イザナさんの練兵
「やはりお前は俺の見立て通りの男だ康久」
視察を終えて話も一段落し里へ戻るなりいきなりそう言われて首を傾げる。それを見てイザナさんは腰に手を当てながら笑った後去って行った。言葉と笑いの意図は良く分からないけどあの人はあの見た目に反してかなり真面目な性格だなと思う。
あの様子からして部屋に帰った後も図書館等に言って僕らの処理した書類などを見て今一番大きな仕事である治水の状況を、なるべく迷惑にならない時間帯を選んで来たんだろうなと感じた。
なるべくバレないよう寝床に戻り寝たふりをしつつ考える。あのブリッヂス王を生け捕りにしたとして一旦は首都に護送し陛下の判断を待つ。当然妨害も考えなければならない。というかその前に竜神教や竜騎士団が出張ってくるのを考えないと。
カイテンにも竜神教の信者がいる。いざとなれば扇動する可能性も捨てきれない。何しろ西に竜騎士団があっさり侵入していたのも考えればブリッヂス王を首都へ護送する事態ダメなんじゃないだろうか。
「閣下、おはようございます」
ミズオの声に布団から起きる。ミコトたちも揺すっておくけど疲れてるようで皆に手を強烈に払い除けられたのでそっとしておき、テントから出てミズオと長老の使いで来たイルヴァと共に会議所へ向かう。
「あ、閣下! おはようございます朝早くから申し訳」
「遅い!」
朝から怒号が飛んで来て目が覚める。その声の方向を見るも誰も居ないので首を傾げていると長老がこちらへと手招きしてきたので会議所の裏手へと向かう。
「あれまぁ……」
そこにはエルフの兵士を眼下に刀を振るうイザナさんが居た。どうやら僕と別れた後直ぐにここに来てエルフの兵士たちのみ集めて練兵をし始めたのだと言う。声を掛けようとした時後ろを向いたまま地面を足で掻いてこちらに砂を飛ばした。黙ってろって合図だなと思いそのまま見守る。
「まさかここまでエルフが衰退しているとはな……たかが数個の移動指示すら的確にこなせないとは呆れるを通り越していっそ可愛く思えて来たぞ」
刀を地面に突き刺し右手で顔を覆い俯き嘆くイザナさん。舞台俳優のように引き込む演技で見てるこっちも哀しい気持ちになって来た凄いな。
「良いかよく聞け。康久が言わないから代わりに言ってやる。戦などアイツ一人が居れば良い、それは誰もが疑わない事実であろう?」
いやいや今までも僕一人で勝ったなんて一対一が主で後は他の人にも助けて貰ってるんだけど。見るとエルフの兵士は頷いてるし……無敵超人ではないんだけどな一応。
「それなのに何故お前たちエルフの指揮をするか分かるか? 力も無く人を見下す高慢ちきなエルフなど放っておけば何れ消えてなくなるものをあのお人好しは気に掛けてくれた上に助けてくれると言う。エルフの里を復興させただけでなく住み良い場所にしようと日々戦っている男に対してお前たちは情けないと思わないのか?」
イザナさんは刀を引き抜くとエルフの兵士たちの前に降りて行き静かにゆっくりと語り掛け問いかけた。なるほどこういう時大きな声で恫喝するようなシーンがあるけどこうやってされるのも中々迫ってくるものがある。
エルフの兵士たちの中には自分たちの今の境遇に対する悔しさや辛さを思って涙する者も居た。兵士なのに兵士らしい仕事が出来ずに燻っている者は足を踏み鳴らしていたりもした。兵士たちの前を歩きながらその様を見て頷くイザナさん。
「良かった嬉しい。お前たちにはまだ希望がある。今は情けなくとも勇者の力になるのは自分たちだと信じる気持ちを俺は見た。ならば示すが良い己の腕で。隊列を組み指揮に反応し即座に動き勇者の敵を誰よりも素早く殲滅する名誉は我らエルフの物だ!」
イザナさんが刀を空へ向けて突き上げるとエルフの兵士たちの雄叫びが上る。凄いなぁイザナさん怒号なく檄を飛ばし兵士たちをその気にさせるなんて僕には真似出来ない。その姿を見ているとちらりとこちらを見てまた前を向いた。
僕はそれを見て出て来いと言われた気がしたので皆の見える場所に移動すると
「おお見よ。我らが勇者にしてこの地域をも護る指令閣下が視察に来て下さったぞ。気合を入れ直せ!」
