新生清五郎と伊勢の状態
「面倒になったら斬っても良いなら良いわよ? こっちは稼がないと不味いんだし」
「ああ構わないぞその時は抵抗するがな」
「二言は無いわね?」
「当たり前だ」
何故か熱い握手を交わした後離す際に投げ捨てるようにして二人は笑顔になる。なんつーか多少の違いはあるけどルナと清五郎って他人は他人なんだけど似てるんだよなぁ。悪に堕ちる前の男版ルナと悪に堕ちた後また浮上したルナ本人みたいな?
「「何か?」」
「え、いや何でもないっす」
よく見ると鼻の形も似てるような似てないような……まぁ良いか答えも出ない問題だし。それからルナと一緒に前に購入した白粉のお店に行って色々買い込んで長屋に戻る。そしてそこからルナの魔改造が始まった。助手として横に付いてたけどこれ後で怒られるんじゃ無かろうかと冷や冷やしつつも吹き出しそうになるのを堪えながら手伝う。
「良し完璧っ!」
ルナ大先生による魔改造美容整形で生まれ変わった清五郎を見て肘を曲げて口元を抑えつつ堪える。清五郎は鏡を要求するも拒否する大先生。もうそれで察したのか立ち上がり畳を踏み鳴らしながら移動しつつ土間へ行き草履を吐いて部屋を出る。
外ではひぃっと言う小さな悲鳴が幾つか聞こえ、少ししてから凄い勢いで帰って来て戸を叩きつけて閉める清五郎さん。
「お、おおおおお!」
「どうよ? 素晴らしくない? 力作大傑作よ!」
怒りで言葉が渋滞し出てこない清五郎に対しサムズアップしつつ会心の笑みで答えるルナ大先生。面が割れてるからそれを無くすための化粧なんで成功と言えば成功だけど、割と恰好や髪も綺麗に整え気を使っていた清五郎が受け入れられるかと言われれば疑問符が付く感じに仕上がっている。
「これくらいしないとアンタのお坊ちゃま感が消えないのよ。見つかるよりましでしょ?」
「ぐ、ぐぎぎぎぎ」
その指摘は正しいと思っているようで言い返せない清五郎。暫くしてボサボサにされた髪を某名探偵宜しく搔き毟る。何か閃いてくれたら良いんだけどそんな訳も無くついには畳に突っ伏してプルプルしていた。
ルナが施したのはボサボサの頭に付け口ひげ顎鬚に眉毛も若干太くされ顔中に小さな切り傷が沢山あるという荒くれ者以外何に見ればいいのか分からない感じのもので、仕上がりそこに以前の面影は全くない別人だ。
「暫く時間が必要ね。康久、一人にしてあげましょう……」
愁いを帯びた顔をして僕の手を引き部屋を後にするルナ。これ絶対に面白がってるよな美影に代わる存在を見つけたと思ってるに違いない。僕らは近くのお店で遅い朝食と昼食を兼ねて伊勢うどんを天ぷら入り大盛りで頂く。
「そう言えばさぁ」
「何?」
「伊勢ってさ何処かに神聖な場所とか無い?」
「さぁね」
何だか曖昧な返事をするルナ。僕の記憶もあやふやだけど元の世界の伊勢にはかなり神聖な場所があった気がするんだよなぁ。仮にもし同じなら扶桑があるのはそこなんじゃないかと今この伊勢うどんを食べながら思った。
ただそれだと大和が守護しているのはおかしいくなる何しろ距離が離れすぎている。ひょっとするとそれそのものを何某かの力で隠しているのかもしれない……いやそうなると魔法や魔術があるのと同じになりはしないか。
ただエルフの里の現象を知った後だとそうでも無いのかもしれないとも思う。世界樹の機能として人目に触れないようにする、任意の人物または種族にしか見えないようにするとかあるのかもしれない。
「ちょっと、何難しい顔してんのよ。うどんが伸びるわよ?」
「あ、そうだね」
折角の美味しいうどんを不味くする理由は無いのでしっかりとコシを楽しみつつ天ぷらも味わう。それからお茶を飲んで一息吐いてから長屋に戻ると、清五郎は綺麗に背筋を伸ばして正座していて悟りを開いたかのような雰囲気を醸し出していた見た目も何年か籠ってたみたいになってるし。
「受け入れよう全てを」
「……変な宗教にでも入ったの?」
急に笑顔で手を広げた荒くれ清五郎は確かに変な宗教に嵌った男にしか見えなくて僕も吹いてしまったしそれに対してドン引きしつつ低い声で指摘するルナ。暫く間があった後清五郎は部屋の隅に移動し虚ろな表情で膝を抱え始める。
