大和城で色々
「三人とも面を上げよ」
そう言われたので下げた頭を上げて前を見ると、部屋の奥にある掛け軸の前に三人正座している人が居た。左右の人は鞘の下を持ち柄を天井へ向けて持っており真ん中の人は手ぶらだった。その真ん中の人物をよく見ると何だか妙な違和感を感じる。
紋付き袴を着ている小さな髷を結っている御爺さんは背を曲げて座り皺の多い顔をくしゃっとして微笑んでいる……けどなんか違うな。この人わざとやってないか? 目が小さくて見えないような振りしてるけど眼光鋭そうだし背筋も伸ばせるように見える体つきをしてるし何よりあの髪……カツラに見えて仕方が無い。
「何かなお若いの。ワシの顔に何か付いておるのかの」
「い、いえ別に……」
「康久失礼だぞ! 控えよ!」
僕らの前に居た鷹好さんは少しだけ顔をこちらに向けて言ったので良く分からないけど取り合えず浅く頭を下げたままにしてみる。それから鷹好さんがさっきの出来事を話し始める。僕らは特に意見を求められたりしなかったので黙っていた。暫くしてこの特殊な環境にも慣れて来たけどやはりあの真ん中の御爺さんは特殊だ。全てが虚構っぽくて何なら僕より浮いてそうなんだけど皆偉い人だから突っ込めないのかなとも思った。
「以上が報告であります」
「うむご苦労。この者らがお主が言っておった例のアレか」
例のアレとは何なのかさっぱり分からないけど、一気に気の領域を広げたのは分かる。この感覚は師匠が稀に見せた本気の欠片みたいな感じがして脂汗が出る。よく首を落とされずに済んだなと思うくらいだ。
「ぬはは、なるほどなぁ。鷹好が目を掛けるだけはある。ワシの気をしっかりと感じて受け止められるとは。これが梅なら詐欺だの」
「本気の切れ端すら見せて貰えませんから梅で良いかと」
僕は鬼童丸が何か言う前に先手を打って口を開く。鬼童丸が推し量れない筈は無いけど口が悪いからここで変な言葉を使うとマジで斬られかねない。僕がそう言うと隣の鬼童丸は頷いたのでホッとする。
「別に見せても構わんがちびられると高い畳がダメになってしまうからのぅ」
明らかな挑発。鬼童丸さんもこれは流石に受け流してくれてホッとする。少し間があってから
「これも堪えるとは最近の若いのは辛抱強い。まぁここの空気に飲まれなかっただけでも良しとするべきじゃろうて。鷹好、下がって良い」
「はっ!」
鷹好さんは頭を畳みに擦り付けたまま後ろに下がって行き廊下へ出た。僕と鬼童丸は首を捻った後頭は畳に付けないまでも御尻を向けないようそのまま下がって同じ位置に移動する。
「良い良い。鷹好はそう育ったからそうしておる。まぁお前たちもワシに対しての味方が変われば礼も自ずと身に就こう……そうなるとワシの不徳の致すところだ。何れ正そう」
ガハハと笑う酒井の御爺さんと目を丸くし口を半開きにして見合う両脇の人。鷹好さんはそのまま更に入り口まで頭を下げたまま移動し僕らは酒井の御爺さんが見えなくなると立ち上がり玄関まで移動する。
「……お前たちのその度胸には恐れ入る。俺ならあの方の前でそんな堂々とは出来ない」
「お前が気概が無いだけだろう」
鬼童丸は今日は晴れてるぞくらいの口調で言ってのけ鷹好さんは何度も床に頭を叩きつけた後鬼童丸を引き摺って元来た道を逃げる様に走り出す。
「相棒が失礼いたしました。無骨者にして野生児故御無礼をお許しください。それでは」
僕は謝罪し一礼した後二人の後を追う。僕らを出迎えそして見送ってくれたいかつい人は苦笑いして犬を追い払う様に手を振った。
のんびりと周囲を見ながら入って来たところへと移動し始めたけど武家屋敷を出た時からずっと視線を感じるそれも一つじゃない。警護の人かと思ったけどそういう警戒した感じではなく一つは大きな好奇心、一つは殺意、一つは望み。
その正体を一つでも良いから探りたくて迷った振りをして道を少し逸れると
「御客人、出口はあちらですよ」
