イスルの町への帰還
「報告書とか色々見たけど流石にひと月近くもあそこに居ただけあったと言うか運が良いと言うか」
リュウリン女史はそう言いながら溜息を吐きつつ報告書であろうものをひらひらさせる。まぁ師匠の弟子になれたのがそもそも運が良かった。この世界に来て一番チートを感じるとしたら今はそれだ。その御蔭で色々厚遇して頂いてる気がしてならない。
「それは報告書ですか?」
「意見書だって。貴方たちに関する」
曰く僕ら二人には通常の人間族にはない協調性の高さがあり分け隔てなくこちらも接しられるので、以降不可侵領域の調査に関しては考慮されたしと言う意見書だったようだ。協調性の高さという僕とはかけ離れた異次元の言葉を当てられて若干眩暈がしてミコトに心配されてしまう。
「こう書かれたら考慮せざるを得ないわ。何しろ彼らは気難しい上に嘘が通じない相手だからね」
「匂いで分かるとかでしょうか」
「その通りよ。私たちよりも進化前の能力を多く受け継いでいるから能力が高いの。ただそれ故に文明に対する受け入れと言うかそういうのが苦手で中々町には降りてこない。私の研究分野でもあるから調べているけど、都会に居る獣族と現地に居る獣族では少し状態が違ったりする。人間族でも不可侵領域の奥に居る人たちと私たちでは違うしね」
猿から人間に進化したように、獣族も其々の種からゆっくりと進化しているようだ。そのうち皆同じ形態になるのかと尋ねると興味深いけど私たちが生きている間に結論に辿り着けはしないわねと言われ余計興味がそそられてしまった。
「何にしてもここまで気に入られた人間は居なかったわ。他の人に行ってもらうとしたらやっぱり獣族出身の人とかがメインになったけどそれでも里を出た者として中々上手く行ってなかったし」
ややこしい問題が山積しているようだけど、クレモナさんはゴールド帯で国軍にも協力しているみたいだし徐々に変わっては来ているようだとは思うんだけど。
「クレモナ隊長はそれこそ私たちに協力的だし国にもそう。獣族としてこの国に住む人間として国に協力して自分たちの部族の地位を上げるべく奮闘してらっしゃるわ。ただ中には国に集るだけ集って協力するどころか内通するような連中も居るから辛いお立場でもあるみたいだけどね」
何処の国にもそういう人らって居るんだな……。今住んで世話になってる国を自分が思う通りにならないからって自分におべっか使ったりそそのかす人間に耳を貸して貶める行動をするとかいう集団が。そんなものに協力したところで最後は纏めて始末されるのは中国の歴史に良くある話だ。
戦略や戦術の重要性やその後の処理など戦乱が多かった中国関連の書物には有用なものが多い。それを知れば身を護れるチャンスが増えるし、人間は多かれ少なかれ昔から同じような行動を取っているから歴史から学ぶものはとても多い。そして彼らの凄さはやはりその歴史と危機感そして懐柔と冷徹な処理の積み重ねにあるとお爺ちゃんが力説していたのを思い出す。
「貴方そう言うのに興味あるの?」
「興味があるかないかと言われれば興味があります。ワクワクしますよね彼らが文明に触れて色々変わっていくとその先にどんな変化があるのか。人間族だって昔とは姿かたちも多少違うでしょうし、向こうで聞いた話だと竜に守られて人間はギリギリ残ったって話だから住んでたところというか発祥の地みたいなのが何処なのかとか……」
僕が考えつつ視線を泳がせながら喋っていてハッとなり視線を戻すと、リュウリン女史が身を乗り出して来ていて驚き椅子ごと倒れる。そしてそこからリュウリン女史の講座が始まった。
このカイテンでは首都コウテンゲンがこの国の始まりの地、そして不可侵領域こそ人の発祥の地であるというのが定説になっている。カイビャクの民や獣族などもその地から巣立っていった者たちで国が立ち人口が増えるに従って互いの接触が増え争いが生まれた。
更にその匂いを嗅ぎつけて原生林から恐竜まで出て来てしまい阿鼻叫喚となる。一時期不可侵領域は恐竜たちの住処になっていて、その後このままでは全ての種が絶滅してしまうと考え同盟を結び取り返して今の領地配分になったようだ。
これにも納得していない人たちも其々に居て中々不安定な状態であるようだ。まぁ意思が多くある以上自らの得や楽を求めて争うのは性と言うものなのかもしれない。
