練兵視察と名簿
「やはりイルヴァーナさんは強いなぁ」
イトルスと二人で練兵を見ていると守備隊との模擬戦が行われた。イルヴァーナさんが先陣を切り、その後をうちの兵士が続く。それを受ける守備隊の方にはリュクスさんが居てちょっとホッとする。
「何か?」
「いや別に。それより新竜神教の兵たちはどうかな? 元率いていたイルヴァーナさんと共に戦うと言うのは」
「竜神教ならわだかまりがあるかもしれませんが、今は新竜神教なので互いに仕切り直しと割り切っていると思います」
「そうか」
以前と違い、イルヴァーナさんは自分が一番槍で敵陣に突っ込んでかき回し、味方の道を作る戦い方をしている。誰かに指示を出したりはしないが、戦場をよく見て味方をカバーしてくれる頼れる戦士だ。
「お前たち何をしているか! イルヴァーナに後れを取るな!」
「そうだぞ皆の衆! それでは折角の道が塞がれてしまう! イルヴァーナ殿を孤立させるな!」
高台から銅鑼を鳴らしながら声を張り上げる二人。あの二人は筒で作った拡声器もどきを使ってはいるものの、声帯も強く嗄れたり変になったりしないのが凄い。
「良い感じだね。うちの戦い方がしっかり形になって来たじゃないか」
「そうですね、最早退路は無いですから皆死ぬ気で色々覚えて動いてますよ。閣下の手となり足となる為に」
「出来れば誰一人欠けずに家族のところへ返したいもんだね」
「あら本当?」
いきなり聞きなれない声が僕とイトルスの間から現れ僕らは一歩下がる。
「一歩下がっただけか、残念」
「は、母上」
そこに居たのは華卞さんそして娘の華さんだった。ホント心臓に悪いなこの人。そのキリっとした美人な顔が余計に怖い。夜にやられたら心停止間違いないくらい肌も白いし。
「なんだい?」
「いえ別に。それより母上は何か御用がおありで?」
華卞さんは僕とイトルスの顔を見た後で顎に手を当て空を見た。何やら思案していたようでそれが終わるとイトルスに視線を向ける。体をビクッと跳ねさせて怯えるイトルス。
「お前宗教屋か?」
「しゅ、宗教屋って失礼な。僕はね、閣下がなさった後の受け皿としての組織が必要だからなったんです。ブラヴィシ様はいつまで生きているか分からないですし、崇めて居るだけ成長が無い。そう思ったのもあって代表にはなっただけです」
「いや宗教屋じゃん?」
実も蓋も無い。竜神教信者からすればイトルスの考えや行動を見ると宗教屋にしか見えないのも分かるけど、華卞さんにまでそう言われるのはキツイなぁ。
「まぁ良いっすよそれで。用件は何です? お姉さん」
「小僧、お前のところの名簿ある?」
「今度は小僧かよババア」
イトルスは顔を背けてボソッと小さく聞こえないように言った。だが残念! 聞こえてたんだなこれが。イトルス君は地面と仲良くなりそのまま引き摺られて去って行きましたとさ。
「申し訳ありません母が……」
「いやいや、どっちかと言えば僕が悪いんだから仕方ない。何とか機嫌よくなってくれると良いんだけどね」
「どうでしょうか。ちょっと大変かもしれません。でも悪い人では無いんです厳しいだけで」
「間違った行動はしてないし言ってるのも正しい。そう言えばここには何しに?」
僕が問うと、華さんは思い出したような顔をしてから教えてくれた。どうやら兵士の名簿を至急確認したい、と言いだして宿舎を飛び出したらしい。
「なるほどね、それで今度はイトルスか」
「はい。新竜神教の兵士たちは康久殿の管轄では一応ありませんが、母曰くしゃらくさいと」
しゃらくさい、ねぇ。うちの兵士だけにした方が手間は少ないが、共に戦うのだからそこの面倒を見てくれるのだろう。肝っ玉母さんって感じだなぁ華卞さんは。
「じゃあ僕らもその処理をやりますか」
「はい! あ、康久殿は後で別にお話が改めてあるそうで……その……それまではご自由になさってください! それでは!」
華さんは最後の方早口になり足早に去って行った。何か顔を赤らめていた気がするが風邪でも引いたのだろうか。
「おい! そこの大将! 暇なら降りて混ざれ!」
心配で華さんの後姿を見ていると、軍師殿から指示があったので仕方ないなぁと後頭部を擦りながら練兵の中に加わる。僕が入って邪魔にならないかなと思ったけど、入って良かったと思った。
僕は基本戦場を広く見て味方の穴を塞ぎながら突破口を作り、隙があれば一気に駆け上がって敵の大将を潰す。今まではそれに対して味方は引くのも上手くなかった。
それが今回の模擬戦ではとても上手く機能していたのだ。傷付いた兵士を周りが協力して下げながら、損傷していない兵士が邪魔にならないように後ろに続いたり道を広げたりした。
驚くべき進歩だ。これならカイテン軍や竜騎士団にも、勝るとも劣らない戦いが出来るんじゃないかと僕は感動する。
イザナさん曰くイルヴァーナさんをベースにしてこの動きを構築して慣らしたと言う。聞いてなるほどと納得せざるを得ないし、僕らは竜騎士団の劣化版だったんだなとこの時気付いた。
「まぁ現地に崇拝する対象が居るか居ないかの違いもあるだろうな」
「ですな。目の前で綺羅星の如く輝いているなら、それに勝る叱咤激励はありますまい」
その分で勝てたのか、と思うとかなりぎりぎりの戦いを制せて今日まで来れて良かったと思わずにはいられない。これも女神様の幸運かもしれないな。今度一応お礼を言っとこう。
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