天高き地
別々の樹に寄りかかって寝ている二人は全く起きる気配が無い。何の異変も感じていないのだろうか。疑問に思って少し肩を揺すってみるもあっさり手で払われてしまったので普通に疲れて寝ているだかのようだ。
僕は兎に角気になって仕方が無いので目の届く範囲内を散策してみる。記憶にある特徴的な場所が見つかればある程度何処か判断出来るんだけどなかなか見つからない。目印も付けているんだけどそれも分かり易いものはダメだし多くてもダメなので動物が消しているのかそれも見えない。
一息吐いた後二人のところに戻るべく歩き出すと靄が何故か濃くなり完全に前が見えなくなる。何だか現実感が薄れていく感じがしてきたので自分の脇腹を掴んで気を留める。それでも段々足取りが重くなり最後には歩いているのかすら分からなくなった。
「いらっしゃいお寝坊さん」
「いらっしゃい人ならざる者」
暗転した後に声が聞こえて目を開けると変わらず靄が濃かったけど目の前に子供の顔が二つあった。一人はまん丸たれ目で口角の上がったおかっぱ、もう一人は切れ長の目で鼻の高い無表情のおかっぱだった。二人は左右から頭のてっぺんを付けつつ僕の顔を見ていて目が開いたのが分かっているのに退こうとしない。
「ど、どうも?」
「おはようございますお寝坊さん」
「おはようございます人ならざる者」
挨拶の部分を変えただけで退かないのは変わらず。どうやら彼女たちの望む答えではないようだ。さてどうしたものかと考えてみたものの全く回答が出てこないので取り合えず会話をしてもらえるよう粘り強く話すという方向で進めてみる。
「おはようございます僕は野上康久。ここは何処でしょうか」
「知っています康久殿。ここは何処かと言われると」
「知っています康久殿。ここは何処かと聞かれても」
最後違うけどそれ以外同じなのは変わらないし退く気も無い。僕は二人から逃れるべく仰向けに寝転がったまま下の方へ移動するも、何故か二人も移動してきて距離を保つ。何だ嫌がらせか? これは負けられんと謎の負けん気を発揮し暫く二人から逃れるべく試行錯誤してたものの全く勝てず諦めた。
ひょっとするとこれは珍しい悪夢の類の可能性も否定出来ないという考えに居たり再度眠りに就こうとしてみる。
「いってぇ!?」
えげつない音の後おでこから激痛が走り目を開くと二人がニヤリとした顔で見ている。なんでそこだけ同じなんだ……わざとだな間違いないこいつらわざとやってるなこれ。夢かどうか分からんけど最早遠慮する必要はないので勢いを付けて草の上を滑るようにし下がる。
「あっ!?」
「ズルい!」
「ズルくないもんねバーカ!」
素早く回転し膝をついて起き上がる。僕が元居た位置に二人は居てこちらを見ている。格好は明治時代の女学生みたいな恰好、着物とちょうちん袴という格好で一人は赤を基調としもう一人は青を基調としたハイカラな格好をしていた。
僕がしてやったりと言う顔をしていると二人はこちらを見ながら一瞬機嫌の悪そうな顔をした後、互いに見合い頬をぺちぺちした後さっきの表情に戻りこちらへ歩いてくる。僕としては会話を進めたいだけなので彼女たちを拒否するつもりはないので笑顔で腰に手を当てて待っていると、近付いた瞬間目にも止まらぬ速さで人の脛を蹴り飛ばしやがった。
見た目の幼さとは違う強烈な一撃に僕は膝を付いたものの痛すぎてそのままごろりと寝転がり脛を抱えて痛みを紛らわすべくごろごろと転がり続ける。何とか暫くして収まり仰向けになるとまるで読んだかのようにさっきと同じ構図で僕を見る糞餓鬼、もとい二人の御子。
悪いけどこうなったら話を進めるまで攻防を繰り広げる以外ないと考え気合を入れて直ぐに背を滑らせて脱出を図るも今度はしぶとく追い掛けて来た。ただ残念ながら僕の方が早く立ち上がってしまい拳を握り突き上げると今度は腹目掛けて拳を叩きこんで来た。
