伊勢城を見に行く
そう言われた妖怪は苦笑いするだけで席に座ったままだった。それが納得いかないのか大顔はネズミの妖怪に視線を送り顎を突き出すと、ネズミの妖怪は言われた妖怪のところへ行き自分の刀を渡す。言われた妖怪は一度受け取ったものの直ぐに座卓へ置いて両手を上げて拒否した。
どう考えてもコイツら以外は妖怪も人間も思うところはあれど対等に付き合っているように見える。上に立つと民を見下す奴は人間にも居るけどここまで露骨なのは何か狙いがあってやってるのかと勘ぐってしまうレベルで酷い。
こんな行為は妖怪に対する恨みや憎しみを生むし同じ場所に住み辛くなるだけなのに。
「ほれ斬ってみよ。ワシの刀で斬れば良いのだろう?」
完璧なパワハラ上司みたいな大顔に対し皆苦笑いする他無い。何言ってんだコイツとその場にいる皆が思っていると不思議そうにそのデカい顔を傾げた後座卓へ近寄り刀を回収したかと思いきや即抜刀しその妖怪に切り付けた。
「むぅ?」
「むぅ? じゃねーよデカい顔しやがってこのウツケが!」
僕より少し遅れたものの清五郎も刀を抜き放ちそれを遮り力強く押し返すと大顔は尻餅をついて倒れた。すかさずネズミの妖怪たちが急ぎ駆け寄り体を起こすも殴り飛ばされて可哀想である。その間にお客の妖怪や人間の皆が
「き、貴様ぁ!」
「妖怪だろうと人間だろうと相手を尊重出来ないのであればそこに居てはならない! 人間も妖怪もそれだけでは生きられんと分からないのか!」
何だか中身まで荒々しくなった清五郎の言葉に大顔たちはたじろぎお店に居た妖怪と人間はそうだそうだと声を上げ更には出ていけと大合唱。これには堪らず大顔は逃げるように去って行く。それから店の中は大盛り上がりしお酒を妖怪も人間も浴びるように飲み皆お店の中で寝てしまった。
翌日店の入り口を乱暴に叩く音で目が覚めた。その只ならぬ感じに皆を急いで起こし店主に清五郎を含め皆を裏口から逃がすように頼む。
「おい他に居らぬのか?」
「へい今は開店前で仕込みの時間何であっしと旦那さんと女中方だけで」
僕が戸を開けて出るとネズミの顔をして紋付き袴を着た妖怪が数名腕を組んで待っていた。僕は店主から手拭いを借りて頭に巻き、更にたすきを借りてたすき掛けし前掛けも借りているのでバレてないようだ。
「昨日ここで起きた事件を知っているか?」
「ここで起きたから知ってますが、皆しこたま飲んで記憶が無いんですよね……あのお偉い方に人相を聞いた方が早いんじゃないですかい?」
「何故直ぐ報告しなかった? 何故下手人を逃がした?」
「直ぐ報告しようにも最初に絡まれてたのは妖怪の方でしょ? あっしらがそう言うの御上に報告すると告げ口になって罰せられてしまいますんで。それに妖怪の皆さんの方がお強いですから」
僕がそう申し訳なさそうに言うとネズミの妖怪たちは舌打ちした後引き上げて行った。僕が相手の立場でもそう言われたら他に咎めようが無いなと思う。この町では妖怪が人間より上なのは彼らが一番よく知ってるわけだし。
「有難うございますお侍様」
「いやいやただ応対しただけ何で。それより何か聞かれても見た覚えの無い侍が大顔様に絡んでいたって言えば大丈夫ですよ。突き飛ばしたのはこの町の人間じゃないんで」
「アタシら近所だから様子見がてら毎日来るわね。妙な真似をしないとも限らないし」
女中姿のルナがそう言うとお店の人たちにとても感謝されたのでこの日からこのお店に先ずは顔を出して様子を伺いつつご飯を食べるのが日課になる。一度長屋に戻り寝ていた清五郎にルナは新たな化粧を施し起きて異変に気付いた清五郎は夜まで膝を抱えて部屋の隅に行ってしまう。
「ちょっと笑わないで」
「そっちこそ」
僕が笑うのはしょうがないにしてもルナは施工主なんだから笑ったらダメだろと思う。まぁ清五郎がやらなかったら僕が大顔を押し飛ばしてただろうけど、こうなった以上変装を変える他無いその結果がどうあれ。
