二日酔い明け
「そんな顔してどうした?」
「い、いやぁこの前の件で」
笑顔のリベリさんに対して俯きながら言うと、豪快に笑い飛ばされた。だけどこっちからしたらそうもいかない。醜態を晒したのもあるし周りに迷惑掛け通しだし、きっとリベリさんにも迷惑を掛けたに違いない。お酒に飲まれたのは初めてだけど、今後絶対こうならないよう上手く切り抜けないと酷い目に遭うのは間違いないと分かったくらいしか良い点が無い。
「その件はもう御終いだ。無論斬久郎にはしっかりと注意をしたし、今後ああなった時は必ず私に言いなさい。君の為じゃなく彼の為、そしてデラウンのゴールドランクの沽券にも係わる問題だからね。私は彼を見捨てては居ない。酒癖は悪いし妬みっぽいし自信は無いしで欠点の多い人間だが、剣の腕は最高級品の中でも群を抜くレベルだ。正直君と彼がやりあっていたら斬られて居ただろうね」
「そう思います。斬ろうとして斬久郎さんは刃を向けていて圧もあったのに、斬られるイメージが沸かなかった……恐らくそんな暇も無く斬られていたからでしょうね」
リベリさんは僕の顔を真顔で覗き込むと大きく頷きながら肩をバンバン叩いて来た。何か不味かったのかな顔と動きが怖過ぎる。元々の圧も強いのに。
「なるほど老いたりとは言え我が師の目は健在と言う訳だな。ネルトリゲルの件も本当なら私たちが受け持つ案件だったんだろうが、どうやら報告とは違うな」
リベリさんから自然と目が逸れてしまったので急ぎ元に戻し無表情で居る。あまり突っ込まれても誰が敵か味方か分からないから、例えリベリさんに対してでも味方だと分かるまではしゃべれない。何よりリベリさんの言う報告というのがどういった内容なのか不明だし。僕が話したのよりは手が込んでるんだろうけど。
「まぁ良いさ、私たちとしてはその分働かされるのは分かってて帰ってきた。存分にゴールドらしい仕事をご覧に入れよう」
「お、応援してます」
豪快に笑われだけど、上機嫌なようで何よりだ。なるべく適度にやり過ごすのが今は最善だろう。愛想笑いで言う僕を見て微笑んだ後、
「君の信頼を得られるように頑張らせて頂こう! ではまたな! 今後とも宜しく」
そう言ってリベリさんは去っていった。ネルトリゲルの件は元々あった問題だし、それを僕より長くここに居るしかも上位ランクの人が知らない訳が無い。ただ手を出しようにも出せなかった、出せば死に近くなる予感がして誰も口にも出さなかったんだろう。僕が運が良かったというか加護があったり死なないっていう特性があるから出来ただけだけど。
そう改めて考えるとゴールド帯の人たちが町に帰ってきた日のギルドの様子は頷ける気がしてきた。ポッと出の新人がそれまで言い方を悪くすれば自分たちが怖くて避けていた問題を解決してしまったんだから、戦々恐々だろう。触れたくても触れられない存在状態だったんだと今やっと気付いた。世紀末状態にしてたのは僕じゃん。リベリさんに感謝しなくちゃな……リベリさんもデラウンの看板冒険者だから他の人たちの不安を払拭する為に来てくれたんだろうけど。
「ようやっと静かになったようじゃな」
リベリさんが去って僕らは直ぐ帰るのも何だからギルドでお茶をしていると、暫くして師匠がこそこそとしながら降りてきた。僕を世紀末伝説に仕立て上げた張本人だ。ここは一つ大きな声を出して驚かそう。
「師匠おはようございます!」
「お、大きな声を出さんで宜しい! ミレーユ、ワシにお茶な、しぶーいの」
僕の口を両手で塞ぎながら、カウンターに居るミレーユさんにギリギリ聞こえるくらいの声で言うと、ミレーユさんは笑顔で奥へと下がるり師匠は僕らの前に周囲を警戒しつつ座った。こんな状態の師匠は珍しい。ハオさんに絡まれるのが嫌なのかな。そんなにこそこそしても師匠が目立たないなんて無理があるけど。
「全く……だから嫌なんじゃよあいつらが帰ってくるのは……」
「ギルドとしては楽になるんじゃなくて?」
ラティの言葉に露骨に嫌な顔をして手で追い払うようなポーズをとる師匠。どんだけ嫌なんだ、と思ったけどハオさんとのやり取りを思い出すと確かに分かる気がする。毎日絡まれたら心労で倒れても不思議じゃない。
「御主本気で言っとるのか? 来てから騒ぎしか起こしてないのに? そりゃ恐竜を撃退してくれるのは助かるがの」
ミレーユさんがお茶を持って来てくれたので笑顔でお礼を言いつつ受け取り、ズズッと飲んでから大きく息を吐いた。師匠はお疲れなようで、背もたれにだらしなく体を預けて天井を見ている。
「事務作業と謝罪回りで辛い……特にハオの奴がなぁ」
「ハオさん豪快ですからねぇ」
予想が的中したらしくハオさん絡みだったようだ。というかそれ以外ないよ。僕がここで活動して師匠と知り合ってから初めて見る師匠だからなぁ。
「母親に似たんじゃよ。悪気は無いんじゃがの……あの武の才を持ってして暴れまわられると被害が大きくてなぁ。まぁ安心せぃ、丁度良い仕事があったから与えてみた。暫くはゆっくり休めるぞ?」
暫く休めるのは師匠だけなんじゃ、と言う突っ込みは置いておくとしてハオさんの丁度良い仕事が全く想像付かないんだけど何してるのか気になるなぁ。
「興味深いなっていう顔をしとるの。お前も行くか?」
ニヤリとした顔をして聞かれたので笑顔で即首を横に振った。とんでもない仕事なのは想像に難くない。今はこっそりと遠くから見ていたい気持ちで一杯だ。特にここの所碌な目に遭ってないし。
「ゴールド帯の仕事じゃから怯んだのか?」
「そりゃ怯むでしょう僕らの上のランクの人ですし、師匠と真っ向から打ち合う人の仕事なんて出来るとも思えません」
それにネルトリゲルの件で睨まれてるだろうから等分の間は大人しくしていた方が良いかなとも思うし。
「そんな偉そうに言われても困るのぅ。御前には今後それを簡単に出来るようになって貰いたいんじゃから」
「何れはそうなりたいですね。でもまだ先の話ですよ」




