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異世界狩猟物語  作者: 田島久護
首都訪問編

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風を待つ者たち

「そうと分かったら秘蔵の酒でも振舞うしかあるまい……マリーグラスを持って来てくれ!」

「はいはい……」


 マリーさんは肩を竦めて溜息を吐いた後奥へと下がり先生は戸棚へ向かってグラスを四つ取り出した。個人的に楽しい出来事ではないのであまり嬉しくはないけど、先生たちが喜んで居るならそれに付き合おうと思おう。それほどの増悪がゴブリンには向けられる原因があったのだろうから。


その後夕食を奥さんと娘さんが運んで来てくれたので配膳を手伝おうとしたところ、先生から客は黙って畏まりつつ座るのが作法だと言われその通りにした。作ってくれた奥さんの置き方もあるだろうし改めて考えれば余計な仕事をするところだった。


四人で席に着き食事が出来るのを感謝し両手を合わせ祈りを捧げた後頂く。竜神教(ランシャラ)以外にも神様を拝んだりするんだろうか。この国では教会みたいなものは一切見かけなかった。恐らく竜神教(ランシャラ)の乱があって表立って活動し辛いんだろうと思う。


「さてさて君はもう少し私に付き合いなさい」


 奥さんとマリーさんは食事を片付けて洗い物をした後お風呂へと向かった。僕は先生に呼ばれて別の部屋でお酒に付き合う。


「改めて自己紹介をしよう。私の名前はマウロ・アーハディア。エルフの里に居た時は聖人マウロ等と言う御大層な名前で呼ばれていた。ミシュットガルドの弟子でもある」

「ミシュッドガルド?」


 聞いた覚えのない名前に首を傾げる。恐らく無い筈。


「……そうかなら良い。ワシはエルフの里では世界樹の具合を見る世界樹専門の医者をしていた。世界樹がある限りエルフは病には掛からない。あの娘も世界樹があるから外の世界でもまだ何の影響もなく動いて居られるが、そのうち難しくなるだろう」


 エルフの長寿は世界樹の側に居てこそって話なのかな。となると今この国でも殆ど見ないのはそれも原因なのかもしれない。


「どんな生き物にも終わりはある必ず。それを先延ばし出来ているのは世界樹の加護の御蔭だ。長く生きれば生きる程死を恐れ世界樹に頼り僅かな動きにも神託を感じる。ワシはその生き方に疑問を感じて里を出た。例え寿命が短く成ろうとも己の身一つで生きて見たかった」


 先生が里を出て耳を隠しながら暮らし始めて一年としない内に人間界で起こっている風邪から始まり様々な病が次から次に襲い掛かって来たと言う。死の淵を彷徨っていた時偶然ミシュッドガルドと名乗る老人と出会い一命を取り留めたらしい。


それからミシュッドガルドさんに色々なものを学んでいたけどある日”魔術粒子(エーテル)は尽きるし世界樹も滅ぶ。それを止める術は蘇らせる術は無いものか”と告げて去って行ったようだ。


「先生がそう言って居なくなった次の日、世界は大飢饉と疫病に見舞われ多くの動植物や恐竜それにモンスターも亡くなった。そこから更に生き残る為に互いが互いを食い合い始めると、ヒエラルキーの下に居る人間など一溜まりも無い。ワシはエルフの里に恥を忍んで戻り救援を人間の代表と共に頼みに行ったのだがけんもほろろに断られた。ワシは言ったんだこのままでは魔術粒子(エーテル)も失われるぞ、とな。ワシの仮説も加えて説得したが歯牙にもかけないで終わってしまった」


 それから世界は人にとって闇の時代を迎える。マウロ先生も諦めた時、何の気まぐれか隣の土地で竜が人の繁殖を助ける為守護すると宣言したと言う。それを境に他の生き物たちは人に手を出し辛くなった。特に隣の土地ではゴブリンが全て逃げ出したらしい。


僕はその話をとても興味深く聞いていた。この話竜神教(ランシャラ)の幹部ですら知らないんじゃないかなと思うくらい古い話だ。


「ワシはエルフに対し怒りと憎しみを抱いた。そして聖人と呼ばれる功績を残したのだからその代金として世界樹に大したダメージが出ない様、根の部分を少し貰ってこの町の地下に埋めた。今の首都が隣にあるのはイリョウの土や水が浄化されたのと合わせて龍脈も湧き出た結果だろう」


