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異世界狩猟物語  作者: 田島久護
カーマ編

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カーマの風景

 その後僕は見張り役から外されラティと斬久郎さんが交代でするとなった。三交代でと言ってみたものの却下される。信用無いなぁまるで逃げるみたいじゃないか僕が……まぁ逃げない保証はないけどね!


「さ、行くぞ」


 町の近くと言うのもあって何事も無く朝を迎える。僕もこの世界に来て大分野宿にも慣れたので、快適とは言わないまでも寝不足を感じずに起床出来る。実のところあまり僕自身野宿を経験してなくて有り難い話で屋根の付いた所で殆ど寝ていた。こうして外で何回か寝てみるとキャンプというのも悪くないなぁという気がしてくる不思議。前は虫も居るし動物も怖いし絶対にしたくなかったんだけどね。


近くの川に行くより町に行った方が早そうなので顔も洗わず御飯も食べずにカーマへと向かった。町の周りには麦畑が広がり長閑な感じがするけど、斬久郎さんが言うには棘があるらしい。それを忘れないようにしないといけない。


町の入り口の前に着くと荷物検査も無く入れたのには驚いた。この世界に来て初めての経験だ。どこの町でも大抵はチェックがある。やはりこれも”愛”を示す為なのだろうか。


「お、おぉ兄さん初めて見る顔だね。お金を貰えないだろうか」


 町に入り宿を決めて馬車を泊めるといきなり全身ボロボロの御爺さんに声を掛けられる。僕があまりにも突然で驚き呆然としていると、斬久郎さんが荷台から飛び降りて御爺さんに詰め寄る。


「俺はこの町の生まれだ。ふざけた真似してるとてめぇを叩き出すぞ?」


 斬久郎さんはそう低い声で言いながら御爺さんの胸倉を右手で掴む。僕は一瞬止めに入ろうとしたけどラティに腕を掴まれる。何故か問おうと視線を向けると、彼女は開いてる手で小さく指差した。その視線の先を見ると、斬久郎さんは左手で御爺さんの手に銀貨を渡している。そして御爺さんはそれを受け取ると、斬久郎さんに耳打ちした後で


「けっ! この町のヤツかよ! だったらその兄ちゃんにちゃんと言っときな! 間抜けな顔してないで出すものさっさと出せってな! あばよ!」


 直ぐに離れて捨て台詞を吐いた後足元が覚束無い感じで去って言った。途中で転んだけど皆見守るだけで手は貸そうとはせず、御爺さんが喚いても貸さず貸せと言ってやっと手助けした。御爺さんは起き上がると手を振り払いよたよたとまた歩き出し去っていく。皆それを見て苦笑いするのかと思いきや、なんか清々しい顔をして解散した。なんだろうこのもやもや感は。


「康久、あの爺さんの言う通りだ。ここでは絡まれたら直ぐに金を渡さないといけない。それと助けてくれと言うまで助けてはならないし、助けても礼を求めてはならない。それらに違反すると統治局に送られて理解するまで出て来れなくなる」


 困惑したままの僕に斬久郎さんは教えてくれた……けどさっぱり理解出来ない。ああ言う人が居なかったわけじゃないけどいきなりお金を渡すなんて。しかも渡さないと連行されるって訳が分からない。それにあの見守るのも動物園の客と動物みたいな感じで気持ちの良いものじゃない。見守るくらいなら助けるか無視してくれれば良いのに、と僕は思ってしまう。


「ここでは相手に愛を与えるのが当たり前だ。求められれば与えなければ、そして求められなければ与えず見守るのみ」


 その言葉に息を呑む。まさか命まで求められたら与えなきゃならないのだろうか? 嫌な考えが頭を過った。斬久郎さんはそんな僕を見て寂しそうに笑う。


「勿論基本は個人の裁量だ。但し町で決められた最低基準を下回ってはならないという原則がある」


 それを聞いて少しホッとした反面、やはりズレているなぁとは思う。元の世界にも困った人を助ける人やサービスはあった。だけど見た感じそうしているようには見えなかった。言われれば与えるけど言わなければ与えない。そしてある程度は個人の裁量でも与えなければならない最低ラインが存在すると言う。しかもそれを破ると愛を説かれ理解するまで出てこれないようだ。


愛っていうからもっと手厚く保護してケアして生活基盤を整えられるようにするのかと思った。求めれば何でもくれて困らない。だとすれば働かなくなるんじゃないだろうか。それって本当に良いのかな、愛なんだろうか。


「困惑しているようだが無理も無い。少しすればなれるさ」


 斬久郎さんは宿に入り荷物を置くとそう言って泊まる部屋の窓から町を見下ろす。今日初めて僕たちが町に来たと宿の人に告げるととても見晴らしの良い三階の角部屋を案内してくれたので、この町がある程度遠くまで見える。デラウンよりは狭いのかと思いきや意外と広く、また家も隙間無く建てられていた。


