カーマとアルタその二
「何があったのです?」
閣下言い淀む。終始強気の閣下がそうなるってまさかカーマはとんでもない組織と繋がってるのか。斬久郎さんは閣下との付き合いも長いから更に驚きを隠せず唾をごくりと飲み込む。
「竜騎士団だ」
斬久郎さんはその言葉を聞いて目を見開き口を開けて驚愕する。そりゃそうだよなぁ……竜騎士団と竜神教の詳しい話を聞いたのは斬久郎さんからだ。それも竜騎士団はゴールド帯ですら敵うか分からないと言っていた。クアッドベルの強気は閣下と結んでいるからではなく竜騎士団がバックについているからだったからか。
「それ以上は私たちには何も言えませんでした。これまでカーマの警護をしていたのは竜神教からの指示もありました。それが最近は外される場合も多くて」
「我々が幾ら屈強で潤沢で最強の町であるからと言って国を相手に戦える訳では無い。特にこちらを察知して向こうが接触した以上、今は迂闊に動けない。クアッドベルがお前たちを寄越したのは最終警告なのだろう」
場は静まり返る。これ以上やるなら竜神教を敵に回す、竜騎士団と矛を交えるのだ、と。閣下一人なら竜騎士団と対等に渡り合えても軍となれば話は別。ゴールド帯以上の群れが襲い掛かってくれば一溜まりもない。真相の究明はこれで出来なくなった。斬久郎さんはそう考えて肩を落とす。閣下もアリアも目を伏せて顔を歪ませる。
クアッドベルが養父母殺害事件を教えると言っていたのは恐らく嘘だろう。そうでもなければここには来なかったし、ラティも残らなかった。上手く嵌められたし乗るしかなかった。……そうなるとラティが危ないんじゃ!?
「すいません、急用を思い出したのでこれで失礼します」
「ならん」
「何故です?」
「死ぬからだ」
閣下の言葉に小さく笑ってしまった。僕にとってそれは想像を絶する痛さだけど終わりじゃない。敢えてそれを説明する訳にもいかないので席をそのまま立つ。
「ラティさんのところへ行かれるのですね」
「勿論」
悲しそうに微笑むアリアに僕は微笑で返す。全て計算されていたとは。クアッドベルには万倍返しどころじゃ済まさない。そう決意して拳を握る。
「無駄だな」
「だからどうしたんです?」
無駄か無駄じゃないかは僕が決める話だ。このまま何もせずここに居るなんて考えられない。ただでさえ僕らの為に相棒を置いてきたのに。
「今カーマには竜騎士団が向かっている頃だろう」
そう言われたけど無視して部屋を出る。そんなのは話の流れからして百も承知。砂漠の町からこっちラティが平穏無事で居られたのが不思議なくらいだ。元々施設の中で出会い旅立ったんだ。あそこの司祭たちが全滅したかも分からないし、それまで関りがあった人間は当然いるだろう。
竜神教についてラティが語りたがらなかったのも、ダルマで驚くと言っていたのも何れこうなるのを予見していたに違いない。首都に近づくというのはそう言う話だ。僕は間抜けだからすっかり忘れてラティが何も言わずに付いて来てくれるのを当たり前に思って彼女の事情を考えていなかった。
頭にくるなぁ全く。僕ってやつはどうしようもない。怒りのあまり当たり散らしたい気分だけど、それはクアッドベルたちにぶつける為に溜めておく。ラティを助け出す為には全力以上の力が必要だ。ウルド様も繋いでこないってなると自力でやるより他無い。
僕は建物を出ると深呼吸して頭だけは冷静に居られるように整える。思えばここでこうなって良かったのかもしれない。首都に行ってこうなれば袋のネズミ状態だ。逃げるのも助けるのも出来なかった。今ならまだチャンスはある。カーマから出ないならカーマを、出たならその移動中を襲撃すれば良い。
そう思うと少し落ち着いた。そして政庁を出て元の馬車置き場まで向かいそれに乗って町を出る。見張りとかが居たかもしれないけど最早構う必要もない。僕は出て行くだけだから。カーマとの中間地点へ向けて馬車を走らせる。馬たちも何か感じ取ってくれたのか、鞭を入れてないのにいつもより駆け足で進んでくれる。
この子たちはラティが可愛がっていた馬だから分かるのかもしれない。ラティは馬とも話せただろうから……なんて考えて頭を振る。悪い予感とか最悪の予想とかに流されて僕まで悪い方向に全部流れてはダメだ。必ず助けるし二人で帰るのだからそんな悪い状態で居たら現実になってしまう。僕ならラティを助けられる、いや僕にしかできない。
余計な考えを巡らせないよう地図を見つつ馬たちと共に移動する。休憩が馬たちに必要だから空がオレンジ色に染まったと同時に止めて野宿を始める。火を起こし馬たちを休ませる。最初まだ行ける、みたいな顔で二頭は僕を見たけど首を横に振った後、二頭の首を撫でて落ち着かせ休ませる。まだ焦る時じゃないそれはきっとそう遠くない時に来るだから落ち着いてと語りかけながら。
結局一睡もせず朝を迎える。馬たちを起こさないようにそっと移動し顔を洗う。戻ると馬たちもゆっくりと体を起こしていた。ラティが用意してくれていた餌を与え、僕たちは彼女を救う為急ぎカーマへと向かう。暫く走ると中間位置に当たる場所に到着し、望遠鏡を覗き込む。するとあの陰険メガネとは違うものの、似たような鎧に身を包んだ団体が列をなしている。
竜騎士団とは言え全員がゴールド帯と同じじゃ無いだろうし、狙うならラティを連れている集団を見つけて襲撃しよう。一瞬の隙を突けば何とかなる……いや何とかする。僕は息を殺しながら見つからないよう観察を続ける。彼らはカーマへ向かっている最中のようだ。となるとまだラティはカーマに居るのか。
「おいおいそれで身を隠したつもりか?」