「この間五百年程度だからあんまり安定したとも言えないのよね。未だに小競り合いをしてたりさっき言ったみたいな連中も居るし何より五年前に起きた竜神教の乱もあった。革新には程遠いわね。でもまぁ上手くバランスを取って何とかなってるのが現状よ。生物たちの間でも勿論そう言う現象は起きているし、絶滅した種も居るわ」
やっぱそうだよなぁ弱肉強食だし進化が遅れて付いて行けなければ淘汰されてしまうのが自然なんだろう。
「そう考えると私たちは大分あの方たちに認められたんですね」
「凄いわよホントに。うちの王様なら納得行くんだけどね。あの人の人好きは種族関係ないからね。向こうが仲良くするから許してほしいと言うまで膝を突き合わせようとするくらいだし」
「カイテンの王様……冒険者から王になったと聞いていますが」
「そうよ元々は貧乏で母親と二人暮らし。そこから生計を立てつつ名を上げて今やこの国の王様になった人。私があった時はもう王様に王手を欠けていたら伝説でしかしらないけど、物語っぽい話ばかりで本人も冗談だよ、とか言ってたわ。でもそれが事実かもと思わせるレベルの強さを持った人よカイテン王ソウビ様は」
伝説と言うのは船を漕いでその時は交流の無かった別の大陸に辿り着いたとか、その時大陸を震撼させていた黒き竜を一人で倒したとか原生林の奥地で七色に輝く宝玉を見つけたとか、子供が読んだから喜びそうな話が次々と出て来た。
シルバーランクの上位とは言え王様に気軽に会えるもんじゃないだろうけど、一度お目にかかってみたいなぁ。自力で駆け上がり王様にまでなった冒険者。何処に居てもそういう人は憧れの的だろうし、この国が結束が固いのも這い上がった人ならではの施策があったからだろうとも思う。
移民者たちにも支持され王様が居る限り国は滅びないし揺るがないと皆信じているようだ。例の竜神教の乱も内通者などが多く居たけど宗教と王様の間で揺れていた者も多かった為に、国が崩れるまでは行かなかったという。
「私たちが目にした真実はその統率力とリカバリー力、時には単騎で躍り出る勇猛果敢さ何より勝ちを疑わず積み重ねる誠実さ。ああいう人の後を継ぐのは辛いなと思うレベルの人よ。機会があれば会ってみると良いわ為になるわよ?」
そんな気軽に会えるなら会いたいけどまだ難しいだろうなぁと思いつつそうですねと同意し、その後一息吐いてひと月分の成果の報酬を受け取り僕らは宿に帰ろうとする。
「あ、そうだ宿はもう使えないわよ?」
「ああ!?」
そう言えば出て行けと言われて何もしていないのを思い出す。住む場所とか何も考えていない……。
「明らかに考えてなかったって顔ね……取り合えず依頼はバッチリ過ぎるほどの成果を出したし、屯所に行ってデラックに相談してきたら? 何処に住むにも上に相談した方が早いだろうし何より貴方たちは他の人と違ってその上と友人になってるんだから」
そう言われて僕は急いで立ち上がり一礼してギルドを出た。暫くしてミコトが居ないのに気付いて戻り、ミコトを抱えて急いで屯所に向かう。と言うかもう陽が沈み始めてるんだけどどうすれば良いんだろうかデラックさんは屯所に居るかな。
「す、すいませんデラック総隊長は」
屯所に着き門兵さんにそう告げると笑顔で中に案内される。どうやらデラックさんはまだ屯所に居てくれたようで、少し待つように言われて応接室で待つ。
「こ、こんにちわー」
暫く待っていると、見覚えの無いスーツを着たオールバックに口髭顎髭を生やしたおじさんが入ってきた。
「こ、こんにちは。ここは応接室でデラック総隊長のお部屋ではありませんが」
「あ、良いんですよそれで。私も用があって少しここにいようかと……貴方は康久殿でいらっしゃいますか?」
「あ、はい。こちらは僕の相棒でミコト言います。貴方は」
「これはこれは御丁寧にどうもどうも。お二人の活躍は聞き及んでおりますよ? いやねぇ私も久し振りに面白い話を人伝に聞いていつかお会いしたいと思っていたものですがまさか今日お会い出来るとは」
めっちゃ笑顔の圧が凄い。力強く僕とミコト其々の手を握った後向かいのソファに腰掛けてそう言われる。そんなに僕ら面白い話があったのかな……特に無いような気もするけど。ほぼ失敗と叱責とがメインで。