火事でも起きたら大変だなぁと呟くとこの町では家事は起きないと斬久郎さんは言う。何故か聞こうとしたところに


「お客さん、そろそろおやつの時間です」


 宿の人が入ってきてそう告げてきた。何の話か分からず返答に苦慮していると


「外へ出れば分かりますよ」


 そう笑顔で言って部屋を去っていった。僕とラティは顔を見合うも斬久郎さんは何も言わずにそのまま部屋を出て行く。置いていかれないよう後に続いて外に出ると、外ではテーブルが道の真ん中に右から左に一直線に並べられていた。傷み具合は違うものの色や形は同じテーブル。この行事が長く続いているのが分かる。


少しすると右から一つずつテーブルの前に居る人たちが奥へと山盛りのお皿を送り始める。僕らも促されバケツリレーみたいなものに参加した。やがて奥に行き渡ったのか大丈夫ですという声のリレーが左から右へと始まった。


目の前のクッキーのようなまんじゅうのようなものが山盛りになっているお皿を眺めていると、鐘の音が町に鳴り響き”愛はここに在り慈しみ兄弟と分かち合う今日を感謝します”と大きな声で言った後皆手掴みで食べ始めた。


僕たちも恐る恐るそれを手に取り少し齧って見る。食感としてはまさにクッキーとまんじゅうの中間のようなもので、中にはジャムが入っていた。僕自身お菓子をそんなに好んで前の世界では食べていないのでそれが何に似ているかは分からないけど、ラティが喜んで食べている感じからして毒等は無く安心して食べられそうで胸を撫で下ろした。


ただ皆は微笑み合うだけで一言も発せず黙々と食べている姿には戸惑いを隠せない。


「さぁ夕食まで散歩と行こうか」


 全く楽しい感じのしない散歩の誘いに何とも答えようが無い。おやつはある程度で鐘が鳴り皆は規則正しく移動し皿を右奥へ送った後、手を組んで目を瞑って俯き祈って解散となった。机の持ち主は家族とか親類だろう人たちと共に片付けまた元通り何も無い道に戻る。そして身なりがボロッとした人たちが道端に寝そべり始めた。これを見るとさっきのもあって外に出る気がしなくなってくるよなぁ。


「大丈夫だ、俺に付いて来れば問題ない」


 そう言って先を歩き始める。不安を抱えながら歩き始めると案の定そこらに居た人たちが集まり始めた。斬久郎さんはハリウッドスターのように微笑みながら両手を挙げて挨拶をしつつ移動する。この人たちにお金をあげないと捕まるんじゃないかと冷や冷やしつつ後に続く。その妙な行列はやがて町の狭い路地に入る。


「ほらこれをやるから分けてくれ。俺たちでは今これが精一杯だ」


 斬久郎さんはポケットから袋を取り出すと、奥の方に居た人にそれを投げた。群がっていた人たちが離れていってホッとしたのは束の間、直ぐに戻ってきた。


「少ないぞ、もっと寄越せ」

「そうだ寄越せ!」


 と抗議が始まった。でも誰かを呼ぶって感じではなく割に合わないと言う感じの抗議に見えた。斬久郎さんはあからさまに嫌な顔をして舌打ちした後、僕に金貨一枚貸して欲しいと頼んできた。ラティに視線を送ると、溜め息を吐きながらも一枚出してくれて斬久郎さんに渡しそれを彼らに渡した。


「ったく渋いと思ったら持ってるじゃないか」


 金貨を受け取った人をよく見ると、この町に来て最初に会った人だった。金髪の髪と髭をボサボサさせヒビの入った丸眼鏡にボロッとした白いシャツと茶色いベストに首もとがだらしない赤いネクタイ。しっかり見るとこの人身なりとは違って上品な雰囲気が何処となくするような気がした。


その人は皆に金貨の分け前を一人ひとり渡してく。例えば計算が出来ないとかでこれは少ないじゃないか、とかそう言うのは一切無く皆黙って受け取って散っていく。身なりとは違いめちゃくちゃ統率の取れた動きに見えて不気味だなぁ。


「御前さん顔に出易過ぎだ。クロノ、こんな者を連れてて大丈夫なのか?」


 全く使えないと言わんばかり顔をして僕を見た後斬久郎さんの方を向いて言う。クロノってまさか……。


「問題無い。それにクロノという名前は養父母と共に墓に捨てた」


 辛そうな表情で斬久郎さんは答える。それを聞いてボロッとした人は口をへの字に曲げて肩を竦ませる。

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