渦に飲まれる
「世界樹はエルフの独占になっている。但しそれはエルフが集った後の話らしい。お前はそれまで自分が普通に見えていた物を他人が勝手に塞いだとしたら楽しい気分になるか?」
「それを気に喰わない連中が囲いに穴を開けたとか?」
僕の問いにクニウスは答えない代わりにニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「人間が幅を利かせている国はこことあっち。それも竜の管轄内でな。竜が直接手を出せば目の敵にされる。エルフはそれはそれで厄介な存在、更に竜にとって計算外だったのは人間の町にダークエルフが居た。どう言う理屈か知らんが三竦み状態になるらしい。これを崩すのに人間は使える、というか人間がエルフやダークエルフに対して有効だから保護したとしたらどう思う?」
……どう思うも何もほぼ答えじゃないのかそれは。まぁコイツ自体は信用出来ないけど、この話の中には正しいと思えるものが混じっている。目的は何だ? 僕を誰にぶつけようとしている? コイツは竜神教の竜騎士団、言わば竜神教を護る為の存在の筆頭だと言っていたのに護る存在を否定するような発言。
「御前の目的も竜神教潰しか?」
「まさか。竜神教の教義なんかより大切な物なんて無いよなぁ?」
悪役ってこういう顔するんだなぁって顔で笑ってやがる。こいつはコイツの目的を果たす為に竜神教に居るのは間違い。ただそれが何なのかは分からないから知っていても何も出来ない。
その上僕に情報を提供し争いに巻き込んで利用しようとしているのがバレバレ。ミコトを攫わなかったのもエルフを偶然僕が助けたのも意味があった訳だ。やられっぱなしは辛いなぁいつかやり返したい。
「まぁ精々しっかり動いてくれよな。俺は御前からミコトを奪わなければ教団には帰れない。それまではずーっと付いて回るからよぉ」
「なら気持ちが悪いから目に見える範囲に居てくれよ。コソコソと自分の都合でいきなり来られる方が最悪だ」
「嫌だね俺はお前の悔しそうなツラや怒り憎しみを覗かせるツラが大好きだから。じゃあまたな」
楽しそうな笑顔をして湯船から出て行くクニウス。どうにかしてアイツの弱みを握りたいけどそれは不可能だ。恐らくそれは竜神教内部にある。どうあっても僕はこの国でのし上がりデラウンに帰らなければならない。
その為には分かっていたとしても流れに身を任せる他無い。いつか必ずやり返してやると考えながら全く気分良く浸かれなかった温泉を後にする。
翌日僕とパティアはお土産を買って宿を後にしてセイカンのギルドを訪れ帰る序に依頼が無いか見ていると、昨日ここへ送り届けた人たちがまたイリョウへ戻るから護衛を頼みたいと言われギルドを通して受けてイリョウへ帰る。
帰り道は何事も無く順調に進み、夕方にはイリョウへと戻れた。お店へ送り届けてサインを貰いイリョウのギルドへ提出して報酬を受け取る。依頼主は後でギルドに申し込んだ依頼料や手数料を収め、ギルドは冒険者に対し先払いするシステムもある。これに関しては依頼主の信用度などもあるので誰でも利用できる訳では無い。
「おう帰ったか」
直ぐにその足で診療所へ向かうと丁度入り口にマウロ先生が居た。どうやら今日の診療は御仕舞で最後の患者さんを見送ったところだったらしい。ミコトの様子を尋ねると変わらず寝ていると言う。まぁ疲れを解消するにはもう少し掛かるだろうと言う先生の見解だった。
「絶対では無いがな。お前さんもそうだろうがワシの埒外の物に関してそれが絶対とはならないので注意してくれよ? 分かるものなら当たりもしようが」
「……先生は魔法使いなんですか?」
僕はパティアに聞いた話を先生に尋ねてみる。その言葉を聞いて僕の隣に居たパティアを睨みつける先生。それを受けてパティアは目を逸らし口笛を吹いて誤魔化す。
