近くの村で雨宿り
変身したまま走っているからかなり速度は出ていたので直ぐに森を抜けて草原へと出た。それとタイミングを同じくして空から大粒の雨が降り注いでくる。走りつつ見上げているとバッという音と共に視線の先に赤い番傘が開く。どこから出したのか分からないけどミコトに視線を向けると気分良さそうに座っている。変身して肩幅広くなってるから座りやすいだろうなぁ。
更に草原を疾走すると村のようなものが見えて来た。この辺りはそんなに危険が無いのか兵も低く家の方が背が高く見える。一旦ミコトを下ろして変身を解く。死んだりはしないもののかなりの衝撃と消耗が襲って来て膝を着く。その間ミコトが番傘を持って僕の近くに居てくれたので雨が少し当たるくらいで済んだ。
何とか歩くくらい出来るようになった後、僕たちは村に入る。雨が降っているからなのか閑散としていた。村の中を歩いていると並ぶ家などには灯りが漏れていたので居るには居るようだ。やがて軒先にランタンのようなものを吊るしている場所が見え中を覗こうとすると暖簾をくぐって人が出て来た。
年の頃は五十くらいでワイシャツにエプロンそして袴のようなものを履いて居る体格の良いおじさんだ。僕らを上から下へジロリと見た後何か用かと尋ねて来た。僕らは宿を探していると言うと客は珍しかったのか目を丸くして驚かれ歓迎された。但し前払いだというので僕は急ぎポケットを探ると、恐らくラティがこっそり入れてくれていたであろう金貨一枚と銀貨数枚が入っている小さな袋が出て来た。
それを見て色々思い出すと熱いものが胸に来る。視線に気付きハッとなり、銀貨を数枚渡すとおじさんは好きなだけ居ても良いし御飯も三食出すと言ってくれた。この辺りの貨幣価値が分からないけどどうやら奮発したようだ。ミコトは僕の顔を見てくすくすと笑う。こういうところは子供っぽいよなぁと思いつつ部屋へ案内される。
デラウンの冒険者ギルドの部屋よりもボロいものの何とか夜露は凌げそうだ。トイレやお風呂も案内されたけどこのおじさんは見た目とは違いこまめで建物はボロくても清掃とかしっかりされていて感心してしまった。
「取り合えず僕はデラウンに戻らないといけない」
「それで良いです。目的はそこですし」
「邪悪な教団って竜神教」
「ですね。あれは元の形から今は歪になったもの。当初の理念とかけ離れているのは貴方が一番ご存じでは?」
冷静に語り掛けるミコトに対し僕は素直に頷きそうになって思い留まる。確かに僕が知った竜神教は宗教以外に兵器開発に乗り出していてさらにカーマを見る限り変な動きをしているのは間違いない。その上月読命たちとの繋がりもあり師匠を疎ましく思っていてラティも連れ去った。僕としてはそれだけでも戦う理由としては十分だ。
だけど人が信じるものをそう簡単に邪悪だと決めつけて潰すのは自由の侵害だとも思う。良く知らなければならない。それから潰すのでも遅くは無い筈だ。
「お優しいのですね貴方は。普通ならそれだけでも十分なのに」
仕方ない子ねと言いたそうな苦笑をしつつそういうミコト。勿論師匠に何かしたりラティに何かあればこの限りじゃない。人の信じる自由を侵害しない代わりにこちらも侵害されない。その対等が無ければ一方的な押し付けであり侵略だ。相手の自由も自分の自由も尊重してこそ成り立つ。でなければ滅ぼされても文句は言えないし、消えてゆくべきものだろうと思う。
「分かりました。私も神になった以上時間はありますし気が済むまで納得が行くまでお付き合いします」
「その神になったと言うのは一体……」
「言葉通りです。元々月読命は私をウルド様に対抗しうる神にしようとして儀式を行い続けていたようですが、その対する存在であるウルド様を月読命が結果的に殺してしまいましたから当然ながら空いた席に座らざるを得ない。よって今はウルド様の代わりにこの星の神となりました」
簡単に言うと月読命は下手こいたって話か。女神様と対抗出来る存在を育てていたら女神様倒しちゃってその後釜に自分が丹精込めて作り上げた神様が座った、と。でウルド様の立場で言えばこの世界を崩壊させようとする月読命は倒すべき敵だった訳。となると自然と後釜になった女神様も同じ結論に至る。
「私としては育てのお母様に対し憎しみはあまりありませんが、育てて貰った恩は立派に役目を果たしてお返ししようかと……」
あまり、って……少しはあるんだなぁ。女性の敵は女性というのはよく聞くけどまさか目の前で見るとは思わなかった。僕はそれに対し沈黙で答える。巻き込まれたくない月読命も妖怪みたいで最後見た時怖かったし。
「と、取り合えずデラウンに帰ろう。ここがどの位置だか分かる?」
「そうですね全く見当が付きません。デラウンも場所が私には分かりません。何せあの洞窟から出るのは初めてなので」
「千里眼とかそういうの無いの?」
「あっても今は使えませんよ。それで足が付くから」
当たり前の話をされて自分が焦っているなぁと思う。安全圏があるか分からないけど現状僕たちは追われる身。向こうも色々ありすぎて追ってる暇がないから大々的に追わないだけで、目立つ行為をすれば血眼で追ってくる。特に月読命はミコトが無事であり且つ神になったと知れば何を仕出かすか分からない。
細心の注意を払いつつカイビャクを目指さないと。僕は再度気を引き締める為深呼吸を一つ。
「ならこの周辺について調べて先ずは資金を得たりしつつ移動しよう。何が起こるか分からないから貯えをしていかないと危ない」
「私の目に狂いはないようです。貴方のような堅実な方なら何とか役目を果たせそう」
ホッとしたのかミコトも一息吐いて胸を撫で下ろす。予期せずして新しい相棒が出来て寂しさは薄まった。頑張っていこうと言って右手を差し出すと、ミコトも頑張りましょうと言って握手をしてくれる。大変なのは変わらずだけど最後は良い結末を迎えられるように頑張るしかない。




