閣下と拳士の交わし合い
「あ、あのぅ……喋っても宜しいですか?」
「構わん」
食い気味に許可を頂き咳払いをした後自己紹介をする。
「ま、先ず始めに。初めまして自分は野上康久と申します」
「知っている」
「あー、えー、閣下におかれましては一つ勘違いなさっている点を指摘させて頂きたいのですが」
「何だ」
「その、別に閣下は我々の敵ではありませんで」
「そうなのか?」
常時食い気味にしかも体を前のめりにしてタックルでもする勢いで聞いている閣下。敵って何なんだろう。僕はお使いに行きたいだけで敵も何も無いんだけど。
「僕としては連れが町から出れないのでそれを解消したくここまで来ただけです」
「そうか」
沈黙。どうしたら良いのやら途方に暮れてしまう。斬久郎さんは気圧されちゃってるのか何なのか呆然としちゃってるからダメだし、チャップマンは明らかに向こう側だし……あれ、そう言えばチャップマンの親って。
「あのー閣下は彼の親御さんです?」
ビックリした。そう聞いた瞬間目の前に拳が飛んできた。この距離であの体勢から豪腕を振るわれたら以前なら一溜まりも無い。エンカク様と稽古した御陰で寸でのところで避けてソファの後ろにバク転する。
「な、何ですかいきなり」
「やるではないか」
答えになってない。困ったなぁ話にならないぞこの人。しかもニヤリと笑ってる。エンカク様より性質が悪い……いや同じか。この世界の偉い人ってエンカク様とか閣下がデフォルトで、師匠が珍しいんじゃないかと思い始めてる。首都へ行ったらどうなるかなぁもっと凄いのが来るのかなぁ嫌だなぁ話が通じないのは。肉体言語しか使用できません! とか言われたら困る。
今のを避けて大分僕も落ち着いてきた。冷静に考えれば僕らが敵となるとやはり斬久郎さんが探っている件とアルタは密接に関係していて、それが不味いから敵だと言ってるんだと思う。クアッドベルが執拗にチャップマンの親に関する問題に拘ったのはここに来るように仕向けたかった。で、まんまと罠に嵌まった。こりゃ急いでラティのところに帰らないとラティが危ない。
とは言え斬久郎さんがガッチガチになってるんじゃ逃げられない。どうしたもんかなぁ……。
「良いだろう、少し遊んでやる」
「お断りします。斬久郎さん、いい加減にして下さいよ」
体を揺するもまるでダメだ。一体何がどうなってんだ? 閣下に会ってからまるで魂でも抜かれたように動かない。一か八か大きな声を出して見るか。僕は息を吸い込んだ後
「斬久郎いい加減にしろ! 養父母の敵を討つんじゃないのか!」
と大きな声で叱咤激励してみた。すると漸く戻ってきたのか体をビクッとさせる。チャップマンが驚いていたので手を合わせて苦笑いをしつつ謝った。
「無駄な真似を」
巨体は宙を舞い僕の背後の広い空間に降り立つ。鍛え上げられた強靭な筋肉だけでなく、しなやかさまであるとは。マジで町が違うだけでアルタ版エンカク様だ。ゲンナリしながら見ているととてもしっかり丁寧に仕立られた高価そうな背広とワイシャツにネクタイまで筋肉を膨張させて吹き飛ばした。
僕の記憶ではこの世界に魔法は無かった筈なんだよなぁ。可笑しいんだよね何か魔法じゃないけど魔法みたいなものが散見されてるのが。それもチートを施されてる僕を優に超える人物がめっちゃいて怖すぎる。……まぁチートを施されたと言っても身体能力はそんなに凄く強化されている訳じゃないけどさ。でも可笑しいよこんなの!
「逃げられると思うなら逃げるといい。容赦はしない」
「何でそんな話になるのは何一つ理解出来ませんけど、もうやるしかないってのは理解しました」
やらなきゃやられるのは間違いない。ならやるしかない。斬久郎さんも戻ったような戻ってないような状態だし置いて逃げる訳にはいかない。僕は腰を落として拳を突き出し構える。一対一ならやはり構えはしていた方が攻防共に楽だ。勿論鍛錬の基礎だから一々構えなくても良いんだけど、ちゃんとスイッチも気持ち的に入る。
閣下の拳があっという間に目の前に飛んでくる。ロケットパンチと見間違えそうなレベルの速さだ。ただ一回見てるから速度をある程度分かって避けられる。体をずらして拳をやり過ごしつつ脇腹に一撃入れて離脱する。師匠から頂いた篭手を付けての攻撃だ。
「良いぞ、そうでなければならん!」
けども全く効いてない。どういう理屈でそんな状態なのか知りたい。まぁ聞いただけで血尿出そうなレベルの話だろうから聞かないけど。それから暫くは同じように避けては隙のある場所に一撃入れて離脱を繰り返した。だけど当然ながら相手もそれに慣れる訳で。
同じように避けて何度目かの時、閣下は体をこちらに寄せて僕のバランスを崩しに来た。更にもう一度体をずらしてくるりと回るように避けると、今度は後ろ回し蹴りを繰り出してきた。生憎僕は容赦をしている暇が無いので、しゃがんで避け足が頭の真上に来た瞬間足を踏み鳴らして気合を入れて頭突きを入れる。
だけどそれすら織り込み済みなのか今度は泳いだ体で左拳をこちらに向けて放ってきた。これには流石に避けようも無く両手を交差させて受け止める。篭手がなかったら確実に腕は持っていかれてた。それくらい凄い衝撃が手に残ってる。動くけど精々七割の力しか拳には伝わらない。
「なるほど、小兵だと思って舐めていた。あの”一撃”のショウの弟子であるなら小兵は罠だと気付くべきだったのだ」
僕の頭突きを喰らった筈の足は何の問題も無い様ですくっと立ち上がり仁王立ちしつつ僕を見る閣下。師匠は有名人だから外に出る時はなるべく師匠の弟子だって自分からは言わないようにしよう。今も全く言ってないけど誰が言ったのか問い詰めたい。




