ヒショウの真実
僕は急いで距離を取る。流石に寝技でどうこう出来る訳が無い。それでもダメージは幾らか与えられたはずだ。
「この戦いに……何の意味があるのか」
仰向けになりながらそうヒショウさんは問う。僕なのかもっと大きな存在へなのか。
「私はお前の推察通り、元の世界で魔術師をやっていた者。芸はただ一つ、因子を自在に扱えるというものだ」
「え、それ凄くないですか? 魔術を使えないものには魔術因子を埋め込めば使えるようになる」
「この世界的に言えばそうだな。元の世界では皆持っていたし私の能力は評価もされなかった。そんなある日、一人の妙な格好をした男が私の元に現れこう言った。”ちょっと他の星で君の力を使ってみないか?”と」
その男は金髪で整った顔をし変わった布の服に袖の無い濃い布の服を着て長いズボンを履いていた。どう見てもこの世界のものではないのは雰囲気で分かったらしい。そんな怪しい男の誘いに乗ったのも、そのままそこに居ても誰にも評価されず腐っていくだけだからそれなら賭けてみようと思ったようだ。
「そこはここと同じ魔術が無い世界だった。私がある一人の者に因子を与えると、その者は魔術を使えるようになり次々と私の元には依頼が来た。仕事の対価で私は星一番の権力者となった。だが物事がずっと上手くいくとは限らない。いや、いかないだろう。その揺り返しが来たのだ」
僕はそれを聞いてどこでも行き着くところは人間であれば同じなのかなと思ってしまった。あまりにも悲しい。
「魔術因子を手に入れた原住民たちは、魔術を使い優劣を競い支配し発展させ更に欲望を満たす為に倫理観すら捨て去り、最後は自らを喰っているのすら気付かず滅びて行った。私もその星と共に滅びるはずだったのだが……あの男によって石に封じられこの星に落下した。身動きの取れない私の周りに人が集まってきた。彼らは私を神の使いだと思い祈るようになる。聞いているとどうやらこの星では人間タイプはヒエラルキーの良くて真ん中程度だという。ならばと私はある一族にのみ因子を植えつけてみたが」
この星には魔術粒子が存在しない為、魔術という物に対し知識も経験も記憶も遺伝子にも情報が無かった。アメリカ人に納豆を美味いといって喰えと言ってるようなものだ。体はエラーを吐き続け因子を追い出そうとするも追い出せず体は人から離れて行く。
「こんな事態は初めてで私は焦ったよ。石の封印が少し解けたのはヒショウが生まれた時だった。私は何とかする為に魂をヒショウに乗り移らせ、この悪夢を終わらせようとした。だが皮肉な話、乗り移った体では植え付けるのは出来ても除去は不可能。そこで因子に対し拒絶反応を起こさないヒショウを鍛えて岩を砕き私の体を掘り起こそうと考えたが……全く岩に触れられなかった」
徹頭徹尾嵌められてるなぁ……。しっかしヒショウさんに声を掛けて来た人は魂を拘束し不死にすら出来るなんて何者なんだ? ウルド様レベルの人なのかな。
――やられたわね――
ウルド様の声が頭の中に聞こえる。何か心当たりがあるらしい。
――私が今血眼になって探している男の仕業よ――
ウルド様が探すほどの人物……何者なんです? それ。
――クロウ・フォン・ラファエル。アンタと同じ世界に居た魔術師でこの世界を創造した神よ――
ちょっと混乱する。僕と同じ世界に魔術師? しかも世界を創造した? ここってゲームの中か何かなの? なんでそこに僕が居るんだ? 向こうで一体何があったんだ?
――まさかそんなものが絡んでたとはね……仕方ない。ちょっと準備するから頑張って頂戴。倒しちゃって良いからさ――
簡単に言ってくれる。ていうか戦う意味が無いって言ってたからその準備と言うのが終わるまで時間稼げるんじゃない?
「はっきり言って岩に触れると何が起こるかわからない。更に今はあの岩に近付く者を排除せねばならないようになってしまった。伝統などと言ったが抗えないというのが現実」
「ただこのままだと因子の連鎖は終わらない。どこかで決断しないと」
「分かっている。私たちもなんとかしようとは思っているのだが」
「良いんだよ何もしないで」
不意に後方から聞き覚えのある声がする。振り返ると神社の屋根には霜が降り、一人の人物が立っていた。




