冬山への誘い
「おい二人とも、依頼を持ってきたぞ」
ラティに返事をしようとした所に、このデラウンから北にある放牧地の管理人のマオルさんがカウボーイハットを取りながらブーツを鳴らし入ってきた。
「マオルさんからもおっしゃってくださいまし」
「こいつの御人好しに関してか?」
マオルさんはミレーユさんのいるカウンターに笑顔で手を上げてリュクスさんが座っていた椅子に腰掛けて一息吐く。
「そうですわ。この生き馬の目を抜くような人間が多い中でぽわやーんとしてるんですもの。呆れてしまいますわ」
そうラティが言うと、マオルさんはだらしなく座り御腹の上に手を組んで鼻から息を吐いてから口を開いた。
「俺の女房も言ってたよ。アンタは世界を知らなすぎるってな」
「マミさんの言う通り」
「でもよ、世界なんて誰も知りはしないのさ。俺たちは俺たちの視界の中ですらそれが本当に正しいのか真実か知りようも無い。現に表面的に平和な振りしてるこの町なんか良い例だろ? 誰もが自分のみが豊かになる為だけに声を張り上げ権利を主張し生きてる。それに迎合するのは旨味があるからだ。で、こいつはそれを構いはしない。なんでか? そりゃ決まってるよ興味ないんだよそういうのにはな。己のみを信じ生き抜くのに迷いが無いんだ。逆に言えばそういう奴が一番怖い。利で動かず感情でも動かない。故あればお構いなしで容赦無く切り捨てられる」
「そんな人でなしみたいな言い方酷くないっすか? 一応胡散臭い人の話も分け隔てなく聞いてるのに」
「ある意味一番人間らしいじゃないか。倫理だの権利だの主張し始めたのは最近で、昔は己の身一ついつ果てるとも知れない人生を駆け抜けてたんだ。文明の発達ってのはな、良い面もあれば悪い面もある。皆が皆自分を当たり前に保障してくれると勘違いしているのが良い例だ」
町から離れた場所で夫婦二人で住んでる人の話は違う。町は安全性が高い。ヴァンパイアの時もそうだけど、直ぐに皆が集まり防御を固め外敵に対抗出来る。マオルさんは常に自然と隣り合わせで獰猛な外敵も目と鼻の先だけど人の暮らしを守る為に、監視も兼ねて放牧地に住んでいた。
「全く男ってのはどうしてそうなんでしょうね。裸一貫、みたいな」
「まぁな。だけど俺も女房が居なきゃ全くダメだし現にこいつもお前さんがストップ掛けなきゃ野人になりかねないから感謝はしてる。康久も家族がいるんだから程々にな。じゃないと俺みたいに万年怒られる羽目になる。それでも付いて来てくれる嫁さんを見つけられて俺は運が良いけどな!」
がははと豪快に笑うマオルさん。自分の意見をガンガン言った後で締めに笑いも忘れない。こういう話術みたいなのは学ばないとなぁ。
「で、そんなおじさんから二人に依頼だ。ギルドには今から申請するが」
「どんな依頼ですの?」
そう言うと椅子を座りなおしてポケットから紙と毛を出した。その白い毛にが血が付着している。
「これは?」
「分からん。山の中で何かが起こってるようだ。時期的にそろそろ冬も本格的に始まる。普通なら皆大人しくなるはずなのに……」
砂漠の近くの山は特に気温が下がる。恐竜などはこの地から移動を終えており、残ったのは寒さに強い生き物のみ。動物たちも大人しくしていると聞いた。怪我をすればそれだけで致命傷となるほどこの地域の冬は厳しいって話だったけど。
「気にはなりますわね」
「特にこの時期餌が少なくなる。足りなくなればここに来るのは間違いない。町には先に報告してある。報酬は向こうが決めるから大きな話は出来ないのが申し訳ないが」
「受けましょう」
僕がそう返事するとなんでか二人に溜め息を吐かれる。何でだ。
「まぁ裏表無さそうだから安心感はあるわなぁ」
「ったく舌の根も乾かないうちから……」
「今はギルドレベル上げていかないといけないし、蓄えもしなきゃいけないんだからさ。選んでられないでしょ」
二人は僕を無視して書類のやり取りを進める。マオルさんからラティへそしてラティから乱暴に僕に紙が回ってくる。それには発生場所と道に関する詳細が書かれていた。一通り目を通した後マオルさんに返すと、マオルさんはそれを持ってミレーユさんに提出してからまた後でな、と告げて去って行く。




