なのに全く圧倒的じゃない件を苦情申し立てしたいくらいだ。
「ぐあっ……糞ぉ!」
何本目かの木に当たり速度が落ちて下に転がり落ちた後、炎を払うべく黄金色の鎧の上半身を脱ぎ捨てたリベリさん。体は多少焼け焦げた程度なのはあの鎧の御蔭なのだろうか。
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