清五郎の決意
「よく分かった」
「物分かりが早くて助かるぜ、じゃあ手始めに懐の物を出しな。話はそれからだ」
妖怪が近付いた瞬間、清五郎は鞘ごと刀を腰から抜きそのまま僕らから見て右に居た妖怪の頭へ叩きつけた。堪らずその妖怪は仰向けに倒れ左の妖怪は茫然とした後で身構える。
「な、何しやがる!?」
「決まってる。田吾作の居場所を吐いてもらうまでだ」
清五郎は目を座らせ鞘尻を左の妖怪に突き付ける。妖怪は逃げ出したくても逃げられないのか腰が引けているにもかかわらずその場に留まる根性を見せた。
何故清五郎に借金を払えと言うのか。このパターンからして最初に有り金を出させた後で払えないような金額を提示してくるだろうから、狙いは清五郎自身だろう。田吾作たちが捕らえられているとすれば清五郎の出自は分かっている筈。となるとやはり狙いは大和攻略の情報を少しでも得たいのか。
ただそれだと清五郎には逆効果だ。恐らく清五郎が頼りにし心を許す数少ない人たちに何かあったとなれば許す訳が無い。最初から上手く取り込めば良かったのに妖怪側も案外せっかちだなぁ。
「て、てめぇこの国でそんな真似して良いと思ってんのか!?」
「知らんなそんなもの。田吾作は何処だ!? 居場所を言え!」
最早目的も忘れて残った妖怪に迫る清五郎。ただ見た感じまだ冷静なようなのでそのまま気の済むようにさせつつ周辺を警戒する。
行き止まりとは言え傍には長屋があり人間の町民に見られたけど我関せずで窓を締めたり戸を締めたりしていた。大顔の件を見て分かったけど妖怪を好いていないからなるべく関わり合いにならない様にするという伊勢の人間の姿勢が見える。今はそれがとてもありがたい。
「さぁ吐け! 田吾作は何処に居る!?」
「し、知らねぇよぉ!」
警戒している間にボコボコにしボロボロの妖怪を締めあげる清五郎。それに対して白を切る妖怪が何処まで持つのか見ものである。清五郎が怒りで我を忘れたら刀で指を一つずつ落とし始めるだろうからそうなったら止めに入ればいいかと思って引き続き警戒する。
「足の指の二、三本貰っておくか。貴様が喋らないなら伸びている方を引きずって別の場所で徹底的に追い込んでやる」
「わ、分かった! 分かったよ喋るから勘弁してくれ!」
清五郎は顔の割にとても気が短いんだけどよくこんなに長くあの言葉が出なかったなと感心する。それだけ何とか田吾作の居場所を知りたくて我慢したんだろう。だけどそれも限界。鞘尻で妖怪の指を強打した後無表情で告げると妖怪も冗談ではないと気付いたらしくついに白状する気になったようだ。
「田吾作は?」
「た、田吾作はこの町に来てから御上のところへ仕事をくれって来てよぉ……この町じゃ人間に回す仕事なんて限られてるから普通は御上になんか行かねぇ。で、御上は田吾作とその後を追ってきた仲間たちを捕らえて拷問し色々喋らせた後妖怪にしちまったんだ。俺たちは御上に言われてアンタが来るのを待って借金の形に連れてくるよう言われただけなんだ! 助けてくれ!」
何事も下調べは大事だって言うキツイ教訓だ。田吾作が居た頃の伊勢とは何もかもが変わってしまった。しかし拷問を加えた上に妖怪にするなんて……もう元には戻れないだろうな。あいつら乱暴者で嫌な奴だったけど冥福を祈ろう。
「……ね」
「え?」
「死ね」
清五郎は刀を引き抜き鞘を投げ捨て刀を振り上げる。どうしようか迷っている僕の袖を引っ張るルナを見ると首を横に振ったので急いで飛び出し妖怪を横へ体当たりしてどかし刀を抜いて受ける。何とか間に合ってホッとしたのも束の間、僕だと分かっている筈なのに刀を引かない清五郎。
「お、おいおい清五郎落ち着け」
「落ち着いている冷静だコイツは田吾作の仇! 命を取らずに居られれるか」
我慢しすぎてブレーキが焼き焦げたようだ全く冷静ではない。冷静なら僕に刀を向ける必要はないというのに気付くだろう、って突っ込みたいけどそれやると暴れそうなので止めておく。