面倒だなぁと思いつつ僕はその荒々しい容姿を褒め称え盛り上げる。ルナはそれを煎餅を齧りつつ肘をついて横になりながらつまらなそうに見ていて腹が立ったけど無視して続ける。
「じゃあ飯に行くか」
「奢り……?」
「あ、ああ奢りだ奢り。さぁ行こう!」
夕方頃にやっとご機嫌が直った清五郎を連れて三人で近所のお店で遅い朝ごはん兼昼食を食べたお店で夕食を取る。三食ここでも個人的には良いくらい良いお店だ。清五郎もその味に舌鼓を打ちご機嫌になって何よりだ。
「貴方は生ける竜神が居ると聞いて信じますか?」
「は? 貴方の神は死んでますかって? そりゃ死んでるわね神様だから」
唐突に僕らのテーブルに見覚えのあるローブを着た十字架に竜が巻き付いてるネックレスをした初老の男性が本を片手に声を掛けてきた。それに対してルナは耳に手を当てながら大きな声でそう言うと男性は苦笑いして去って行った。
知らないとはいえ元神様に神様を信じるか聞く光景を見れるのは世界広しといえど僕しかいないだろうなぁと呑気に思っているとルナが真面目な顔で頷いた。お目当てみっけ。
「神様も仏様も一人一人の中に坐すのだから祈るなら一人で祈る」
清五郎の言葉に感激し拍手をするルナと僕。それに対して照れ臭そうに後頭部を摩りながら小さく笑った。彼のこれまでや性格を考えると神や仏を恨みたくなっても可笑しくないと思ったけどそうはならなかったようだ。
「それよりあれは何だ?」
「お嬢さん知ってる?」
お店の女中さんに尋ねるとあれはやはり竜神教で最近この町で布教を始めたらしい。それも御上の許可を得てと言うから驚きだ。その代わりに色々受け取っているという噂を聞くとうどんを食べていた妖怪の人から聞く。
そこからお店に居た人たちが鬱憤が溜まっていたようで色々教えてくれた。この町は大和より妖怪と人間の交流が盛んで分け隔てなかったようだ。それが例の兄上と後見人が身を寄せてから段々と可笑しくなり、更に妙な白髪の男が来てからは人を妖怪にしたり凶暴な妖怪が現れて人間を迫害したりと酷い状態になってきたという。
「人間と妖怪は平等に機会を与えられるべきだとか言ってよぉ国の上の方に取り立てられたりしたけどさぁ俺たち妖怪は妖怪で自分たちの世界も住処もある訳でよぉ」
「急に人間と同じところで生きてしかも仕事をさせられるなんて違うよな話が」
「お互い別の場所で違う文化を持って偶に交流するから良かったのに混ざったら人間も大変だべ?」
妖怪からそういう話が出てきたってなるとかなり強引にここに連れてこられたみたいだな。元々居た妖怪たちも異常な状況に嫌気がさして大和や遠野に逃げて行った者たちが多いと言う。
「今度は妖怪と人間を夫婦にするなんて話も聞くけど何考えてるんだろうな」
「なぁ? 子なんて出来る訳もねぇしそんなんしたら妖怪も人間も居なくなっちまう」
「聞けばあの竜神教てのが推進してるらしい。知的生命体の進化がどうのこうのって」
竜神教には竜神教の考えがあるんだろうけど妖怪には妖怪の考えや生き方がるし人間も同じ。それを押しのけてまで融合させる目的は何だ? やり兼ねないけど実験場にでもするつもりなのか?
「おい! 静かにしろ役人が来るぞ!」
入口付近に居た妖怪が皆に声を掛け一斉に黙る。暫くして店の暖簾を潜りネズミ顔をして紋付き袴を着た妖怪が二匹入って来て暖簾を手で押さえた。そしてそこを頭を下げながら潜ってきたのは例の大顔と呼ばれて居た奴だ。懲りずに何しに来たんだろう。
「ふむ人間臭いなここも。お前たち図が高いぞ控えよ」
そう言うと近くに居た人間たちは席から立ちあがり地面に正座して頭を下げた。妖怪も同じようにしようとすると大顔はお前たちは良いという。
「今まで妖怪は虐げられてきたのだ。今後は人間をこき使い家畜のようにし妖怪は何もせずとも生活も保障し金も出るのだから気楽に暮らして良い。上様の仰せだ有難く謳歌せよ。気に入らなければ斬っても構わん罪には一切問わん。そこの妖怪、試しにそこの女中を斬れ遠慮するな罪にはならんぞ?」




