いざブリッヂスへ!~川を渡る人と残る人と来る人~
更に翌日、地鳴りに目が覚めて体を起こすと前方の森で土煙が上っていた。間を開けて再襲撃だとしたら余程ここが欲しいのか僕らを絶対にブリッヂスへ行かせない気なんだろう。ただそうなるとブリッヂスと友好関係にあり商売関係もあるカイテンの異常を感じてブリッヂスが動くと思う。
それを見越しているとしたらやはり竜神教。だとしてもカイテンを経由せずにブリッヂスを超えてエルフの里に行くのなら食料の調達などどうしたんだろうか……まぁカイテンは自由だから取引をするのは問題無いだろうけど、竜神教の情報は高く売れるだろうし国も見逃さないと思うんだけど。
「どうやら国の兵のようだ安心したな」
ソウコウ様がテントから出て来て背伸びをしつつそう言ったので改めて見ると、黒装束では無いし旗を先頭の二人が掲げながらこちらに向かっている。ただ生憎僕にはこの国のマークを気にした覚えがなくソウコウ様がそう言うからそうなんだろうなと思った。
「殿下お待たせいたしました」
「何そう待ってはいない……というよりもそれを気にするほどの暇が無かったというのが正しいな。父上は何と?」
「川岸の復旧を殿下の指示で早急に行うようにと。その間我々にはブリッヂスへ向かう様に指示を受けました」
手を合わせて頭を下げつつ言うカンカンさん。してやったりと思ってるんだろうな……まぁ殿下を連れて危険な旅程を行くのは辛いし当然と言えば当然か。もう少しコンビを組んで旅をしてみたかったけど仕方ない。
「書状は?」
「ここに」
横から覗かせて貰ったけど確かにソウビ王のサインが入った命令書で内容もそのままだ。ソウコウ様は苦虫を噛みつぶしたような顔をした後真顔になり
「確かに指示は受け取った。皆には苦労を掛けるが早速復旧に動いてもらいたい。カンカンと康久にはそれらが行き渡り作業が始まった後発つように」
「はっ!」
元気良く返事をしてカンカンさんは誰よりもキビキビ働き始める。それを見てソウコウ様の眉間に青筋が立ったのは言うまでも無く結局全てが素早く整い仕事が始まると夜にもならずに僕らは出発する。
「お待ちください!」
作業指示を終え皆が散り僕たちも馬車に改めて食料などを積み橋を渡るべく移動しようとした時、森の方から久々に聞く声が飛び込んで来た。僕が気付いてソウコウ様やカンカンさんが気付かない訳が無い二人の方が付き合いが長いんだから。
「ではこれにて」
「うむ気を付けてな覚えておけよ?」
物騒な言葉と眉間に青筋を立てつつ熱いあっつい握手を交わし投げ捨てる様に手を離した二人は知らん振りをして其々の任務に勤しもうとした。
「良かったです間に合って」
「な、何か御用で?」
カンカンさんはなるべく見ないようにしつつそれでも速度を落としながら馬車を進ませて問う。そてに対して満面の笑みで僕とカンカンさんを見やると、声の主は荷物を抱えて馬車の荷台に飛び移って来た。僕は怪我したら危ないと思い受け止めて座らせる。
「ありがとうございます康久殿」
「で、何の御用でしょうか?」
元気そうで何よりだし例の釈明の件でお礼を言いたかったんだけど間髪入れずカンカンさんが強めの声で問うも返事無しで僕を笑顔で見ている。
「おい華、この馬はどうするのだ?」
「兄上に差し上げます。馬が無いと大変でしょう?」
「華様、一体どのようなご用件でしょうか? 我々は急ぎブリッヂスへ向かわねばらぬ身。そしてブリッヂスでは恐らく危険な任務が待ち受けて居ましょう。ゴールド帯でも選ばれた者にしか出来ぬ仕事なのはお分りですかな?」
カンカンさんが精一杯気を使いつつビシッと華さんに帰るように言った。だけど華さんは着物の胸元から冒険者証を取り出して僕に笑顔のまま見せる。
「残念だなカンカン」
「ぐぬぬ……」
