首都での新しい日暮れ
「お待たせ致しました康久様、こちらへどうぞ」
案内係の人とは違う人が現れて会釈したので僕も会釈して返す。その人は黒のハットを被り灰色のチュニックを着ていた。髪はとても強い癖毛で肩まであり口髭も蓄えている。切れ長の目で僕を上目遣いで見た時に目が合ったけど、銀行の偉い人にしてはその眼の奥の光り方が剣士の目そのもので心配になってくる。
先導されて別の部屋に入ると大きな机の前にテーブルとソファが向かい合う様に置いてあり、彼は大きな机に仕舞われた椅子を引いて座ると僕らにソファに掛けるよう促した。相変わらず帽子を被っているのがとても気になるけど何でだろ。室内でも被る文化なのだろうか。
「良くぞお越しくださった。私は首都コウテンゲンの銀行の頭取を務めておりますシブイと申します。今後とも御贔屓に」
笑顔が胡散臭いんだよなぁこの人……名前も何か引っ掛かるし全部嘘っぽい。騙されてお金取られたりしないか嫌なドキドキがする。
「シブイさんお久し振りです」
「華殿お久し振りです。貴方がた王族が我が銀行を訪れるのは珍しい。そう言う意味でこちらにお招きした次第。今回はどのような御用でしょうか。御使命とあらばこのシブイ近隣の土地土地を開墾する人手の計画や税の見通しなど直ぐに出すご用意があります」
身をぐっと乗り出してそう早口で言い終えると唾を飲み込みジッと華さんを見ている。めっちゃ分かり辛いけど内心めちゃくちゃ気が動転してるんじゃないか?
「いえ今日は康久殿の」
「やはりそうでしたか……綺羅星の如く現れた英雄を約束されし新進気鋭の冒険者であり経済活動にも明るいと聞き及ぶ康久殿が開発計画の責任者になられるのですね? 宜しいこのシブイ命を賭してこれからの始まる事業について誠心誠意補佐させて頂きます」
……大丈夫かな大分混乱しているように思えてならない。見た感じ超冷静で飄々としてるようにしか見えないのに。
「お、落ち着いてくださいシブイさん。今日はただ引っ越した後なんで日用品を買う為にお金を引き出そうとしてるだけです」
「開発計画は? 事業計画は? 経営計画は!?」
僕らは問われる度に首を横に振る。段々声が上がって行き最後絶叫に近かったシブイさん。言い終わるとバン、と音を立てて机に突っ伏す。どんだけ期待してたんだ……まぁ王族が急に銀行に来たら驚くのも無理は無いか。
「金額はどれほど必要で? 直ぐに準備させますよ」
暫くして切り替えたのか起き上がり椅子に座ったまま天井を仰ぎ見て帽子を目深に被った後勢い良く立ち上がり帽子を脱いでこちらに近付いて来てそう言ってくれた。ただどれくらいって言われると僕はピンと来なかった。
「そうですね、今日は五金ほど下ろしたく思います」
そうミコトが答えると華さんも頷きそれを見たシブイさんは入り口に居た人に目配せした。その人は急いで部屋を出て行く。
「また何かあったら声を掛けて下さいよ。それこそ事業に興味があったら是非」
苦笑いしつつそう言うシブイさんに対して会釈してその場を後にする。後で聞いたけどシブイさんは首都の初代頭取で銀行の仕組みなどを考案した人物でソウビ政権の経済の主要人物の一人だそうだ。
元々冒険家として生態を調べつつ各地を放浪しつつ異民族とも交流をしていたところを偶然出会ったソウビ様にスカウトされて政権に加わったようだ。本人はもっと色々見て回りたかったようだけど竜神教の乱を目の当たりにしその復興と活気を取り戻す為に尽力したと言う。
「で、今は暇だと」
「大きな開発計画も決まりましたし事業計画もまだ五分の一に行くかどうか。経済に至ってはまだまだ。今回のエルフと蜥蜴族の事情で多少変わってもそう大きな修正は要りませんでしょうから」
「やーねー、そういう奴が乱とか起こしそうじゃない? 才能と暇を持て余してさ!」
パティアの本日のおま言うな意見はさておき、あの目の奥の光りは大人しく座っているような人じゃないのを物語っている。仕事が大好きで燃え尽きる程の大仕事と言う戦場を求めて飢えた狼のようだ。