「だからエルフは嫌いなんだ自分以外の話は何でもして良いと思っていやがる」
「それは先生の所為もあるでしょ? 私は先生より後に生まれた訳だしぃ」
青筋を立てる先生を見てパティアは僕の後ろに隠れる。
「忌々しい……ワシは治療に関して魔法や魔術は使用していない。エーテルも無いしな。まぁ簡単に治せるなら魔法や魔術と言われてもそうだろうが、残念な話お前さんの連れも他の患者も治ってない」
となると魔術粒子があるなら魔法や魔術は使える、魔法使いだと答えたようなものだ。僕は敢えてそれ以上それには突っ込まないでおこうと思って話題を変えようとしたけど
「先生の専門はやっぱり医療なんですか? 私それに興味があります」
と目を輝かせて僕の後ろから飛び出るパティア。当然のように先生に追い出され診療所の奥の居住スペースの居間に先生と二人で向かい合って座る。
「お前さんも大変だなあんなもんに引っ掛かって」
「本当にそれには困りました。本人は絶対まだ帰らないって言いますし」
「エルフの里を救うなど不可能なのにな。何千年と凝り固まった思想思考を柔軟にするなどどんな神様にも不可能だよ。例え神だと現れたとてそれを認めないしな」
「思想の偏りって怖いですねぇ」
「そらそうじゃよ。思考する生き物に正義も悪も無い。生きる為、生き残る為、自分が気持ち良くなる為の選択をしているに過ぎない。そこを忘れて誰かの為の正義だなどと掲げて悪を駆逐するとか言う奴は碌なもんじゃない。ゴブリンは生きる為に自分たちより弱い人間を襲うし、人間は生き残るために肉体的集団先頭に優れたゴブリンを倒す。それだけだ」
勿論女性たちのあの姿や死んだ男性たちの様を見て怒りに任せて戦ったけど、根底にはゴブリンに対する恐れからだ。明日は我が身って言葉があるけどそれをあの場で感じた。
「まぁエルフの里も持たないと言うのは同意じゃがな。結局鎖国だけして生き残れるほど良い環境では無いし、魔術粒子を枯渇させられたら世界樹すらお手上げ。ワシの嫌な予感が正しければ何れエルフは自滅する」
眉間に皺を寄せてそう言った後天を仰ぐマウロ先生。先生の仮説が正しければ、思想思考する人間種の激減によって願いや想いが減り且つエルフもそれをしなかったが故に魔術粒子の発生が不可能になった。
現実を生き抜くのすら辛い状況ではそうなるのも無理はない。更に今人が増えてもその祈りの対象は竜神教になっている。前に何かで読んだけど信仰されなくなった神様は消えてしまう人が祈ってこそ神様も存在出来るって。
世界樹と共に閉じたエルフは共に存在を忘れられ滅ぶ他無いのかもしれない。パティアはそれに一石を投じたいようだけど。
「何か一つ優秀な一族が残ったところで限界がある。皆が助け合って色んな知恵を出し合うからこそ盛況にもなろう発展もあろう。ワシは今ここに住んで共に歩んでそれを実感しておるよ」
先生はそう言って僕に微笑む。この町と共に歩んできた年数がその顔の皺になっているように見えて僕も自然と顔が綻んだ。
「そう言えば昨日は記念日だったと聞きましたが」
「そうだの。あれもお前さんの状況とよく似たもんだ。ワシ一人で出来るものなどたかが知れているがそれでも生き残る為に粉骨砕身した結果に過ぎない。寿命が縮む勢いで寝ずに頭を働かせ体を動かしたしワシも目立ったからな」
「魔法や魔術は一切使わずに?」
「お前さんのその力は何なのか教えてくれたら教えても良い」
僕は痛いところを突かれて天井を見上げて苦笑いをせざるを得なかった。先生になら話しても平気かなとも思うけどそれで巻き込んでしまっては申し訳無いから言わない。
それから暫くセイカンの話などをして過ごしていると奥さんとマリーさんもやって来てもう一度初めからセイカンの話と宿で買ったお土産を渡して楽しく過ごした。