どうやら華さんは僕らと離れている間にゴールドへ昇格したらしい。となると僕はゴールドへの昇格試験中で華さんよりもランクが今は下。カンカンさんの言葉通りなら僕が帰らなきゃならないんだけど……。
「しかしそうなるとカンカンがここに残って指揮をした方が良いのではないか?」
「何故そうなるのです冗談ではありません危険な任務なのです」
「父とて危険な任務にあたっている。我らだけがぬくぬくとしていて父を超えるなど出来ないが」
「それはそれこれはこれです。父上から任に当たるよう指示されたのですから従って頂く。で、華様は誰の許可を得て同行を?」
「私はただブリッヂスへ観光に。父にも仕事らしい仕事を貰っていませんし”ゴールド帯になったのは目出度い。少しの間休んでから依頼に励め”という御言葉を頂いたのでそのようにしようかと。途中武者修行を兼ねて手合わせをして頂けるお相手が居れば良いのですが……」
芝居がかった感じで言う華さんとがっくり肩を落とすカンカンさんに恨めしそうな目で見るソウコウ様。三人其々違った面白い顔をしているので見ていて笑いそうになるのを堪えるのに必死だ。
「どうしますか兄弟子」
「俺に聞くな」
「……お前たち覚えておけよ?」
「え、僕は関係無くないっすか?」
橋の手前で恨みの籠った声と顔で見送るソウコウ様。僕は被害者であっても加害者ではないのだけど何やら連座させられているようだ哀しい。
「くっ……アーキは!? アーキはどうしたのです!?」
「アーキさんは獣族にお使いに出されています。やはり色々面倒になるのを想定して防衛ラインを強固にしないといけませんから」
華さんがそう答えるとまたがっくりするカンカンさん。いやぁ大変だなぁ他人事ながら貴人を警護しつつ戦地に向かうとは。カンカンさんが主人公レベルの被害にあっているのを見て内緒だけどホッとする。
僕だけが難題を押し付けられるなんて不条理だしね!
「何が可笑しい?」
「いえ、何でもないっす。はぁ~良い天気だこと……」
自然と顔が緩んでいたのか不意にこちらを向いたカンカンさんに凄まれてしまったので直ぐに視線を逸らし手でパタパタ仰ぐ。
「ここからブリッヂスまで凡そ三日の旅程ですね。私も少しばかり食料や水などを積んできましたのでお役に立ちそうですか?」
「それは……立ちますが」
「とても立ちますよ華さん何から何まで本当に有難うございます嬉しい」
「そんな……」
照れる華さんと恨めしそうに見るカンカンさんを尻目に僕は空へ満面の笑みを向ける。まぁでもこういうのんびりとした雰囲気も久し振りな気がするので少しくらいはバチは当たらないだろう。ここから先は異国。どんな試練が待ち受けているのかは分からないけど、華さんと兄弟子を護るべく全力を尽くすだけだ。
それから僕と華さんはお互いに離れている間の出来事を報告し合いつつ馬車は夜に合わせて停車し野宿をする。久し振りの再会に話が盛り上がるも寝る前に鍛錬だとキレ気味のカンカンさんに言われめちゃくちゃ叩き込まれて気を失い朝を迎える。やっぱ人の恨みは怖いわ……。
「もうこうなれば致し方なし! 同行するからには共に旅をするからには二人には私と同じ鍛錬をおこないこなしてもらう! 反論は許さん!」
朝からカンカンさんキレッキレやなぁと思いながら頷く。ていうか頷くより他無いキレてるし怖いし。荷台から下ろした道具箱から袋を六つ取り出しそれに土を詰めて近くの湧水で濡らした後、腕で上げ下げしたり足の先にくくり付けて上げ下げしたり筋トレを開始。きつ過ぎて胃液が逆流しそうになるも一時間ほど濃い鍛錬をした後今度はランニングを開始。
それが終われば組手を行い空を舞う。朝食を這いつくばりながら頂いてやっと出発。ただの地獄だこれは……カンカンさんは涼しい顔をしているけど僕も華さんもグロッキーで荷台に重なる様に倒れ込み馬車に揺られる。
一刻も早くブリッヂスに着かないと僕らの筋肉が破裂するかも知らん……。




