援助の行方
「それに関してはお断り申し上げます」
「何故? 夫婦なのだから問題無いだろう?」
「華さんは好きですし夫婦だから子が居たら楽しいだろうなとは思いますが、責任を背負わせる為に子を成すなど受け入れられません」
「へー」
僕は真っ直ぐ華卞さんを見てハッキリ自分の言葉で断りを入れた。激昂するかと思いきや少し驚いた後で気の抜けた返事をされてしまう。本気じゃないと受け取られているのだろうか。それは困る。この先何度言われても、そんなものを背負わせるだけの為に子を成したりはしない。
「何度も言う様ですが……」
「何度も言わなくて良い分かったから」
「じゃあ援助の件は」
「良いよ仕方ないから。だけれど子を成すのは人間の未来を繋ぐ為には必要な責務だ。我々はまだ弱い。一歩外へ出れば捕食されるだけのヒエラルキーの下層にいる生物。それを覆す……いやまずは対等にまで持っていくには人数も経験も必要。この戦いも人間の未来を護ろうという想いから、カイテンは立ち上がったのだ。いつまでも竜に縛られては居られない。抜け出さなければならない、竜の庇護から」
ブラヴィシの目的を何処まで知っているのだろうか。人間を集め信仰心から魔術粒子を抽出し魔法や魔術を行使している。今考えれば恐らく魂の定着維持をそれでしているんだろう。
「有難う御座います」
「まぁ色々帳簿やら何やら見せて貰ってたけどね、零点だ」
「す、すいません」
「男だから帳簿付けないとかはシブイが面倒見てたからな無いんだろうけど、これは無いわ」
テーブルの下にあった箱の中から紙を取り出し放り投げられた。見るとそこには懐かしい感じで赤いバツが多く付けられている。
「こんな雑な管理をしていたら底に穴の開いた桶に水を入れるようなもんだ。今日からお前たち全員を一から叩き直す。それを見て出資する時期を決める。良いな?」
「はい!」
こうして僕ら上層部全員が一からお金について勉強をした。とは言え通常業務もあるのでそれをしながら都度授業が開かれて行く感じになると言う。
「何故我々がこんな……」
「まぁまぁ」
軍師二人も例外なく授業に参加させられ、町中でも必要があれば授業が始まり町の人たちも授業に参加し始める。二週間も経つと華卞さんを皆先生と呼んでいてとても慕われていた。
カイテンの事務方を取り仕切り、一代でカイビャクに勝る国にしたのも頷ける。うちの女性陣も優秀だがこれには舌を巻いているようだ。
「眠れないの?」
夜中に目が覚め、人気のないデラウンの町を一人歩いていると声が掛かる。振り返るとルナが着物を着て立っていた。それから二人で並んで町を歩きながら他愛の無い話をして、家の前まで来るとルナは神刀皇を出した。
「それは……」
「恐らくアタシの中にあったカケラだと思うけど、アンタが持っていた方が良いんじゃない?」
ルナも女神様を知っている、と言うか繋がっている。三鈷剣を手にした今でもそれがルナにあったのだとしたら、それは役目があるからだろう。女神様は相変わらず音信不通だから確認しようも無いけど。
「いや、それはルナが持っていてくれ。いざとなったらその時は頼む」
「随分弱気ね」
「あの姉がどんな隠し玉を持っているか分からない。それに僕はラティを助けたい。あの子を巻き込んだのは僕だから」
師匠と女神様の配慮でもう一度別の星で転生し再構築した際に出会ったラティ。彼女はその時には血の繋がっていた僕を追ってこの星に転移した。僕らの都合に付き合わせてしまったのだから、出来れば帰って元の生を全うしてもらいたい。
僕の様に変える場所も世界も無くした訳じゃないんだから。
「この戦いが終わったら新しいカイビャクの王様になる?」
「まさか……今度こそ死ぬ条件に当てはまるかもしれないが、姉だけは何としても止める。その相棒のブラヴィシも。この星には邪悪な野上の欠片も残してはおかない。それが当主としての最後の務め。それを果たしたら」
「果たしたら?」
「今度は自由気ままに旅してみたいな。あの空の何処かにある星へ」
夜空に煌めく星を二人で眺めながら、そう遠くない時期に終わる話の先を夢見る。例え体が消滅したとしても魂くらいは残してくれるだろう。チートで最強で無かったんだからそれくらいのサービスはしてくれる女神様だと思っている。
明けて朝が訪れると、朝食を取る前に使者が現れたので用件を伺う。使者の話によるとひと月後の雨季明けに遂に作戦を開始したい旨を伝えるよう言われたようだ。
こちらとしてはそれを拒否する理由はないので即返答し、感謝の書状を渡して使者を丁重にお見送りした。何しろ時間なんてどれだけあってもうちの軍は足りないし、資金援助と兵力を借りる立場からしてもカイテンから言ってくれたのは有難い。
「お前たちに言っておきたい。今日まで教えたのはあくまでも日常生活など戦場以外での話だ。決して戦の最中まで考えるような真似はするな! 要は切り替えだ。戦何て無いのが一番良いが、生きている限り自分たちを捕食しようとする生き物がいる限り絶えない。経済は我々を成長させる為にも必要だが、それを絶対としないように!」
翌日、迎えに来たソウコウさんと共に華卞さんは急ではあるが直ぐに帰国の途に就くと言うので、最後の訓示を町に居る皆で聞き別れを惜しみつつデラウン総出で送り出した。
「流石に私は戦場には行けないから。華のこと、よろしく頼むよ。また会おう」
寂しそうに微笑んだ華卞さんと僕は握手を交わしながら頷く。華さんと華卞さんは暫く抱き合った後、涙を流しながらゆっくりと離れた。華さんは去って行く後姿を見えなくなるまで見送っていた。
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