廃屋にて
その後一人で暇だったのもあって御用承所を出てその噂の場所へと向かう。門からも出て更に少し歩いた森の中にそれはあり、お化け屋敷そのものに見えるそれは近付くのすら躊躇わせる何かを放っているように感じた。
鬱蒼と茂る雑草にクモの巣、ガタが来た雨戸に壊れかけの屋根。中に野生の動物が住み着いてても何ら不思議じゃない。度胸試しにしてはハード過ぎるなと思いつつもぐるりと周囲を回りながら近付く。
妙な気配が混ざっていてまるで判断が付かない。こんなところに一般人が入れるとか度胸って凄いんだなと感心せざるを得ない。近付くだけでも全身の毛が逆立ってもう帰りたくてしかたない。モンスターのゾンビと戦った経験があるけど、何か日本の妖怪とかこう言うのは体の芯から来る怖さがあって慣れない。
「よいしょ」
「待て」
「おわぁ!?」
雨戸を蹴り飛ばして見晴らし良くしようとすると急に後ろから不意に声を掛けられ驚いて飛び退く。振り返るとそこには鬼童丸が立っていた。安心して膝に手を付けながら息を吐く。
「何だよ鬼童丸」
「悪いなここはコイツらの縄張りらしい」
鬼童丸が親指で上を刺すと黒髪の女性が逆さに降りて来た。とても心臓に悪いなと思いつつ見ていると、足の先にクモの糸が見えて察する。ハイアントスパイダーのジョウロウ様を知らなきゃ心臓飛び出てたかもしれない。
「ど、どうも初めまして野上康久です」
僕が挨拶すると鬼童丸とその女性は目を合わせた後声を上げて笑った。何も面白く無いので終わるまで待って居ると
「御免なさいね坊や。人間に挨拶される時は大抵”死ね化け物”なものだから驚いてしまって」
「こう言う奴だから俺は協力しているんだ分かっただろう?」
「そうねヘタをすると妖怪より信じられる……妙な話ね」
そう笑い終えた後寂しそうに笑いながら女性が言うと鬼童丸も同意し更に女性は気になる言葉を口にする。確か輝忠さんの話だとここで死人が出ているって聞いたんだけど彼女たちの縄張りってなると犯人は彼女たち……のようには見えないんだよなぁ。
「失礼野上殿。私の名前は女呉というクモの妖怪よ。今鬼童丸殿が言ったようにここは私たちの縄張りなの。どんな御用件で来たのかしら……って聞くまでもないわよね例の噂でしょ?」
「はい。どうもこのまま行くと大掛かりな話になりそうで」
そう言うと女性は優しく微笑み廃屋に近付くと雨戸を開けて縁側に腰掛ける。鬼童丸も同じように移動して座ったので僕も座らせて貰う。
「噂は半分本当で半分外れ」
「と言うと?」
「俺の仲間が捕えらえられ始めた頃と似ている」
そう言われてハッとなる。彼女たちの縄張りで人間の死体が出るとなれば思いつくのは一つ。御上が妖怪狩りを行っているからだ。ここに人を攫っていると言う噂ではなく肝試しで荒くれ者がって話だったけど、清五郎の取り巻き見たいな武士に依頼してこさせた可能性があるな。
「生憎と人間なんて不味い物食べる趣味なんて無いわ。ただ侵入するだけじゃなく身内を攫おうとしたなら容赦しない」
「それは当然ですね」
殺気を込めた言葉に僕は頷く。明らかに敵対していない勢力に対して攻撃を加えている。相手の隙を突くのは良いけど勝てなきゃ下手に刺激して敵を増やすだけだ。故意に敵を増やす目的は何だ? 相手にはそれらを倒しても何とかなる算段があるのか?