「気持ちは分かるがこの国でそんなのしたら逃げられなくなるぞ!? おいそこのお前も相棒連れてさっさと帰れ! 俺もそう長く持たんぞ!」
「す、すまねぇ旦那! 恩に着るぜ!」
長屋の壁に尻餅をついた後もたれ掛りあわあわしていた妖怪にそう言うとハッとなって我に返り声を裏返しながらそう言って手を合わせた。コイツも元は人間だったんだろうか。
「ちゃんと恩を返せよ! 仇じゃなくな!」
急いで相棒を担いで逃げる妖怪にそう叫ぶと路地を出るところで振り返り頷き頭を下げて去って行った。期待せずに待って居よう。
「邪魔立てするか!」
「せいやっ」
気の抜けた声で何やら三日月の形をした物が先端に付いたステッキを振りかぶり、清五郎の頭部へ叩きつけるルナさん。えげつない音の後白目をむいて倒れる清五郎の刀を取って鞘に納めおぶって僕らもその場を後にして長屋に戻り清五郎を寝かせその回復を待つ。
町はあんな出来事が無かったかのように静かに時が流れていく。暫くして外で遊ぶ楽し気な子供の声が聞こえて来て少し安心する。何だか不思議な町で現実離れしている感じがしたからそういう何処の町でもあるものがあって良かった。
「それにしてもこうなるといよいよコイツお荷物ね」
「そう言ってやるなよ。でもまぁ田吾作たちが助からないと分かれば大人しく大和へ帰るだろう」
「いや帰らない」
「帰らないってまさか敵討ちに付き合えってんじゃないでしょうね? ここ相手の本拠地なんだけど?」
その声に押し黙る清五郎。短気だしお坊ちゃまだしでやり兼ねないと思う面もあるけど流石に状況を理解出来ないとは思えない。そこまで頭が悪くはないだろうというのは買い被りだろうか。
「お前たちはどうするんだ?」
「僕らは何もしてないからね。それにあいつらに貸しを作ったからそこから伝手を使ってお仕事にありつこうかと思って」
そう適当に思いついたまま行ってみる。伝手も何も居場所が分からないしあの話を聞いてわざわざ御上に行く筈もないし、先ずはこの国がどうなっているかを調べつつ例の御落胤を探さなくちゃそこまで辿り着ける気がしない。
「このまま引き下がっては田吾作たちの仇が」
「てかさアンタあの妖怪の話聞いてた? あいつらの上はこうなるのを見越して田吾作たちを妖怪に変えたのよ? アンタは田吾作たちが現れて斬れるワケ?」
「斬れる」
「絶対斬れないわこれ」
「何故そう言い切れる?」
「アンタ大事な人を已むに已まれず斬るような場面に出くわしてないからそんな即答出来るのよ。苦しんで苦しみぬいてそれでも斬らなきゃならないのよ? 想像できてるの?」
ルナが真剣な顔でそう尋ねると清五郎は押し黙る。そんなに簡単に斬れる相手をここまで追ってこないし探そうとも思わないってのは自分が一番良く分かってるだろう。
「まぁ今ならまだ間に合うから大和へ急いで帰って来るべき時に備えて鍛錬した方が良いよ。その方が確実に仇を討てる。田吾作たちを妖怪に変えた相手を見つけておくからさ」
僕の言葉を聞いてから清五郎はまた横になる。朝まで考えれば少しは冷静になるだろう。面が割れてるし感情を抑えきれないだろうし田吾作たちは妖怪になって居て敵になってしまうのは確実だから清五郎には厳しい状況過ぎる。
それから朝まで何事も無く過ぎていき、朝早くに清五郎は宿に一旦戻ると長屋を出て行った。心配ではあるけれどそこまで無謀ではないと信じて待っていると暫くしてから荷物を抱えて戻って来る。帰る決意をしたかと思って頷き元気でと伝えると首を傾げた。
「田吾作は俺の仲間だ。拷問の末妖怪になったのであればその怨念を俺が直接切り伏せ成仏させねばならない。だからここに留まる。お前のように化粧して感じを変えればバレないはずだ」
無理やり人間から妖怪にされたのだから理性が残っているか疑問だし所謂ゾンビのような状態だろうから会話も出来ても精神的に辛くなるだけだけど分かっているのだろうか。




