ブリッヂス王の狩猟へ向けて
「生きた象徴と言うのは得てして死んだ方がより確たるものになる。言わばそれこそが神というものだろう? 人間と同じ土俵に立っていては本来ならぬもの。死して初めて竜神教として完成するかも知らん」
「片棒を担ぎたくは無いですね」
「ブラヴィシがどういう思いで何を目指し動いているのか。それは本人と腹を割って話さねばならんが難しいだろう現状では。となるとそこへいくのにもお前の功績を高めるのは必要不可欠と見るが」
難しい選択だ。ブラヴィシとまでは行かないけど僕も首都では何と言うかそれに近くなりつつあるみたいだし、現に兵士たちの眼差しは時に重く感じる。それを逆手に取り死地へ引き込むのは気持ちが良いものじゃない。
ただコウテンゲンに居続けても白い目で見続けられるという状況を思うと同情を禁じ得ないのも事実。しかもオルランド選手の名前が出て来たとなれば共通の敵でもある。
「無理に入信を進めたりは?」
「僕は閣下に今まで入信を進めたりはしません。基本竜神教は皆が信じて当然と言う前提で信者は皆居ます。教義を口にする時もあるでしょうが仮にもし強要しようとするものが居れば僕が責任もって処理します」
「……分かった。イザナさん書状の方はお任せしても?」
僕の言葉にイザナさんは笑顔で頷きミズオが持ってきた書類の束の中から数枚の紙を引き抜き僕に手渡した。準備万端整っていたようで直ぐにでも出せるようになっていた。イザナさんも抜け目がないなぁと思いつつ文章に目を通し話と違う点も無いのでサインしてイザナさんに返す。
其処には禁止事項やそれを破った場合の処罰なども書かれていて、これを読んで向こうが飲まなければお流れになるし確定ではない。そう言いたいけどなんかイトルスもイザナさんも色々手を考えてるみたいだし二人に一任する。何かあれば僕が責任もって処分すると覚悟を決めた。どうせ行きつく先は皆揃って地獄なのは変わらないのだから。
「さてこうなるとやはり急いで居住区に関して動かねばなるまい。エルフの里はやはりエルフたちの物だ。俺たちの新しい場所を作る意味でもな」
「早速引っ張りますかブリッヂス王」
「グロイアスアリゲータの繁殖期が終わって直ぐ動くぞ。奴らもそのタイミングで仕掛けてくるべく準備をしているだろう。例の仮砦に引き込む下ごしらえを早急に始める」
ミズオが持ってきた書類から更に数枚取り出して僕に見せる。ブリッヂスにいる反体制派に第一弾の情報は流し済み、それに反応して向こうも密偵を中間地点に放っているのも確認しているようだ。イザナさんの指揮によるエルフの兵士たちが調査する振りをしつつ測量をしているのも見せた。
で、これからは実際にその見せかけの砦を全員で一気に作り上げ相手を驚かせ、更に中にエルフの里の備蓄を全部突っ込みこちらの兵糧の潤沢さを見せつけて奪いに来させるというシナリオだった。
「こりゃ僕はもうゆっくりのんびり出来て良いですね全部完成してる」
「何を言うか実際に行動するのは今からだぞ? 老若男女関係無い種族も関係無い全員で一気に子の砦を作るんだ例外は妊婦と幼児それに怪我人病人のみ。ブリッヂスも総動員する時間は掛けられん」
「強硬策ですね」
「だからこそインパクトがあるし相手を驚かせるに足りるのだ。のんびりやっていたのでは相手の動揺を誘えん」
そりゃそうだこれはあくまで仮の砦で相手を引き込んでこちらの場で戦い地ならししてもらうのが狙いだ。
「あわよくばここでブリッヂス王をやってしまいたい。俺は面倒なのと思考する生き物がそれを捨て去ったような者を何度も見たくはない」
辛辣な言葉だけどイザナさんの真剣な表情に気合はマジだ。ブリッヂス王ってそんなに単細胞なのかと思ったけど先入観を捨てて掛からないといけない。何もかもをかなぐり捨てて逃げられる王なんて何をして来るか想像もつかないしミズリュウという軍師もいるのだから。
「何にしても急ピッチで作業をせねばならん。グロイアスアリゲータの繁殖期が終わるのはもう少し後だ。それまでに材料や練兵を進め万全を期するぞ」
イザナさんの言葉に頷く。これまで互いに様子見をして来たけどついに雌雄を決する戦いの火蓋が切られる時が来たと感じ身が一気に引き締まる。
