悲しい別れと傷だらけの再会
「ふふ……」
右手をなるべく使わないようにしながら大人しくしていると、イザナさんたちの練兵を僕らと一緒に視察していたジュンインさんが小さく笑った。
「ジュンイン殿、何か?」
「いえ姫……少々こそばゆい言葉を使ってしまうのをお許しください。何と言うか昨日の合理的でない儀式には、かような効果があるのだなと思いまして」
昨日の儀式……あれは儀式と言うか握手会みたいなもんだろう。僕は一人一人の顔を夢に見るくらいしっかり見て握手し、今朝もデラウンへ連れて来た兵士の家族たちとも握手をした。
右手がもげても仕方ないレベルで変な痛みを感じている。今までこんな状態になったりはしなかったのに、何で握手会をしただけで……。握手会って過酷過ぎないか? アイドルって割に合って無くないか?
「儀式ですか」
「はい、あれは儀式です。康久殿の体の一部となる為の。我が国の軍も似たようなものですが、将軍の功は皆の功、将軍への侮辱は皆への侮辱、そうなった軍は動きも滑らかです。皆の中に一本太い柱があるのですからブレようがない。そうした軍は強いですよ」
僕の右手を犠牲にして皆の生存率が上がるなら何よりだ。暫くは握手会開催しないけどね!
「そう言えば、今日からリュクス殿の隊も参加するとか」
「ええ申し出がありまして。戦地に赴くかは分かりませんが、戦火が広がった場合に備えて参加したいと。こちらとしても模擬戦とは言え相手が居るのは有難いですから」
午後から模擬戦が行われ、リュクスさん指揮するデラウン守備隊VSイトルス指揮する新竜神教隊がスタートする。次はベオウルフさん指揮する傭兵団VS師匠率いる冒険者混合部隊。その後は組み合わせを変えて行っていく。
「後どれくらいの時間が残されているか……」
「一応使者にはその辺りも聞いてくるよう頼んであります。そう遠くはないでしょうが」
ソウビ王自らが率いて来るかどうか分からないが、カイテン軍が北上し不可侵領域の傍を通ってこちらに来る。僕らより統率も取れ経験の多い部隊の参戦は心強いが、それまでに鍛えて負けないようにしなければ。どちらが助っ人か分からなくなってしまう。
この星を去るにしても、お世話になった人たちがなるべく肩身の狭い思いをしないようにしたい。その為に出来る限りしようと思っている。
兵士たちは満身創痍の日々を送り、一週間もすると顔つきが更に引き締まってきた。師匠からも皆大分やるようになったと御言葉を頂きホッとする。
時間のある限り厳しい練兵を繰り返し来るべき時に備える。ある日の昼頃鬼童丸と美影さんが会議室を訪れた。久々の再会を喜んだが、二人共浮かない顔をしていたのでどうしたのか尋ねると
「一旦大和へ引き上げろと言われた」
暫くしてから言い辛かったようでやっと言ってくれた。これに関しては仕方が無い。鬼童丸と美影さんは、ルロイとの貿易の為に派遣されていた大和の上の方の役人だ。ルロイが戦争をしないと言うなら大和としても戻れと言わざるを得ないだろう。
「そうか、これまでよく一緒に付いて来てくれた。鬼童丸と美影さんの御蔭で大分楽になったよ有難う」
二人と握手を交わし送別会でもと思ったが、どうやら国は直ぐにでも帰って来いと言っているようだ。モノイエに船を待たせてあるらしい。
ルナも美影さんとの別れを惜しんだ後、二人は忙しなくデラウンを後にした。鬼童丸は得難き友ではあるが大和にとっても重要な人材だ。酒井様にもお世話になっているので無理には引き止められない。
「しんどいわね」
二人にはお礼の金貨と馬を送り、荒れ地まで見送りに出て見えなくなるまでそこに居た。ルナが僕がぼやきたかった言葉を代わりに言ってくれたので小さく笑って頷く。
国を取れば運営が大変だろうとこれまで取らずに来たが、こういう目に遭う度に国と言う器があるのを羨ましく思う。傭兵団であるが故に領土が無く国も無い。
「まぁ無いものは仕方ない。せめて居る者たちを大事にしないと」
自分にそう言い聞かせてデラウンへ戻り日々の仕事へ没頭する。カイテンからの連絡を待ちながら過ごしていたある日の夜、宿舎の書斎でカイビャクの地図と睨めっこしていると屋根裏が騒がしい。
音が止んだ後で、一つの気配が僕の真上に向かって移動してきているのが分かる。刺客にしては息も絶え絶えで、僕は急いで屋根裏に梯子を駆けて天井の板をズラすとそこには珍しい人物が居た。
急いで屋根裏に入りその人物をなるべくそれ以上傷付かないように下ろした。
「おいおいどうしたんだ? そんなんで僕の寝首を掻けると思ったのか?」
隣室に居るルナやミコト、それに華さんを呼んで手当を手伝ってもらいながら声を掛けると
「……御前ならこの程度の傷でも十分だ」
悪態を付けるなら問題無い。本来なら医者のところに連れて行きたいが、コイツがこの状態で僕のところに来たのなら、それなりの用がある筈だと思って手当てしている。
「取り合えずベッドに寝かせよう」
「気を失う前に言っておきたい。ショウ様にのみ伝えてくれ”あれが竜の依り代を手に入れた”と」
それを言って安心したのか、奇妙な仮面をかぶった男は気を失った。
「命に別状は無いわ」
「この男は?」
華さんの問いに僕は直ぐ答えない。この奇妙な仮面をかぶった男、竜騎士団第七騎士団の団長であるナイトル。それがうちの師匠に伝言を頼んで来た。
ルナに視線を向けるとルナもこちらを見ていた。あれと言うのは姉で間違いないだろうが、竜の依り代……ラティも竜だがそれとは違う別の者を手に入れたのか? 一応ティアは今ミコトの頭にしがみ付いているから違うだろうし、一体何を手に入れたんだ?
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