静かな夜
部屋はうちは居間とキッチン、それに浴室と物置以外は三つありそのうち一つを華さんに貸す。僕は防犯の為にソファに寝ている。二人には寝心地が良いからソファにと言ってあるけど、今一つは荷物とか道具の物置からあぶれた分を置いてあるし残り一つは僕の荷物なんてほぼ無いので空だったのもあるのでそうした。
ちなみにお風呂については風呂釜に薪を外から入れて燃やした熱で温めるタイプのものだ。武器があるので鉄もありお風呂に入る習慣があったのでこの点も発展してて良かった。特にカイテンでは王様がお風呂が好きで温泉に足しげく通っているほどだ。
それに近い物を家庭でもという思いから開発に税金を投入し風呂釜が誕生した。というかシルバー帯の最高位でこんな一軒家が頂けるなんてゴールド帯まで上がったらどうなってしまうのだろうか。薪を並べて火を点け、筒で息を吹きかけながら特典について考えているとあっという間に時間が過ぎて行った。
「お湯沸いたんで二人ともお風呂どうぞ」
お湯加減バッチリになったので居間で楽しそうに御喋りをしている二人に声を掛ける。華さんは居候だから自分がやると言ってくれたけど方法が分からないようだったし、僕は前の世界で御爺ちゃん御婆ちゃんと田舎の方に住んでいて薪風呂だったから慣れてるから僕の仕事って話をして座っててもらった。
二十四時間沸かしっぱなしな現代とは違い、お風呂が冷めるともう一度沸かし直すのに労力が要る。ただ女性陣の後のお湯にそのまま入るのはちょっと気が引けるので一旦水を別の場所に移して水撒きなどに使う。
僕は彼女たちが入っている間に新しい水を汲みに例の洗濯場へと行く。水は雨を貯めた物と近くの湖の物、そして地下水と簡単ながらろ過して溜めてある場所から出てくる仕組みになっていた。
「こんばんわ」
水汲みは一回で終わる様に荷車に乗せて持っていく。それでも時間が少し掛かるので順番待ちになる場合もあった。今日はあまり人が居なかったのでノンビリ大きな桶に居れていると声が掛かる。振り返るとそこには以前ここであった少年が居た。
「こんばんわ。ちょっと待っててくださいね」
「あ、大丈夫ですよ急がないので。それよりお客さんですか?」
僕は笑顔で返す。あまり知らない人に何でも喋ったところで良い話にはならないのを大した人生経験はないけど知っている。以前虐めがあった時知らない教師に話を振られてつい口から出てしまったのを思い出す。あれも酷い物だった。結局その子は転校させられたし僕も標的になったけど丁度クラス替えでその連中とは離れたから軽くで済んだという懐かしい話。
「この間は失礼な話をしてすみませんでした。貴方があの康久さんだとは知らなくて」
「とんでもない事情が知れて助かりましたよ」
”あの”かぁ。もうすっかり有名人だ。そろそろ二番手三番手が出て来て僕の話題は古くなっても良いと思うんだけどまだその時期ではないらしい。
「何でも今度は町の依頼で間伐に行かれるとか」
有名人になると情報は筒抜けになるらしい。まさか地味な自分が有名税を取られるとは思いもしなかった。デラウンでも注目はされた覚えがあるけどラティとか師匠とかチーさんが何とかしてくれてたのだろうか。
「あそこの木は上質で御風呂の素材にも使われていて、これまでは需要よりも供給が勝ってたので放置されたのも荒れた原因の一つだと思います。ここのところ木材の発注が多いって聞きましたから需要が出て来たのかもしれません」
「そうなんですね! 情報有難うございます」
良い情報を頂いたと思ってつい笑顔でお礼を言ってしまう。それを見て少年は目を丸くした後笑ったので僕も釣られて笑う。
「康久さんは純粋なんですね」
「……引っ掛かり易いのかもしれません」
一頻り笑った後そう言われて溜息交じりに応える。明らかに分かり易い引っ掛けだ。まぁ情報を得れただけでも良かったけど、それも正しいとは限らない。これも引っ掛けかもしれない。
「まだこう言う話には慣れてないのかもしれませんが、知っておくと依頼で物を得た際に自分にとって損なく取引が出来ます。危険を冒して手に入れた物になるでしょうから知っておいた方が良いと思いますそう言う情報。ちなみにこれは正しい情報ですが、気になったら是非ダンデムさんに聞いてみると良いですよ?」
「そうします……改めて自己紹介を。僕は野上康久って言います宜しく」
「私はマリオン、マリオン・マティスと申します。主は残念ながら言えませんが近くで奉公しています。以後お見知りおきを」
握手を交わした際華奢な手だけど今まで懸命に奉公して来たであろう証が感じ取れる手をしていた。荒れが治る間もなく仕事をしつつも見っとも無くない様ケアもしている。彼を雇っている人はかなり上の位の人だろうなぁと思う。服装も過度ではないけど清潔でしっかりした感じだし。
それから水が汲み終わり彼に交代した後も彼が水汲みを終わるまで普通の雑談をしてその後別れた。家に着くと二人は御風呂から上がってゆっくりとしてた。二人とも浴衣のようなものを着ていたので不思議に思って見ていると、華さんが伏し目がちに聞かれた。
「似合いませんか……」
「いや似合ってるようん。これはミコトの?」
「そうですよ。一部サイズが違うので窮屈かもしれませんが」
ミコトがニヤニヤしながら言うと華さんは顔を赤くしミコトの肩を軽く叩く。僕は敢えて聞かなかった振りをしていると、ミコトが力こぶを作ったのを見てイラッとした。それならそれと言えば良いのに意地の悪い、と思ったのを見透かされて何処だと思ったんですか? と聞かれてそれからキャーキャー始まる。
暫くして飽きたのか就寝するというので僕は御風呂を再度沸かす準備に入る。華さんが水を他へ移してくれたらしく、力仕事が出来る人間が居て良かったと言うミコトに対して華さんは少しだけ抗議をしたのが微笑ましかった。
夜空を見上げながらお湯を沸かす。静かな夜にこうしていると元の世界を思い出す。御婆ちゃんは元気だろうかそもそもなんで僕はここに居るんだろうか、元の世界に帰るのかそうでもないのか。答えの無い問いを空に向けて投げつつお湯が沸くまで過ごす。