僕としては考えたくは無いけど確かにパティアのおま言うにも一理ある。ただ国政に関して余計な進言なんて宮中を乱す元でしかない。となると僕に出来る貢献をすべきだろう。そう言えばこの国って土地ってどうやって買うのかな。今度聞いてみよ。
「またのご利用をお待ちしております!」
暫くして袋をトレイにおいて持って来てくれたのでそのまま頂いて行こうとするも、ちゃんと確認してサインを欲しいと言われてその通りにミコトがしてくれてサインもミコトにして貰って完了する。
最後は職員の人たちが集まって御見送りしてくれてマジで怖い。野宿をしょっちゅうしている人間への対応じゃないだろと思いつつ女性陣について町を歩く。最初は家具などを見て歩くも結局三人で意見を交わし合った結果後日になり夕食の食材を買い込み荷物持ちをして家へ帰る。
何か懐かしいような感じだなぁ前は婆ちゃんの背中を見ながら歩いたけど……家かぁ。
「お帰りなさいませ!」
「あ、ど、どうもすみません警護させちゃって」
「お気になさらず! 貴方の仕事の成果に比べたらこんな些細なものは問題になりません!」
家の前で警備してくれていた兵士の人はそう言って去ろうとしたところ、ミコトが僕が抱えていた袋から果物を一つ取り出して兵士の人に手渡す。断られたもののお礼ですと皆で言うと困りながらも受け取ってくれて敬礼した後去って行った。
どうにも暗い家って言うのは何一つ良いイメージが無い。イスルでも盗賊に襲われたし。夕暮れも過ぎ夜を迎える時刻の家の中は陽の光を失いさながらお化け屋敷のようで入るのを躊躇わせる。
「入りなさいよ」
「五月蠅いな」
皆が入っていった後姿を見つつ立っていると、パティアがドアを開けながら僕を待っていた。ゆっくりと家に近付くと灯りが点き幾らか入り易くなったのでホッとしつつ中へと入る。それから女性陣が夕飯の支度をしていると、玄関をノックする音が聞こえてマウロと僕は警戒しつつ玄関に向かう。
「こんばんわ! 御湯をお持ちしました」
「御湯?」
「はい。こちらの住宅街には御湯を配って歩いておりまして」
「あ、すいませんご苦労様ですこちらにお願いします」
華さんが後ろからやって来て兵士の人たちを案内する。この辺りはゴールド帯や重臣が住んでいるので国が運営する御湯を配る会社が夜になると御湯を配ってくれるようだ。毎月その料金を支払うんだけど、そうやって仕事を作り仕事を焙れないように協力するのも役目らしい。
前なら薪を取って来て切って火を起こしてくべてお風呂沸かしたんだけど、ここではしないらしい。とは言え他の部分には使うので薪は必要。これも国から支給されてそれに対してお金を払う。その御金は木こりさんたちに渡り更に新しく木を育てるのにも当てられる。
そう考えるとソウビ様の運営する国って凄いよなぁと思う。見た感じ木が無くなっている訳でも無いのに木を育てたりしてるし、無駄に思えても仕事として成り立つよう色々な仕組みを考えたりと驚くばかりだ。
カイビャクでは竜神教ばかりが目に入ってしまったけどあそこではどんな仕組みになっていたのかちょっと興味が出て来た。皆ダルマの町みたいな感じじゃないだろうし。
「有難うございました!」
御湯を入れた後で薪を置いて兵士の人たちは去って行った。流石に多くの家族が居たり使用人が居たりすると御湯も冷めるので沸かし直すのに使う薪のようだ。大衆浴場もあるけど重臣などは狙われる危険もある為この辺りの人は使わないと言う。
僕らは夕食をわいわいがやがやしながら頂いた後お風呂を女性陣から先にしようしてもらい、家長の僕が最後に入る。こういう時も遠慮しないマウロは流石としか言いようがない。
居間にその後皆と他愛もない話をしながら過ごした後各自眠りに就く。僕も一度一階の部屋に行ったけど全然寝付けなくて居間に戻って灯りも付けずに窓の外を備え付けのソファに座りながら見ていた。