僕を指さし兵士の士気を上げるべく言葉を掛けると揃って返事をして距離を取って向き合い整列する。それを見てイザナさんは僕の横へと上がって来た。
「流石ですね僕にはああいうのは出来ない」
「出来ないのではない経験と覚悟が無いだけだ。だがまぁお前の場合は仕事が多すぎるので今は俺が代わりにやったに過ぎん覚える様に」
「そんな言葉がサクサク出ませんよ」
「出るんじゃない出すんだ。相手がどんな言葉を欲しているか何に悔しさを感じているかを探れ。……誰もが皆俺たちのように死なない訳じゃないし死にたくも無い。それでも家族と仲間の未来の為に行かなければならんのだ。少しでも生き延びる可能性を高める為にもこれは必要なのだ」
イザナさんは辛い表情をしながら目を瞑り俯く。エルフの初期を支えた人だからもっと過酷な環境を生き抜いて来たんだろうし仲間の死も見て来た筈だ。それを思い無言で僕は頷く。それから時間まで練兵は続き通常業務に移る。皆まだやりたかったみたいだけど、今日気合を入れ過ぎて体を壊しても困るから強制終了した。
イザナさんには今は自由に動いてもらって構わないと伝えると流石分かってるじゃないかと告げて何処かへと去って行った。
「良いんですか自由にして」
「勿論だよ。イザナさんは戦いの準備を始めている」
今朝の練兵を見ても分かったし前日の地図や言葉からしてもうブリッヂス王の捕獲すると言う目的に向けて意識は向いている。書類整理とか処理は僕らで十分出来るし力仕事は僕たち前衛がやった方が早いので言わば適材適所だと思う。
「となると本格的にブリッヂス王攻略に向けてこちらも進めねばなりませんね」
「まぁとは言え先ずは治水その次に中間地点の砦の建築とまだまだ先になると思うけど」
「長いスパンでの計画書は一応出来てるんで目を通しておいてくださいな」
イトルスが一枚の紙をテーブルの上に出したので見るとブリッヂス王の討伐までの大まかな日数ややるべき仕事の項目などが書かれていた。イトルスも忙しいのにこういう仕事も出来るとはやるなぁ。
「す、凄いですイトルス様。仕事をしながらこれも作るなんて」
「最近一人部屋も貰ったし集中出来る環境が出来たからさぁそれ相応に頑張らないとダメじゃん?」
「言うなぁイトルス。だが残業代は出ないぞ?」
「要りませんよそんなもの。戦場で功績を上げた方がマシですからね貰うのであれば」
イトルスとシブイさんのやり取りを聞きながらイルヴァ君は落ち込んだと思いきや胸を張り気合を入れ直し書類整理と処理を再開する。ここには長老たちを始め重臣が詰めている場所だ。警備の兵士も階級的には小隊長クラスが指揮している。
イルヴァ君は自分がここに居るという状況がイトルスの言葉を聞いて他からどう見えているのか察したのだろう。今は他にも作業する場所を設けていて他の採用者たちは長老たちが交代交代で指導しているから、彼らからしたらイルヴァ君は採用者の中でもトップの待遇に見える。
「イルヴァは慣れるのが先だから余計な仕事はしなくて良いからね? 今自分の仕事をしっかりやるのが大事だからさ」
「はい残念ながら私にはそこまでの知識も知恵もまだありませんから、目の前の頂いた仕事をしっかり丁寧に素早くこなします」
こう聞くとイトルスが立派に先輩をしていて感激する。だけどよく考えてみれば竜騎士団の第八騎士団の団長なんだから下の指導は僕よりは心得ていて当然かと思った。この日は午後から首都の物品が入荷するのでそのチェックと受け入れをする為昼食後は里の倉庫へと移動する。
「今日は沢山入って来ましたね」
「ミコト御希望の幼児教育に関するものもあるからね」
エルフの里にも子供の読み物があるけどより知識や見識を子供の頃から広げた方が良いと首都から人間族の子供が読んでいる本だったりおもちゃを取り寄せてみた。それに女性も首都からこちらに仕事で来ている人も多く、エルフの子供たちと一緒に人間族の子供たちも一緒に保育所を立てて面倒見ているので必要だと判断した。
おしめも布で幼児用お菓子も首都の方が良い物が多い。結構良いお値段したけど未来の為の投資だからそこは惜しみなく出そうと決めて購入した。




