敵本体と接触
「僕にこんな言葉を言われても嬉しくは無いだろうが」
ハーケンとの間合いを計りつつ戦ってるけど軌道が槍と違うし何より流石足止めを買って出ただけあってその腕は達人の域だから、懐に飛び込むと同時に柄を短く持って防ぐなどして来たので合わせるのに苦労した。だけど自然を相手に今まで経験を重ねて来たから変則的な動きに合わせるのもそう時間を要しない。
「お前は必ず生きて捕らえる」
「皆! この男だけ倒すんだ! 行くぞ!」
ミズリュウは意を決したのか一歩下がった後周りに声を掛け纏めて突っ込んでくる。
「待ってたぞ!」
「準備完了、ってね!」
僕の寸前の所まで来た瞬間、地面から彼らの胴の辺りに縄が出て来た。僕だけに意識を集中し過ぎて周りが見えなかったのだろう。周りにはミズオもイトルスも居て何もしない筈が無い。
「だからどうした!」
ミズリュウはその縄を避けるべく飛び上がった。別に引っ掛けようともそのまま捕らえようとも思っていない。ただ彼らの動きを鈍らせればそれで良い。
「あっ!?」
横から無数の矢が飛び込んで来てミズリュウはハーケンを飛ばされ更にフードを掠めバランスを崩しながら僕に飛び掛かってくる。彼の作戦の陽動は成功だった。但し僕らはブリッヂス王に対する準備を入念にし来たのだ。それが全てミズリュウに向いたと思えば都合良く僕を捕えるなんて無理だとも分かっていただろう。
「風神拳」
僕は但州国光月花を鞘に納め構えを取り風神拳をミズリュウ目掛け放つ。僕には何の感情も無いけどミズリュウはしてやったりと笑っていた。
「全軍残りの者たちを切り伏せて転進、ブリッヂスへこのまま行くぞ!」
僕の声に合わせ皆急ぎ残党を処理する。思えば僕を始め皆掛かり過ぎていたのかもしれない。ブリッヂス王だけに目を奪われ竜神教を忘れた。
ミズリュウが落ちて来たのを受け止めると僕はそのまま急いで中間地点の仮砦に戻り厳重にミズリュウを捕えて絶対に逃がさない様指示を出した。更に口車に載せられない様に猿轡をしてブリッヂスへと急ぐ。
失態だ……ブリッヂスへ近付くにつれ戦闘が行われているのが地鳴りと声でが大きくなるので分かる。南部地方司令として失格どころのはなしじゃない。自分で確認せず念も入れずにただ戦う時を待っていた迂闊が招いたもので言い訳のしようも無い。
「閣下! 閣下が来たぞ!」
僕は敵をぶっ飛ばしながらブリッヂスの門を抜けて中央の交戦地帯に飛び込み一気に敵兵を切り刻む。竜神教の兵士なのは間違いない。この国にあるよりも重厚な鎧に丁寧な細工。竜神教の紋章と役満な身なりを見間違える訳も無い。
「ふはははははは! 逢いたかったぞ勇者ぁああああ!」
何て言うかうちの人材不足は酷いものだけどまさか気を使われていたんじゃないかと思うレベルでそれまで大人しく控えていたであろう男が、雄叫びを上げなら味方をも切り捨てて突っ込んでくる。両手に味方の血で塗られた片手斧を振り回しこれまた味方の血で染まった白髪を振り乱し見開いた目と頬骨まで釣り上げて歯を見せて迫ってくる笑うおじさんは狂気以外の何物でも無い。
「今日は弟さんは?」
「黙れぇえええええい!」
雑談でもと思って聞いたんだけど逆鱗に触れたらしくコロッと怒りの表情に変わる。起伏が激しいなぁ弟大好きな第九騎士団団長デュロス君は。ブリッヂス王の兵隊をも邪魔だと切り捨て僕だけを追い回す姿はいっそ健気だ。
「そいつを構うな! テグーを捕えよ!」
右脇の方からこれまたデカイ声が響き渡る。視線を移すと直ぐその主がブリッヂス王だと分かった。ただの暴れん坊という前評判というか僕の希望的観測は残念ながら外れ、戦場では獰猛だけど用心深く賢い獣なんだと思い知らされる。ミズリュウが居なくとも統率が取れブリッヂス王の指示に従い部下が良く動いている姿は圧巻だ。ああいう人材が欲しいんだよなぁうちにも。
「余所見とは余裕か!? 貴様ぁ!」
「そう喚くなよ。イトルスはこちらに着いたんだからお前もどうだ?」
僕の問いに笑って答えるデュロス君。まぁ付く訳無いんだけど聞いてみただけだ。