「この子何なの? 変わり過ぎじゃない? 人間じゃないとか?」
「変人なのは間違いない」
二人して勝手な言葉を口にしてるけどそれは置いておくとしてこの件にルナは関わっているのか? 相手の強気が不気味過ぎて嫌な予感しかしない。どうにかしてもっと国の中を見れるようにならないものかな。迂闊に忍び込む訳にも行かないし地道に点数を稼がないといけないのがもどかしい。
「……あれ、そう言えば身内を攫おうとしたなら容赦しないわ、って言ってましたけど」
「言ったわよ?」
「身内は攫われていない?」
「勿論」
「だから言ったろう? 俺たちの仲間が捕らえられ始めた頃と似ているって」
「じゃあ誰が武士を斬ったんですか?」
「変な坊主よ。ここら辺じゃ初めて見る人」
「どんな人です?」
女呉さんは近くにあった枝を拾い地面が見える場所へ行くとそこに特徴を絵にして描いてくれた。そこに描かれたのはお坊さんのような見た目と格好で手に刀を持って居る人だった。腕に大きな切り傷があり眉間に小さな切り傷があったけど他は普通の人間に見える。
つまり妖怪が人間を倒したのではなく見知らぬ人間がその人間たちを斬った? 何の目的で?
「私たちが表立って出ると今は色々あるから見ていただけだけど、その坊主は一人捕らえて何かを聞こうとしてたわ。武士が答えないと分かると容赦なく斬り捨てていたから人間かと聞かれるとちょっと悩むわね」
そのお坊さんの目的は何だったんだろうか。謎がまた謎を呼ぶなぁ。
「この国は可笑しいのは間違いない。俺たちはそれを探る為に潜入している」
「あらそうなのね頑張って頂戴。出来る範囲であれば協力するわよ」
僕らは一旦その場所を後にして町へと帰る。正式に依頼されるだろうからそれに合わせて見張りをしようと鬼童丸とも話し合った。その後手に入れた物資を鬼童丸の仲間たちの元へ運ぶのを手伝う。何でも女呉さんの仲間に町中で声を掛けられ急遽廃屋に来たらしい。
鬼童丸曰く女呉さんはクモの妖怪なので町中のクモのボスのようなものでもあるからクモに話しかければそれが伝わるらしい。流石に僕らにクモが返事を伝えられないので鬼童丸たちを介す他ない。
「皆久し振り」
取引に行くと言って町を出て荷車を引いて森へと向かう。前とは違う場所に妖怪たちは居た。森は元々彼らの生まれ育った場所なので移動しても問題無いと言う。器用な物で簡素な竪穴式住居みたいなものを作りその中で寝泊まりしていようだ。
あまり長居をして他に気取られると大変なので久々の再会を暫く喜んだあと足早に荷物を置いて荷車を引いて帰る。僕らは一応梅六段でもあるので何処に何をしに行くかは詳しく聞かれない。それだけ信用があると言うのは有難い話だ。だからと言って言わないのではなく簡単な説明はして出る方が怪しまれないのでそうしている。
「助かったよ」
「いやいやこちらこそ。鬼童丸が居なきゃ斬り合いになってたかもしれないしね」
各家の夕飯の匂いが漂う町中を歩きつつ御用承所へ戻り奥の食堂へ行き一息吐く。この時間になると多くの人が食堂に来て夕飯を食べる。何しろ武士の場合御飯が安く提供されているから利用しない手は無い。
中には当然清五郎たちも居る。こちらを睨んでいたけど特に何もしてこない様なので放置しておく。
「ようお帰り二人とも」
「鷹好さん」
僕らと清五郎たちの間を遮る様に鷹好さんが現れその後三人で夕食を囲む。鷹好さんは今日は和泉剣道場で後進の育成に努めていたらしく、輝忠さんも頑張っていたようだ。
「康久は輝忠殿から何か聞いていたりするか?」
「何かとは?」
「いや、何も無いなら良いんだ」
話はそこで御終いになり今日は近隣の町で何処が美味しいとか夏になると御祭りがあるとかそう言う話で盛り上がった。特に何事も無くその日は解散。翌日も依頼は来なかったので僕らは警護や警備の依頼を受ける。
ちなみに討伐依頼についても七段になると解禁となるようで僕らは一日も早く上がるべく細かい依頼を丁寧にこなして行く。鬼童丸も鬼気迫る勢いでこなし続け半月後、ついに僕らは七段へと昇格した。
「お疲れ様です御二方。本日から七段へ昇格です」
今回は番台に居た兵吉さんに登録証を渡されながら言われたので喜びも一入だ。ついにこれで討伐依頼を受けられる。鬼童丸と共にウキウキしながら依頼の写しを眺めるべく食堂へ向かった。




