夜襲とその終わりその三
筒を使ったイザナさんの大きな声が戦場に響く。戦場の混乱は収まらない。右往左往している兵士は恐らく寝返った者たちだろう。
それらの処分は任せるとして僕は開いた道を突っ走り市長へ突っ込む。
「この戦い終わらせてもらおう!」
「舐めるなよ小僧!」
市長は竜騎士団の高そうな鎧に身を包みぱっと見イルヴァーナさんかと見間違うほどだった。だけどその槍捌きを見て確実に市長の方だと分かる。
鍛錬をしていたとはいえ市長と言う忙しい仕事、それも企みを実行しようと画策しているならそんなに武を鍛える時間に割ける訳が無い。
ましてやこの大混戦。恐らくイルヴァーナさんの主力をこちらに固めていたからこそここまで有利を取れたんだろう。
イルヴァーナさんと違い深くに陣取っていたのも前に出られると困るからそう指示されていた可能性がある。
「くっ!? 邪魔だどけっ!」
長い得物を振り回す度に味方に当たり混乱を広げる。僕に攻撃を当てるどころか僕を捕えようと試みた味方の兵士や斬りかかろうとした兵士に当たる有様でその場は微妙な空気になって行く。
「お前たち目的を見失うな!」
市長の後ろに居る偉そうな兵士がそう叫んだのも後押しし皆距離を置き始める。それはそれでこっちが不味くなるので完全に周りがスッキリする前に間合いを詰める。
こういう時この世界に来てボウガンの次に武術を習っていて良かったと思う。どれだけ混戦になろうとも得物は拳のみでリンゴ一個分くらいの隙間があれば相手を機能停止に追い込める一撃を叩き込めるように基礎を師匠に叩き込んで貰ったのは幸運だ。
それに鎧の隙間だけでなく鎧の上から強打しても師匠の篭手があるから中へダメージを与えつつ吹っ飛ばしても拳は傷めないのも大きい。
寄ってくる兵士たちに対して間合いを詰めて一人一人極近距離から一撃を打ち込み吹っ飛ばして後続も潰していく。
こうしていくと徐々に敵の中には逃げ出したくなってくる者も出てくる。何せ相手は全てが竜騎士団じゃない。半分はルロイの兵士だ。中には見た覚えのある兵士も居るけど悪いが手加減はしてやれない。
「な、何だあれは!?」
僕は目を閉じ気を臍の下に集中した後で全身に気を行き渡らせ終わった瞬間、一気に気を放出して周りの纏い更に青白い炎を纏う。
元々人間の生体エネルギーは体の周りを覆っていて毛より前にあり色々感知して危険を避けられるようにしてくれるシステムだと師匠は教えてくれた。
武術家は気を練り拳を突き出すのでそれが大きく強くなると目に見えるようになり防御としても有用になるようだ。
青白い炎を纏うと更に強度は高まる。その上で拳に更に厚みを増して殴るのだから敵のダメージはかなりのものだろう。
市長をわざと避けてそれ以外の取り巻き且つ竜騎士団を狙って殴り飛ばしていく。前回と違い今回はイザナさんが後ろで控えてくれているので僕は何も気にせず戦い続けられた。
敵を倒すのみに集中出来るって言うだけで体が軽くなった気がする。
「お、俺はもう嫌だ!」
「俺もだ!」
一人二人と僕に背を向けて逃げ出し始める兵士たち。まだイザナさんからの合図が無いのでそれまでは敵を追い回して倒し続ける。
「貴様ら敵前逃亡は死だぞ!」
イルヴァーナさんの側近らしき男は逃げようとする兵士を後ろから斬るも逆効果でその隙を突いてドンドン離脱者が増えて行くばかり。これだけでも完全に瓦解するのも時間の問題だがまだらしい。
ここで大事なのは市長を攻撃しないでスルーするという点だ。一番狙いたいのは市長の逃走でこれが一番ルロイ市の住民などにダメージが大きい。
まぁ本人の姿をチラリと見たけど茫然自失って感じでこの有様を見つめている感じからして逃げる気力も無いのかもしれないが。
「康久御苦労! アイツはおらがやる!」
「あ……くぅ……て、撤退せよ! 引いて市内で決着を!」
ガノンさんが大きな声を上げて市長へ振り上げた槍を下ろすとイルヴァーナさんの側近がマントを引っ張りあと一歩のところで直撃を免れた。
そのまま竜騎士団に引きずられながら撤退しつつ殿をしろと命じるも最早そんな状況ではない。イルヴァーナさんの部下が命じて恐る恐る殿をするべく市長たちの前に立ち塞がる竜騎士団。
会社員みたいで何だかとても殴り辛いけど仕方ない。僕は彼らを殴り飛ばして前を開ける。
「康久! この場に居る全員を殲滅して構わんぞ! 市長や上の人間は逃げ出した!」
イザナさんが筒を使い戦場全てに聞こえるような声で言う。となるとまだ市長を追ってルロイに入るには早いのか。
ベオウルフさんとイトルスの声が聞こえないのも何か関係しているのかもしれない。僕は考えるのを一旦そこで止めて敵のせん滅を続行する。
一度壊れた戦場で且つ大将たちが逃げ出した戦場は悲惨なものだ。敵の誰もが死を覚悟し怯えながら一か八かで攻撃を仕掛けてくるが波に乗った一撃とは違い幸運が訪れたりはせずにそのまま吹き飛ばされていく。
纏めて掛かって来てもいつもなら一糸乱れぬ攻撃が出来たかもしれないが、敗北を認識したその動きは誰かが先に行って欲しいみたいな気持ちの表れなのか徐々にズレてしまい各個撃破出来るような感じになってしまう。
「さぁどうするお前たち! このままここで朽ち果てるか家族の元に戻るか!」
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