 世界樹凄い。根だけでそんな力があるなんて……。まぁだからこそパティアはエルフの里を教えないと言っていたのだろうし、人里や村長に近隣の町の人々もエルフの里を護るんだろうなぁ。分かってしまえば戦争になるだろうし。


「そう言えば先生、娘さんの耳は」

「分からん。医者のワシにもさっぱり分からんが娘の耳は普通の耳だ。性格や目鼻に知的欲求が高い部分喋り方も親子に間違いないのに。ただワシはそれが嬉しかった。これこそ自然に生きるというものだと娘を通して実感しておる」


 先生は顔を綻ばせ両手で祈る様にグラスを包むと味わう様にお酒を飲む。それだけでとても幸せなのが伝わってくる。


「先生はあの銀髪マウロとお知り合いなんですか?」


 聞くならこのタイミングが良いかもと思い尋ねると先生は苦い顔をしてグラスをテーブルに置いて溜息を天井へ向けて吐いて仰ぐ。


「あれはなぁ、人間の医術の師匠であるマドロック・キーファスの養子の子だ。師から離れてこのまちで医者をしている私を訪ねて弟子入りしていたのだよ。とある人物を直したいから医術を学びたいとね」

「とある人物って誰です?」


 僕がそれを問うと首を横に振った。どうやら先生も知らないようだ。それから熱心に医術を学んでいったけど、それがその人物の治療には役に立たないと嘆きこんなものでは人は救えないと先生と口論をした結果出て行ったと言う。


「あれが理想としていたのは今の技術と施設等の環境も整っていない状況では無理としか言いようがない治療だった。全てが整っていれば可能だが、そうでないならほぼ奇跡を頼る他無い。そうしっかりと言って聞かせたのだがな、受け入れる筈も無かった。アイツがここに来たというのならそれを叶えたのだろう何かを犠牲にしてな」


 犠牲……その言葉に嫌な予感がとてもする。月読命一派でも僕と同じ変身能力を身に付けていた。僕のはウルド様に貰った力だけど、銀髪マウロは違う。月読命は今は神様ではない。あの地下の秘密基地はこの世界の技術を凌駕していた。但し僕らの世界以上の物かどうかは分からない。


「まぁそれ以上は本人に聞くがいい。ワシにはそれ以上は分からん。それにあの寝ている娘は暫くすれば良くなる、そうお前が願えばそれで良い。理由は言わんでも良かろう? あの娘には誰かの願いよりも大事なものはないのだから」

「先生は何者なんですか?」


「ワシか? ワシはエルフの呪いから解き放たれて普通の死が訪れるただのジジイだよ。それ以上でもそれ以下でも最早無い。少し物知りなだけでな」


 僕も訳があって話せないので同じだからそう誤魔化したんだと分かる。これ以上尋ねても逆に質問されて答えを窮するだけなので止めておいた。


「これは酒に酔ったジジイの戯言だから聞き流せ。誰の思惑か知らんが世界は急に速度を速めた。魔術魔法を取り戻そうとしている奴らと人を操りたい人間が手を組んだのがその証拠だ。普通有り得ない協定が結ばれた、この流れは明らかに可笑しい。遠からずその反動が起こるから気を付けろ」


 そう言って先生はグラスを再度取ってお酒を注いで飲み干した後部屋を出る。僕もその後に続いて出た。その後開いている部屋を使って良いと言われたので有難く使わせてもらい眠りに就く。


――信号がとても弱いから苦労した――


――ウルドは何処へ?――


――すれ違いか……だが良い待っていてくれ――


――時機に風は吹く――


 夢って見る時は碌でも無いものしかないけど、今度のはただ一方的に頭の中に声が届いただけだった。知らない聞いた覚えもない声で内容もさっぱり分からない。風は毎日吹いている筈だけど……何が起ころうとしてるんだろうこれから。


僕は目を開けて天井を見る。あっという間に夜が明けた。体の疲れもお酒の残りも無いので自分の体の不思議さを改めて思う。特別な体に神様の代行者、そして星の意思。僕が引き籠って平和に過ごす時はまだまだ遠そうだなぁと思いながらベッドから体を起こして部屋を出る。

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