脇道から即人が出て来て道を塞がれて促され行かなきゃ斬るっていう警告の意味で柄をぽんぽんと叩いている。僕はこれはうっかりとか言いつつ戻りながら、その後も複数回試みるも全部同じように道を塞がれた。
流石殿様の居る場所だ全く隙が無い。この中を自由に動きたいのであれば武名を上げる他無いんだろうけどそれでいけるのか不安になって来た。
「おっと御免なすって」
「それ何も入ってないですよ?」
入り口で怒りのオーラを放つ鷹好さんとどこ吹く風の鬼童丸が見えたので手を振ると脇からまた人が出て来た。ぶつかって来て相手が体勢を崩したので支えたらその隙にスラックスのポケットに手を突っ込んで来た。かなり慣れてるのか本当に素早い動きで違和感をほんの少し感じさせる程度だった。
「いえあっしは何も。では」
あれと思いポケットを探ると貨幣を入れる袋があった。確かに一度引き抜かれたと思ったのに。鷹好さんたちのところへ帰りつつその袋を押して見ると、何かが入っている感触がする。こんなところでスリも変だしこうやって連絡を取ってくるってなると他の人には知られたくないだろうから黙っておこう。
何食わぬ顔をして二人の所へ戻りそのまま御用承所へ帰る。その後長い時間鷹好さんによるマナー講座が夜遅くまで開かれ解散する頃には大分精神力と体力を消耗したし、当の鷹好さんも待機所で眠り始める始末。
僕と鬼童丸は其々の部屋に戻り就寝する。流石に風呂も開いて無いので朝一行こうと言う話になった。で、早速部屋に入ってポケットの中から貨幣入れを出して中を開けてみると見覚えの無い紙が一枚。
ゆっくりとそれを取り出し開こうとすると丁寧に折りたたまれたそれは意外と大きかった。
「なんだこれ」
大和城敷地内の地図でそこに記されていたのは敷地内へ入る為の抜け穴の場所と敷地内の外れの屋敷に丸が付けられていた。御丁寧に地図の端に月のマークが描かれていたので夜に来いって言ってるんだろう。となれば善は急げ。大分マナー講座に費やしたから間に合うと良いけど。
僕は雨戸をそっと音を立てないよう開けて窓から外へと出る。ブーツは部屋に持って来る決まりで既に置いてあったから下に降りなくて済む。深い時間になると飲み屋どころか屋台も無くなり、見回りの岡っ引きの人たちや火消しの人たちが火の用心をやってるくらいで静かだ。
流石に用向きを訊ねられる訳には行かないのでブーツを履かず素足で屋根を伝いながら大和城近くへ走る。取り合えず今のところ誰かに見られている感じはしないので更に加速して進む。地図に記されているのは正面では無く脇の森の中にある古井戸に入るようなのでそこへ赴くと、大小の岩が僕の背丈より高い二メートルほどの高さに積み上げられた物を発見する。
夜中にこれを退けるのかと思いつつも懸命に一つずつ素早くどかして行くと井戸の跡が現れた。その上に乗っていた板を動かして中を覗くと水は一滴も無くただ風の音がしたので何処かへ抜けているんだろうなと言うのは分かった。
僕は意を決して飛び降り着地してから大和城の方を見るとやはり穴が続いていて大分先の方に微かな光があったのでそこへ向けて屈みながら歩く。その光の所へ辿り着くとそこからはなだらかな上り坂になっていて慎重に上がって行く。
「えぇ……」
とても心臓に悪い。その穴からひょっこり出てみると篝火を掲げた侍が取り囲んでいた。まんまと罠に嵌ったのかバレたのかは分からないけどやらないとダメかと思い鯉口を切ろうとすると
「姫様がお待ちだ。さっさとしろ」
そう言われ何の話かさっぱり分からないけど捕らえられないらしいので手を放し穴から完全に出る。侍たちも周囲を警戒していて隠密活動なのが分かったので僕も警戒して後に付いて行く。少し歩いた例の記の屋敷に着くと玄関には目付きの鋭い豪華な着物を着て髪を結った人が立っていた。
怖いなぁと思いつつも侍に体で押されて玄関に入ると侍たちは蜘蛛の子を散らす様に去って行った。




