デラウンでの日々
沈黙が続いたの堪らず
「では失礼します!」
と言って席を立ち一礼して扉まで移動する。
「ではまた」
「そうじゃの。おい若いの!」
「はっ!」
「あまり生き急ぐなよ? ゆっくりしっかり行けば良い。そんなに急がなくとも年を取ればあの世の方から急いで近付いてくるでな!」
御爺さんはガハハと笑っていた。その言葉が何故か今の僕にはしっくりきて
「はい。ありがとうございます」
と初めて御爺さんに対して肩の力を抜いてお礼を言えた。
「ワシの根城じゃからまた会うし、機会があればワシの人生で得た経験と言う名の財産を分けてやろう」
御爺さんの笑顔に釣られて僕も笑顔になりもう一度礼をして部屋を出る。
「さ、粗方用事は済ませましたし、早速依頼をこなしましょう。お兄様の装備をどうにかしないと……その格好では顔は地味なのにこの星では浮きすぎて逆に目立ちますわ」
余計なお世話だと言いたいところだけど、実際そうなんだろう。僕は何も言わず下へと降りる。
「お話は済んだかしら?」
一階のカウンターへと向かうと、そこには見慣れた人がいた。
「ミレーユさん?」
「ええ少し振りね。色々暴れたみたいだけど」
ミレーユさんが後ろを見るので僕たちも見る。するとギルドの外に人だかりが出来ていたし、天井の穴の開いたところをトンカンしてる音がしたので見ると、僕たちが叩き潰した人達が天井に入って直しているのが穴から見えた。
「す、すいませんつい」
「仕方ありませんわ。喧嘩を売られたら買わなければこの時代この国では下に見られて厄介事を押し付けられかねませんもの」
手を御腹の真ん中辺りで組みながら、ニヤリと笑う妹。
「ギルド長から御言葉があったと思うけど、あまり騒動を起こさないようにね。元々気の荒い人ばかりだから早々問題にはならないけど」
それからミレーユさんはラティにもギルドカードを渡し、早速依頼を幾つか紹介してくれた。
「最初はこんな小さな物からですの?」
「それはそうでしょう。貴方たちは実際の強さはどうあれ、この町でも国でも実績ゼロの大型新人なんだから。先ずは貴女が言ったように名声を稼ぎなさい」
フン、と鼻を鳴らし乱暴に紙を引っ手繰って出て行くラティ。僕は苦笑いするミレーユさんに一礼して後を追う。
「お兄様、サクサク行きますわよ……こんなところでぐずぐずしてられませんもの」
凄みを利かせるラティ。燃えてるなぁと思いながら苦笑いしつつうなづく。
「おりゃああああ!」
御淑やかを演じつつも根が凶暴な愛妹ことラティは、依頼をバンバンこなすべく疾走する。最初は迷子のペットを探し、次は子供の面倒を二時間みてその後は草刈り。夕方になると近所の鉱山に手伝いに行き鉱石を掘り、夜は搬入品の仕分けをして一日を終えた。
「……行きますわよ」
「そうね」
異世界生活に対する僕のイメージとは少し違い、元の世界のアルバイトみたいな日々が続く。ラティも最初こそ気合を入れていたけど、一月も経つと大分大人しくなる。御淑やかに粛々と仕事をこなして行く。迷子のペットは直ぐに当たりをつけて見つけ出し、子供たちをあやすのも得意。
「皆、外へ出て!」
鉱山ではたまに発生するガスをいち早く感知し、皆を避難させて大事故を防いだりもしていた。搬入品の仕分けでも偽物を弾いたりして担当さんが大喜びで報酬を上乗せしてくれたりもした。僕はただラティの補佐をしてるだけ。異世界に着ても無職である。
「……こんなしてる場合じゃありませんわよ……」
二月が過ぎたある日の朝。朝食をギルドカウンターで取っていると、ラティがボソッと言った。僕は近くにあった暖かいミルクをラティに渡すと、それを引っつかんで一気に飲み干した。
「ちょっとミレーユさん! お話がありますの!」
「何かしら」
目の前に居るんだから大声で言わんでも良いのに、がなりながら言うラティ。
「そろそろモンスター退治の依頼をくださいません? 私たちは雑用をする為にここに着たんじゃないんですのよ!?」
フラストレーションが溜まってたのか。僕なんか疲れすぎて帰ってきて寝て起きて仕事でってサイクルになってるからストレスも何も無かった。生まれて初めて生きてる気がした可能性があるレベルで充実してたかもしれない。働くのも慣れるまで大変だけど、慣れたら悪くないかもしれないと思い始めていた。
まぁ嫌でも逃げようがないし、元の引き籠もり部屋にも帰れないからそうならざるを得なかっただけっていうのもあるけどね。
「そうしたいのは山々なんだけど……」
ミレーユさんの歯切れが悪いし苦笑いをしている。やっぱまだ僕たちには無理なんだろうか。
「まーだ私たちの功績が認められないって言うんですの!?」
カウンターをぺちぺち叩くラティ。ひょっとすると力の加減をするのが大変なのかも、とか思ってしまった。実のところ僕は最初の頃、この世界に来て能力が上がってるのを忘れて仕事中物を壊したり何回かしてしまった。お給金から引いてもらって収めてもらったけど、ラティはそう言うの無かったし。
「逆なのよね……貴方たち一生懸命しっかり愚直にやりすぎたのよ……」
「はぁ!?」
ラティ目を丸くし口を大きく開けて絶叫する。確かに言いたいのは分かるわ。どういう話なんだろう。
「要するに、貴方たちに関してはその仕事振りが人気で、その……依頼主から固定で依頼が来てるのよ。ここで問題を起こしたって聞いてたのに全然違うって。それでその……前にこれらの案件を受けてた冒険者たちが……」
あぁ……と言いながら額に手の甲を当てよろめくラティ。どんだけここは魔境だったのか……。
「えーっと僕は違いますよね? ラティが一生懸命やっててくれたの補助しただけだし失敗も多かったし」
「貴方達二人なのよ。貴方は文句も言わず黙々と彼女の補佐をして失敗しても素直に申告し賠償を申し出るし、見た目と全然違うって」
うーんよく分からないやはりここは魔境だったらしい。そんな行動で高評価とか異世界に来ると戦闘だけじゃなくこういう基準もまるで違うんだなぁ。
「何をお兄様は自分一人だけ抜けようとしてますの!?」
目を見開いて顔を近付けられて凄まれる。
「いや僕は元の世界じゃ無職の引き籠もりだったしさ、そんな高評価される仕事した覚えが無いし。何より心の中では最初愚痴ってたんだからさ」
「それは私も同じですわ! 現にこうして怒りを露にしていますもの!」
ラティの方がより素直なのかもしれないなぁと思う。僕は昔から何考えているか分からないって言われてきたし。
「何にしても相手のある仕事で二人は高評価を得て人気が出てきてるのよ。モンスター退治よりもこっちの依頼を先にって」
「……私たちの使命はどうなりますの……?」
わざとらしくすすり泣く。苦笑いする僕とミレーユさん。
「お兄様、後で殴ります」
カウンターに突っ伏して泣きつつ、僕をチラリと見てそう吐き捨てるとまた泣き始める。
「ミ、ミレーユさん……」
「分かったわ。仕方ないから依頼は探すけど、基本はいつもの仕事を請けて頂戴ね。ずっとじゃないものもあるし、御給金も上乗せするから」
「仕方ないってなんですの!? でもやりましたわねお兄様!」
この妹、現金である。出来ればその勢いで僕を殴らないで欲しい。