「いやそれは良いけど御飯冷めてる」
ルナのツッコミに皆ハッとなり置いたシチューの器を見ると湯気が立っていた筈なのにもうなかった。もう一度温めるか問われたけど一気に流し込んでごちそうさまをして仕事へ向かう。
会議所ではさっき決まった件について長老たちにも伝え、イルヴァに清書してもらい作戦書としてきっちりしたものに作り直し練兵も力が入り今日は晩までみっちり行われた。里に僕らの気合が伝わったのか何時にもまして賑やかに感じる。
川の工事が終わり仕事が終わって残念そうにしていた冒険者たちも追加の仕事があると知り元気に仕事をしている。これを向こうの密偵も見ている筈だから相手も慌ただしくなったに違いない。一応仮砦とかそう言う部分は上層部のみが知る情報となっているので大丈夫だろう。
それからは大きな問題は無く順調に準備は進んでいく。向こうの斥候ついでのちょっかいが始まったのは暫く経ってからだ。個人的には今までの経緯からしてこちらの動向をジッと息を潜めて見続けるんじゃないかと思ったけど、大胆にも見ているぞ! と言うのを出してけん制して来た。
これをけん制としてあまり構わないで居ると本体が突っ込んできたりする場合もあるけど、今はグロイアスアリゲータの繫殖期で来ないのは計算の内だ。とは言えあまりに五月蠅い時もあるのでミズオに一隊率いらせて森に潜ませ斥候を捕えても居る。
当然ながら吐く訳も無いので一人ひとり穴を掘りそこへ落として上に網をして放置しておく。経験者のミズオによると尋問されたり拷問された方がマシらしく、誰とも話せず見ても貰えず身動きも取れないので堪えるので効果があると言う。
全員が全員堪え性があり忠誠心が高い訳では無いのは何処も同じ。一人が口を割り斥候のリーダー以外を開放した。そこから何処を何を調べて伝えているのか情報を得て記録しておく。ちなみに開放する際沼地の近くまで護送するんだけど斥候のリーダーに見える様に歩かせた。
こちらも穴ぼこだらけにする訳にはいかないのでリーダーのみを残しそれ以外は開放するを繰り返した。そうしているうちにそれを見続けていた最初の方に捕らえられたリーダーがついに口を割る。
「なるほどな、ミズリュウと言う男なかなか侮れん」
イザナさんはそう言って調書を机に放り投げる。最初の方に捕らえられ今も残るのは斥候隊の本物のリーダーだけどそれ以降は作戦を変え早いうちに嘘のリーダー役を仕立て上げ、本物は人相を変えて何度もこちらに故意に捕らえられをしている奴が居ると言って来た。
何度目かの捕縛の際に面通しをさせて捕らえ穴の中に放り込み、日があまり当たらない様に網目の細かい茣蓙を置いて閉じ込めておく。口を割った最初のリーダーが教えてくれたけど、嘘のリーダー役にされた人物はブリッヂス王に高い忠誠心があり且つ向こうに家族が居るものが選ばれているという。
「最初のリーダーが口を割ってくれて良かったですな。知らなければ騙され続けていた」
「ついに向こうも積極的に動いて来たっスね」
「まぁこの斥候方法はブリッヂスに対して行っていたものに近い手だと言う話だから向こうの十八番なのかもしれんがね」
「何はともあれ深く入って来たのだから互いの戦いに対する意思と空気は一致を見た訳だ。となると先手争いになる気を引き締めろ。それと捕虜で協力する意思がある者たちは穴から出して牢に移せ。登用するかどうかはこの戦いの後だが格差をつける」
イザナさんの言葉に頷きミズオとイトルスは会議所を出る。何処の誰だろうと掛け替えない人手だ。こちらに協力する意思を示し降伏するなら待遇は当然改善される、と示せば動き易いだろうという狙いだ。
「さぁついにブリッヂス王狩猟の時が近い! 気合を入れろ!」
イザナさんの号令に会議所の皆は声を上げて答える。勿論会議所の中だけの掛け声だったけど空気は何となく里にも伝わり皆忙しなくなってきた。あまりかかり過ぎないように里を見回り皆に声を掛けて行く。
資材や持って行く台車を作ったりしつつ、引き込んだ水を利用して畑をつくったりと日常業務をし二週間ほど経ったある日、ついに先手を取る為に動き出す。