「どうやったらこんな酷い真似を考え付くんだ」
清五郎は消え去りそう且つ恨めしそうな声で部屋の隅から抗議する。視線を合わせないように軽い調子で謝るルナに対し身を震わせるも膝におでこを付けて大きなため息を吐く。
新たな清五郎の見た目は口ひげ顎鬚は取れたもののその代わりに眉毛が消滅し黒眉をパイルダーオン。更にてっぺん周辺を残しそれ以外を五分刈りレベルまでカット。極めつけは目尻が切れ長に見えるように横へスッと黒く塗る始末。
妖怪って言われても納得しかけるくらいの見た目で悪意が無いなら美的センスを疑う。黒眉と目尻が無ければ元の世界にもあったような髪型だけどここ異世界だからねまだ文明が発展してないから基本髷結ってるから。
「アタシたちもこれに近い感じにする?」
「え、死んでも嫌どすね」
ルナに聞かれて食い気味で可笑しな返答をした僕の言葉を聞いた後、清五郎は飛び出していった。少しでも成長して帰って来てくれるのを願うばかりだ。
「ねぇ」
「は?」
振り返るとルナが例の杖を構えて振りかぶっていた。迂闊だった。ルナが清五郎を再整形している時の楽しそうな姿を見て気付くべきだった。コイツは整形に嵌ってる、と。死んだかもと思うほど強烈な一撃を浴び気を失う。そして目が覚めてニヤリと悪い笑みを浮かべたルナが手に持っている鏡を覗き込んだ僕は溜息しか出ない。
新たな僕の見た目は髪はボサボサに戻ったものの眉毛はかなり細く目尻は清五郎と同じで左側にはおでこから顎まで縦長の大きな刀傷が誕生している。
「後ろも見る?」
「見ない」
後頭部を擦るとてっぺん辺りでちょこっと縛った部分がありこれは要らないだろうと思いつつも大先生が気に入っているようなのでそのままにしておいた。僕らにとは違いルナ自身は何も手を加えていないという。上手く出来る人が居れば変えたいらしいが諦めたようだ。
「それよりこれからどうするかよ。清五郎の連れが当てにならない以上アタシたちだけで御落胤を探るしかないけどどうやって潜り込むか」
「城の周辺を調べつつ聞き込みを開始して夜に紛れて城へ忍び込もう」
ルナも頷いてくれたので早速町へ繰り出す。街中では紋付き袴を着た動物顔の妖怪たちがあちこちで聞き込みをしている。僕らにも声を掛けて来たので見せてもらったけど妖怪の方は探さず前の清五郎のみを探していたのでこの町の者じゃないから居ないんじゃないかと答えてその場を去った。
「どうやら大分ご執心のようね」
「もう見つからないけどねあの顔の人は。それよりこれは運が向いてきたかも」
「……なるほどね。今のうちなら隙が多そうだわね」
僕らのつい最近までの行動範囲である入口付近を離れ奥の方へと進んでいく。大通りは奥に進むにつれて妖怪の割合が多くなってきた。そしてその一番奥にある高く聳え立つ城の前まで来るとその迫力に息を呑む。
大和と違い蛇が石垣に巻き付くように階段がありその先に入口の門があった。下から見上げると大分高い場所に天守閣があり、これを攻め落とすのはかなり犠牲を払わなければならないだろうなと思う。
「それにしても分かり易くて何よりね」
「そうだねぇ」
何よりその天守閣のしゃちほこは天狗を模っていて更に黒い気が覆っていた。敵の大将はあそこにいるってのが一目で分かる。冷や汗を掻きながら見上げる僕を不意にルナが引っ張り路地に入る。何があったのかとルナを見ると路地から顔を出さない様に大通りを覗いて確認した後僕を見たので、僕もなるべく外に出ないよう大通りを見る。
「そりゃ居るよな」
今日は三度笠も無く紋付き袴だけどその顔は間違いなく大嶽丸さんだった。部下と共に歩いてこちらに向かってくる。急いで身を隠して通り過ぎるのを待つ。こうして離れていてもその強大な妖気を感じずにはいられない。気を隠さず出して歩いている大嶽丸さんを見て改めてここは彼らの本拠地なんだなと思い知らされた。