「弟の敵を取るのにこんなところまで来たのだ。誰が付くか!」
「デュマス君死んじゃったの!?」
「勝手に殺すなぁああああ!」
最早会話が成立しない……イトルスがこっちに付いたってのも聞こえていないのか効いてないのか理解してないのかすら分からない。普通同じ騎士団長が寝返ったとしたら驚くものじゃないのか? そういう概念が無いのか? 色んなところが引っ掛かるけど先ずはこれをどっかに行かせるのが先決だ。
情報通り頑強な体と筋肉は多少叩きつけたところでびくともしないどころか興奮したのかテンションを上げてくる始末。倒せるときに倒しておくべきだったなと後悔する強さだ。とは言え過去を嘆いても仕方が無いので丁寧に捌きつつ的確にダメージを鎧越しに与える。
顔以外は頑強な鎧で固められていてその隙間を狙おうにも片手斧の鋭い斬撃はそれを許さない。小回りが利く動きがとても梃子摺る。流石ゴールド帯以上と言われる騎士団長。ミズリュウとは動きが段違いだと思い知った。最近格上の相手と戦ってないのも影響してか肝を冷やす場面が幾度もある。
これは慢心の結果なのかもしれない。司令官等と偉そうにして色々怠ったツケ何だろうなと思う。ただ有難い話イザナさんが好きなようにして良いと言ってくれたからこそ僕はこうして単独で動ける。僕も含め皆が浮き足立っていたかもしれないけど、イザナさんは果たしてそうだろうか。
そう言えばまだ僕らにも手が残っていた筈。竜神教は西からではなく東から来たのは位置的に間違いない。
「お前たち何処から来たんだ?」
「雑談など!」
「案外余裕が無いんだな。何処から来たかくらい応じてくれても良いのに」
「……海沿いを進んだ後ここから東にある湖を二つ超えて来た」
僕がガッカリだみたいな恰好をすると、デュロスは丁寧に教えてくれた。コイツ悪い奴じゃないのかもしれないなかなり変な奴だけど。僕は改めて但州国光月花の切っ先をデュロスに向けて構えて相手の呼吸を待つ。デュロスもそれを見て改めて片手斧二つを構えた。
「デ、デュロス様! 敵が!」
「閣下! 御助けを!」
「「下がれ、死ぬぞ?」」
僕にもデュロスにも味方が声を掛けて来たが同じ言葉を伝えた後ニヤリと笑い切り結ぶ。但州国光月花を左片手斧で弾いて残った右片手斧で一撃入れようとするも僕は左拳で片手斧の腹を叩き逸らす。蹴りか頭かどちらかしかないけど互いに迷わず頭を突き出す。
「ぐがっ!?」
デュロスはよろめいた後何とか態勢を立て直すべく後ろに千鳥足で下がる。これはズルと言って良いのか分からないけど師匠から教えて貰った技に頭突きに関する技があったので、余程頭突きを磨いている人でもない限り負けないと思う。
「デュロス、またやろう。今日は悪いが他に邪魔が多すぎる」
デュロスを守ろうと竜騎士団の団員達が立ち塞がったりデュロスに片を貸すべく駆け付けて来た。
「な、何故俺たちを殺さない……!」
「お前は面白いしまた技をぶつけ合いたい男だと思ったからだ。それともこんなところで決着を付けて満足なのか? 僕は満足じゃない。だから他の団員も直ぐに引け。僕に納得のいかない勝ちを納めさせるつもりか?」
それを聞いて竜騎士団の団員たちは急ぎ去る準備を始め、デュロスの顔は何とも言えない顔をした後目を強く瞑り歯を食いしばりながら黙ったまま連れて行かれた。
「あら康久殿、あれをまた生かして帰すんですか?」
まるで待っていたかのように声を掛けてくる怪しさ満点の男に僕は但州国光月花を納めながら鼻で笑った後首を竦めて
「そうだね味方が増えるかもしれないからさ」
と答えると声を上げて笑われてしまう。
「それはまた剣呑。ですが閣下はそれくらいが宜しい」
「知った風な口を利く。と言うかお前は本当は誰なんだ?」
大した確証は無いけどカマをかけてみる。それに対して今度はイトルスが鼻で笑い首を竦めた。
「竜騎士団第八団長のイトルスですよ? もう無くなっちゃいましたけどね。後は僕が閣下の敵では無いというところも本当です。その訳は絶対言えないっスけどね!」




