伊勢の町も賑やか
「おい! しっかりしろ!」
気を失うように寝てどれだけ寝れたのか分からないけど僕の感覚からしたら即大きな声がして驚き起き上がる。すると何と目の前に清五郎が居た。僕はこれは夢だなと思いもう一度畳に突っ伏す。
「だ、大丈夫か!? 糞っこの町の医者は何処なんだ!? おい目を覚ませ!」
何か頬をビッシビシ叩かれてるんだけどどうやら夢じゃないらしい。しかしいつも澄まし顔か嫌な笑みを浮かべた顔しか見た覚えのない清五郎が焦っている顔をしているのを見ると、自分より年下なんじゃないかと思うほど幼い感じがする。
「わ、分かった分かった夢じゃないのは認めるよ。で、何で清五郎がここに?」
「おいおいまだ寝てるのか? 俺がお前を呼んだのにその問いはおかしいだろ」
幼い感じのする顔とは真逆な強烈ビンタをかます清五郎の腕を掴んで止めた後そう問いかけると妙な返事が帰って来た。両頬に感じる痛みは夢じゃない証拠だし……そう言えば清五郎から紙を渡されたっけまったく見てなかったけど。
「あーあれか」
「もう少し叩いた方が良いか?」
真剣な顔で指をピンと立てビンタしやすい手にする清五郎。こいつは冗談を言う奴じゃないから本気でやろうとしてるに違いない。これ以上叩かれたくないけど内容が分からないからどう答えたものか……。取り合えず当たり障りのない言葉を口にする。
「悪い悪い逃げるように大和を出てきたもんだから気が動転して」
「確かにそうだな。奴らも勘が良いから俺たちが繋がったのを分かったのかも知れん。兎に角良く来てくれた。お前は見所のある奴だと最初から思っていたしあの妖怪じみた奴とも縁を切ったようだしこれで気持ち良く付き合っていけそうだ」
何やら目を掛けられて伊勢に来るよう言われたらしい。ただそれだけだと旅行に誘われただけにしか思えない。もう少し喋って欲しい。ヒントくれヒント。
「俺の仲間が先に仕事を求めて伊勢に来てからそう時間は経っていないはずだ。今なら共に行動できるだろうから一緒に来てくれ。お前も居れば良い待遇を受けられるだろう。来てくれるんだよな?」
「も、勿論だよその為に来たんだからさ目を付けられる危険を冒してさ!」
わざとらしいとは思いつつ気合を入れて清五郎に同意して見る。なるほどそう言う話をしたかったのかあの紙は。何処かで待ち合わせとかじゃなく伊勢で直接合流とは案外後先考えないタイプなのかな。
「昨日一日入口近くの宿で張っていたらお前を見かけ直ぐに声を掛けようとしたが慎重に慎重を重ねて一日開けて来たんだ。大和から来たってだけでこちらに他意は無くても今は怪しまれる」
「いやお前があんな必死に叫んだら怪しまれないか?」
真顔で首を傾げる清五郎。腹立つわこいつ……だけど今余計な真似をして注目を集める訳にはいかない。ここは我慢我慢。
「俺はこの町の入口近くにある宿の二階の上がって直ぐ右の部屋にいる。明日の朝そっちの都合で来てくれ」
用が済んだとばかりにそそくさと出ていく清五郎。まぁこっちも用件が分かればそれで良いんだけど普通これから一緒に行動するのに仲を深めようとか思わないんだろうか。それでなくとも仲が良い訳では無いのに。
とんだお人好しで独善的なお坊ちゃんなのか何かあればこっちを捨て駒として最初から捨てるつもりでいるのか。
「両方じゃない?」
「起きてたのか」
仰向けで寝ていたルナは上半身を起こしそう言うと大きなあくびをしながら両腕を伸ばす。
「しかし運が良いわね。これで何の気兼ねも無く相手の腹を探れるわ」
「こっちがあっちを利用する形になるな」
「あっちもそのつもりだしお互い様になったんだからいざとなればお互いにとって一番いい選択を迷わずできるのよ? 感謝しかないわね。酒井にも何かあれば逃げて良いって言われてるんだし」
あまり良い気分じゃないから極力避けたいので努力する方向でと答え僕らは伊勢の町を歩く。大和と似た雰囲気を持っていて過ごしやすく感じる。
「あっ」
「こ、これは妖怪様! 御無礼をお許しを!」
「貴様ぁ!」
