武術会予選
「それまで!」
辺りに居た人たちを粗方吹き飛ばし終えたところで前の方にある台の上から兵士の人が叫んだ。コロッセオの中をぐるりと見渡すと、数えるほどしか残っていない。そして特徴的なのはその周りだ。僕の周囲は人が居ない。他の人たちの周りはその個性を表すかのような場になっている。
さっきの金色のロングソードを持った人物の周りにも人は居ない。しかし僕は離れたところでノビている人ばかりだけど、彼の場合は降参して壁に体を預けたり地面に座り込んでいる人が多い。それを見ただけでも僕よりも”出来る人物”だと分かった。
また僕らとは逆に辺りを血の海にしている人物もいた。悪逆非道が顔に出ているような人物で顔も体も傷だらけ。白髪白髭鎧も軽鎧を更に少なくした範囲の守りしかないものを着ている。ニチャァッと笑いながら僕らを見回しているのを見て呆れて溜息が出てしまう。
チーさんの身内の人は素早い身のこなしで最低限の戦いの身をして余裕の表情だ。それ以外に気になったのは全身を灰色のローブで覆っている人物。彼の周りは怪我をした人が多く居た。ただ命までは取らない……と言うか取れないからそうしているだけの気もする。
「残った十人で決勝トーナメントを行い優勝者を決めていきます! 対戦相手はこちらで決めてさせて頂きますので少々控室でお待ちください!」
そう言われて一旦係員に誘導されコロッセオの外のテントへと移動する。あの中を整えるのは大変だろうなぁと思いつつ用意された椅子に腰かけ一息吐いていると先の方のコロッセオの入り口付近でミコトがキョロキョロしているのが見えた。
立ち上がって迎えに行こうとするとミコトに金色のロングソードの人が駆け寄り笑顔で声を掛けた。ミコトはお辞儀をした後挨拶をすると、彼も同じように挨拶をした。その後彼は僕に視線を向け指さす。それを見てミコトは礼を言う為にもう一度お辞儀をした後こちらに駆け寄ってくる。
「お疲れ様です」
「ミコトは見てて怖くなかった?」
そう尋ねるとくすくすと口に手を当てて笑い始める。あんな血みどろを見たら誰でも愉快じゃないと思うんだけどなぁ。
「失礼しました。ですけどお気遣い無用です。血に慣れている、は可笑しいですけどそう驚くものではありませんから。怖いのも好きではないですけど嫌いでもないです」
笑顔でそう言うミコトを見て女性の方が男よりも精神的に耐性があるものが多いんだろうなぁと思う。出産とか男には耐えられない激痛も耐えられるんだからやはり女性は凄いなと感じる。聞いた話だけど自分の母親も出産して一週間も経たないうちに仕事に戻ったらしい。……何の仕事だっけ。
「そう言えばあの金色のロングソードの人とは知り合い?」
「うーん知り合いじゃないと思うんですけど……」
顎に手を当て眉間に皺を寄せつつ目を閉じ唸るミコト。知り合いだとするなら範囲は限られているから警戒せざるを得ないな……。まだ少ししか時間が経っていないから月読命一派は立て直せてすらいないのは間違いない。その上あのマグマによってミコト消失となればその衝撃は更に立ち直りを遅くしているだろう。
となると独断でミコトを追っているのかもしれない。入口の人混みの中でミコトだけに声を掛けて去ったのがやはり気になる。是が非でも負ける訳にはいかなくなりそうだ。女神様が身を挺して月読命の野望を一旦潰したのに復活させるなんて絶対にダメだ。
「それより大会の決勝トーナメント気を付けてくださいね。どうも血生臭い方が多いようですから」
「だよねぇ残虐なのが好きそう」
「私の見立てですがなりふり構わないと言うのはとても強いと思います。得てして形や倫理に捉われがちですが彼らは生き残ればそれでいい。どんな手でも使ってきます用心してください」
真剣な顔で言うミコトに笑顔で頷き返すとミコトも微笑む。確かにあの様子なら自分が不利になれば土下座くらいして注意を逸らしてその隙を狙ってくるぐらいはしてくるだろう。真っ直ぐ来る相手なんてもう残っていないだろうし師匠の二つ名じゃないけど一撃で仕留められるように一瞬の隙をも見逃さないようにしなきゃ。
「セコンドがありならミコトについててもらうんだけどなぁ。中々良いアドバイスありがとうね。何とか優勝を勝ち取るよ」
「げへへへぇそりゃすげぇな兄ちゃん!」
僕たちのテントの前に現れたのは例の白髪白髭の人物だ。傷が無いのが目と頭くらいのものでそれ以外は大小切り傷が体を覆っている。肩当を固定する為のベルトなのか鎧なのか分からない帯に膝あてに脛あてそして靴。背中にはさっきは無かった斧を背負っていた。
「こんにちは。貴方も当然そのつもりですよね」
と笑顔で問うとまたニチャァッと笑って去っていく。直接対峙してみないと分からなかったけどあの人はヤバいな……。ただ残忍で獰猛なのかと思いきやその眼の奥は冷徹で相手の息の根を止める時以外は光らないのではと感じる。あの巨体でこれまで恐竜とかを単身で相手にしていたのかもしれない。
「あのおっちゃん強いから気を付けた方が良いよ」
次にうちにやってきたのはチーさんの身内の人だ。手には何か飲み物を持っていてそれを呑みつつ僕たちの方に歩いてきた。
「初めまして僕の名前はアーキ=ラクト。ラクト一族の者の一人でチー姉さんの身内」
「僕の名前は野上康久。こちらはミコト。僕らは今この辺りを旅してるんだ」
手を差し出しアーキと握手しミコトもお辞儀をした後握手を交わした。
「それにしてもまさかこんな所でチー姉さんの知り合いに会えるとはねぇ。最近どこで何してるのか全く分からないけど」
「ラクト一族ってこの辺りが多いんですか?」
「うーん性格にはもっと森とか山を抜けて更に平原を行った辺りに大きな集落があるよ。山火事が起こって今大変だけどね」
そう言われてミコトと僕は見合った後苦笑いで返す。あれを言う訳にもいかないし対応に困る。