前回と違い攻撃してくるのは読んでいたので難なく僕の腕を相手の腕に当てて軌道を逸らし通り過ぎ、これで諦めるかと思いきやそこから二人で息を合わせて隙無く攻撃をし始めた。その打ち込みは昨日今日でに見つけたものではないくらい鋭くこの御子は只者では無いと分かる。
とは言えこの世界に来てから修行に実践にと明け暮れて来たと言っても過言ではない僕はそれもしっかり見ながら捌けるようになっていた。
「このっ!」
「えい!」
やっと子供らしい感情が前面に出て来て微笑んでしまいそれがまた二人の心に火を付けたのか激しさを増す。苦し紛れに砂を投げて来て一瞬視界を奪われたもののこれだけ激していれば気は手に取るように分かる。
見た目に反しまん丸垂れ目の子の方が冷静にこちらの隙を伺い、切れ長の目の子の方が勢い任せに突っ込んでくる。戦場での命懸けの殺意と比べるととても心地良い怒りでずっと相手したくなってしまう。平和って良いよなぁやっぱ。
師匠がおっしゃっていたように命を奪う行為は人の行いの中で一番の悪であり、武術家は武器を用いず最低限の攻撃で相手を無力化出来る戦場で唯一の存在だと聞いて僕は共感し稽古を毎日少しでも続け師匠の言葉の場所を目指している。
「もう飽きた?」
「起きたの?」
暫くして二人の攻撃速度が明らかに落ちて来た時、脇から呑気な声が掛かる。目を開けなくてもそれがルナであるのは分かり、それに対して二人は首を横に振っているのも分かった。
「あと三十年くらいしたら余裕で勝てるから今は大人しくお役目を果たしなさい」
「月読様……」
二人はルナの方へ駆け寄り抱き着いた。何とかこれでお許しいただけたようで一安心だ。目を開けるとルナがいつもの格好のまま抱き着く二人の頭をなでつつこちらを見ている。
「あんま子供を虐めるんじゃないわよ」
「虐めてませんよ人聞きの悪い」
「虐めてたわよ楽しそうに笑顔でこの子たちをあしらってたじゃない」
「虐めるのが楽しくて笑顔だった訳じゃありませんー。命懸けの殺意ばかり感じる時が多いからつい心地よくて」
僕がそう言うとルナは呆れた顔をし二人は地団太を踏む。それから落ち着いた二人に案内され靄の先へと行く。やがて大きな湖が現れその中心に大きな鳥居と小さな島が見える。水辺まで行くとその島からこちらまで光の絨毯が敷かれそこを歩いて島へと渡る。
「清五郎は?」
「あの子自体に利用価値は無いしこの領域では無いも同然だから安全よ」
良いのか悪いのか分からないけど清五郎が聞いたら怒りそうだなと思いつつルナとその手を左右で繋ぎ前を行く二人の後に続いて島へ着くと、周囲の音すら無い街が広がっていた。そこを歩いている人たちも居るけど全く現実感が無い。映画を見ているような感覚に陥る。
周りを見渡すと皆笑顔で挨拶をしてくれ挨拶を返しながら更に先へと進む。大きな橋を渡ると鳥居が現れその端を通り着いた先は大きな神社だった。
「いらっしゃい! 早かったわね存外」
お賽銭箱に寄りかかりながら待っていたのは裾の短い着物を着た我らが女神様であるウルド様だ。髪も少し伸び赤い紐を使って後ろで縛っている。
「随分と気安いのね」
「アタシは別にいつもこんな感じだからねぇ」
ルナ以上に動きも言葉もギャルっぽい女神様。それにしてもこうして対面するのは久しぶりだけど元気そうで心底安心する。ルナこと月読命の本拠地に突入し基地を潰した時沈んでいった光景は今も目に焼き付いている。幾ら神様とは言えもしやと思ったけどクロウを追う為に地上での体を捨てただけだと聞いた時はちょっと怒りを覚えたのはいい思い出だ。
「大げさねぇこちとら神様だから死ねないんだし元気も何も無いわよ」
ルナの言葉にけらけらと笑う女神様は通常営業で何よりだ。




