イトルスの考え
それをしっかり読んで槍を素早く引き右手を離し脇差を抜き左の槍の切っ先をこちらに向けてくる。僕はそれを青白い炎を拳に纏わせ槍と脇差を弾く。
「これはまた珍妙な」
「腕が鈍ったんじゃないか? 事務仕事のし過ぎで」
互いに見合いながら暫く構えを解かずに言葉を交わす。腕が鈍ったとは本気で思っておらず恐らくこっちの腕を確かめる意味で手を抜いたんだろうというのが見えてやり返してみた。
ただそんなに腕を心配されるほどの重傷をあの爆発で負ったのではと考えての行動だったとすると少し言い過ぎたかなと思う。
「それを貴方に言われたくない」
僕らは互いに微笑み合うと得物を下ろして握手を交わす。どうやら僕に心配が無いと分かってくれたようで何よりだ。
「元気そうで何よりです」
「お互いにな。僕の話を何処から?」
僕としてはそれが一番気になった。死んで無いと信じたとしてもルロイに居るのがどうやってばれたのか……やっぱ康久・ロジャーではいまいちだったのかな。
「残念ながら貴方は有名人だ。頼まれなくても噂は勝手に入ってくる」
それを聞いてばつが悪くなる。なるべく目立たないよう名も変えたりしたけどあんまり意味無かったか。
カイビャクとナギナミの交流はあるから漏れても可笑しくないけどあっちでは最終戦間近まで割と大人しかった気がしたんだけどな……。
竜神教とのパイプが無くはないだろうしルロイ市長やここのギルドから情報が行った可能性もあるか。
それにしてもコウテンゲンを守る為にオルランドを連れて離れたのを知っているだろうし、あの凄い爆発も見てたよなそう言えば。
「あの爆発で僕は死んだってなってるんじゃないの?」
「そう発表されましたけどね。そんなの信じてる人は一般人くらいですよ」
結構な爆発だったのにそれでも死なないと思われている僕って何なんだ。僕が不死であるのを知っている人は向こうには居ない筈だけどな。
「ちなみにオルランドも回収されました。つい最近目を覚まして洗いざらいしゃべりましたよ」
「良く喋ったなあの男が」
「そうですね。あんな姿になってまで対抗したのに勝てなかったのが良い方に働いたみたいで妙に清々しい感じになってましたよ憑き物が落ちたみたいに」
「カエルのままなのか?」
「いえあの姿じゃなかったですよ?」
視線をルナに向けながらそう言ったので僕も見るとルナは視線を逸らす。ルナたちの研究による賜物かぁ……これからもああいうの出てくるのかな。ナイトルのあの技術もそうだったりして。
「相変わらず人を食ったような奴ねアンタは」
「すみません元竜騎士団なもんであれを見た時は研究の成果だろうなと」
「具体的には分からないけど要するに変身したのね? 人間が」
「そうです。ヨーハン博士が貴方の研究を引き継いで……と言うかまぁ奪い取って続けた成果なので貴女の所為じゃないのでお気になさらず」
何でイトルスがルナの研究を知ってるのかなと思ったけどそう言えば初めて会った時からルナの姿のままだったしあの基地襲撃の時以降月読命の姿を止めたんだろうなと思った。
「ちなみにルナさんの姿になったのは教団に来て研究を始めてから大分後です。最初はおっかない人だなぁと思ってたんですけど研究に力を使ううちにこの姿になってました。クニウスさんもその変化を見逃さず襲撃したんでしょうねぇ」
「良く僕の疑問が分かったな。それにクニウスの件も」
「僕も元は探索系冒険者だったし危ない橋を叩いて渡るタイプの人間なものですから色々調べるのが癖になってて。ナイトルにはもう会いましたか?」
何でもお見通しみたいな感じで来るイトルス。竜神教の危機と見てこちらに潜り込んでスパイしようっていうのだろうか。それとももっと別の人物の為に動いているのか。
「アタシたちをスパイして竜神教を護ろうとしてるんじゃないの?」
ルナも同様に思っていたらしく語気を強めて問い質そうとしたもののイトルスは声を上げて笑う。竜神教を護るって言うのがそんなに面白いのだろうか。
「僕にとっては竜神教なんてどうでも良いんですよね。前にもお話ししましたけどブラヴィシ様が大事な訳で」
「竜神教を倒すのはブラヴィシを倒すのと同義ではないと?」
「当然その通りです。僕は頭の固い連中と違うので。さっきも言いましたが探索系の冒険者をやっていると自然の移り変わりや厳しさも体験しますから、変わらないものなんて何もないのを実感してます。あまりこういうのも気が引けるんですがブラヴィシ様は経典を作った時点で完成されています」
要するに生きてる方が弊害が大きいって話かな。呉の孫権のように長生きをして晩節を汚す例もあるからなぁ。
「土壇場になって裏切るつもりじゃないでしょうね」
「個人的な考えですが人から礼節や規則、勉学を取り除いてしまえば獣と変わらなくなります。その為に宗教は利用しやすい物です。それを運用する側がしっかりしていればいい話で完成されたそれにこれ以上付け加える必要はないと思っています」
竜神教信者が聞いたら卒倒しそうな発言だなと思いつつ政教分離を謳うのはそれを利用すれば簡単にコントロール出来ると分かっているからこそだなと今思う。
何とか主義もそれと同じだ。偏り過ぎたそう言ったものは権力者に取って良くても国とすれば毒にしかならず民衆が苦しむ原因になるだろう。
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