と思ったのも束の間。あるお店の前で使用人が打ち水をしていたものが体と同じくらいの顔をした妖怪の紋付き袴飛沫が少し掛かり、その妖怪の三歩後ろを歩いていたネズミの顔をして紋付き袴を着ていた妖怪がそれを咎め使用人の胸倉を掴む。
「よさぬか」
「へ、へい!」
そう言われてネズミの妖怪は下がり使用人の人は急いで土下座をする。それを見下ろしていた妖怪は笑顔だったものの刀を抜き放ち突き下ろした。周囲は見ていたものの誰も咎めたりはせずかかわらない様にすべく急いで離れていく。
「あらあら随分と下衆なのが居るのね」
「なにぃ!?」
ルナは腰に手を当てて仁王立ちしつつ顎を上げて見下すようにして言い放つ。それに対してネズミの妖怪は胸元から短刀を取り出し抜いて突き刺そうと突っ込んできた。
「なっ!?」
僕は素早く但州国光陽光を抜刀しその短刀の刃を切り落とす。相変わらず但州国光陽光の切れ味は抜群でこれで斬れないものは何だろうと考えてしまうレベルだ。
「ほう、良い物を持っているな小僧」
「そうですねとても凄い業物ですよ?」
「ならば貴様の死体から貰い受けるとしよう」
僕は笑顔で再度鞘に納めて鯉口を切る。顔のデカい妖怪も鯉口を切り柄に手を添えて互いに間合いをじりじりと詰める。暫く緊迫した空気が流れ何処からか飛んできた鳥の鳴き声がした瞬間、同時に刀を抜き放つ。
「馬鹿め!」
「南無三!」
ネズミの妖怪が僕に向かって飛び込んで来たのでそれを何とかギリギリ刀の棟で肋骨を叩き、顔のデカい妖怪の振り下ろしを食らわないようネズミの妖怪を蹴り飛ばしその足を地面に付けながら受けるのが間に合いホッとする。
「そのような雑魚を助けて何になる?」
「アンタの付き人だろうに!」
「下らんそんなものの変わりは幾らでも居る」
「妖怪も人間も変わらないな」
「下等生物と一緒にするとは何たる無礼!」
「無礼で結構!」
鍔迫り合いまで態勢を立て直した後言い合いながら最後には店の壁に叩きつけるまで押し続けた。その大きな顔に棟が押し付けられても命乞いしないのは立派だけどどうやって返すつもりなのかな。不思議と興味が湧いたのでそのまま押し続ける。
「おーいそろそろ弱い者虐めは止めたまえよ」
気配も無く横に現れた人物に目をやりつつその殺気に驚き僕は飛び退く。その人物は公家のような恰好をした白髪の糸目の鼻のすらりとした二枚目で見た感じホンワカした雰囲気を醸し出すように笑顔だけど、その中身はそんな優しさの欠片もないようなどす黒さが渦巻いているようにしか見えない。
人間のように見えるけど違うのか? 僕は全身鳥肌が立ち武者震いするのを感じる自分を抑えながら刀を納め鯉口を切るまでに留めつつどんな状況にも対処出来るように身構える。
「良いねぇその気迫と動物的勘。君が只者では無いのは分かる。どうか私に免じてここは抑えてもらえないだろうか」
「な!? 清……」
顔のデカい妖怪がこの人の名前を言いかけたところでその喉を掴み地面に放り投げる。早いなぁ早いよこの公家の人。あの格好でその速度で動けるってなると本気ならもっと早く動いてくるのは間違いない。
「私の顔に泥を塗る気か? 大顔。今度は私がお前を殺るぞ?」
唐突に露になる強大で底冷えする禍々しい殺意。権威というか自分自身に誇りを持ちそれを汚されるのを著しく嫌い過敏に反応しているのか。礼節をもって対応しても中々難しそうな人物に見える。
「……これはいけない失礼した。君の名前を教えて欲しいんだが」
「僕は」
「彼は文殊丸。私は静香」
唐突に聞いた覚えの無い名前を言われ驚く僕に対し真顔で見て頷くルナ。ここはそうした方がいいらしいので僕も頷き白髪の公家さんを見る。
「これはこれは……そうなると私は金太郎とでも名乗っておこうかな」
あははと豪快に笑う白髪の公家さん。喜怒哀楽が激しいのかなこの方は。
「まぁ良いや。また機会もあるだろうからその時にでもゆっくり話そうじゃないか。この愚物はこっちで引き取るしあの者の家族にはこっちで補償するから。それで良いかな」
「構いません」
そう答えると爽やかな笑顔を向けた後で大顔と呼ばれた妖怪の紋付き袴の襟を掴んで引きずりながら去っていった。




