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旧街道 前編

王女誘拐事件から一日が明け、行方を追いかけるザクセンの捜索隊は徐々に犯人の包囲網を狭めつつあった。

さてその内の本命を含む三人組は、街道の道中に立つ宿場町タルハイトにたどり着こうとしていた。この町は、本来彼らが向かう場所である旧街道の隣の位置にある。

交代で馬車の手綱を握っていたアレックスが、街道を脇に逸れ、町の外……外壁の傍で馬車を止めた。

「着きましたよ」

幌で休んでいる二人に疲れ気味の声を掛けると、まずバージェスが先に降り、小柄の兵士がそれに続く。

「うむ。ご苦労様」

地面に立った三人は、全員で大きな伸びをして骨を鳴らした。

その後で、再びバージェスが口を開く。

「さて、今後の方針を改めて確認しておこう」

兵士二人は頷いて、続きを促す。

「我々はこれから旧街道へ向かい、姫と誘拐犯を待ち伏せする」

「それだけですか?」

少し考えて、バージェスは首を振った。

「いや。今気づいたが、この馬車の番もあるな……。まぁ、これは誰か一人で良いだろう」

質問の意図と外れている気もするが、確かに必要と言えば必要であった。

そこで、小柄の兵士が真っ直ぐに手を挙げた。

「隊長、自分がやりましょう!」

「む。ビーン、やってくれるのか。では、頼もう」

道中名前を聞いていたのだろうか、小男はビーンと呼ぶらしかった。

バージェスはビーンが勢い良く頷くのを見届けると、今度はアレックスに向き直る。

「ということで、君は私に付いて来てくれ」

「は、はい!」

青年は多少気後れしながらも、しっかりと返事をした。

方針の確認が終わり、バージェスが最後に纏める。

「タイムリミットは今日一日としよう。それでも見つからないようだったら……」

アレックスは恐る恐る訊ねる。

「だったら……?」

隊長は一つ間を置いて断言した。

「その時はその時だ」

「は、はぁ……」

締まらない発言で、何だか妙に気の抜けた雰囲気となっていた所に、街道から一人の男が駆け足で彼らの元へやって来た。

そして、肩で息をしつつ姿勢を整えてバージェスに一礼する。

きちんとした身なりからして、どうやら王国の人間のようだ。

「君は一体、何者かね?」

バージェスが問うと、男は答えた。

「私は伝令であります。あなたが、バージェス様ですね?」

騎士は頷くと、伝令は肩に提げた革の鞄から一通の手紙を取り出す。

「これを。国王からです」

そう短く告げると、バージェスにそれを手渡した。

「確かに受け取った。ありがとう」

礼を言うと、伝令は別れの挨拶をして、再び国の元へ走っていった。

「大変だなぁ」

「そうですねぇ」

呑気な兵士の会話を余所に、バージェスは簡素な封筒の中から折り畳まれた文を広げて目を通す。

長くない内容を読み終えると、顔を上げて、何故かくすくすと笑った。

「どうしました?」

「いや、何でもない。行動を開始しよう」

その言葉で、バージェスの様子を不思議に思いつつもビーンは馬車に戻り、アレックスはバージェスの隣につく。

そして一人、騎士は遠くのザクセンの城を見つめて呟いた。

「いや全く。王も妙な事を考えるものだよ……」

「ん……」

何かの影がよぎった気がして、セリアは目を覚ました。

丁度、目線の先にはロウの顔があった。

「起きたカ。……それとも、起こしてしまったカ?」

「いえ……大丈夫です」

寝ぼけ眼を擦りながら身を起こすと、少年も頭を退く。

「……もう出発しますか?」

「いや、ちょいと支度を整えてからダ」

言うと、彼は滝の水面の方へと歩き出す。彼女も後を付いていくと、透明な水が眼前に広がった。

ロウが手で一掬いして顔を洗うのにならって、セリアも顔に水を浴びせる。

「……ぷはっ。目が覚めました」

「うム」

まだ汚れていない布で水を拭うと、今度は伸びををして体をほぐした。

ついで、岩穴の中に戻り軽い朝食を摂ると、二人はござとランタンをしまっていよいよ再出発の準備を整えた。というところで、セリアがロウに呼びかける。

「あの、ロウ」

「ン?」

少年は荷物を整理する手を止めて振り返った。

「頼ってばかりで申し訳ないんですけど……今後の行き先はどうしましょう?」

ロウは気にしなくていイと言いつつ、ちょっと考え込む。

そして、答えた。

「取り敢えず、この先にある旧街道を横切って元の街道に戻ってから、その先の宿場町に行こウ」

「成る程。ですが追っ手は……」

セリアの懸念を察して、ロウは頷く。

「確かに、遭遇する可能性が高イ。相手も馬鹿じゃないだろうから、街道方面で待ち伏せを置いて別の奴らが後ろから追ってくることも考えられル。まぁ、もし見つかったその時は……」

「その時は?」

先の言葉を訊ねるセリアに、ロウは自信たっぷりに答えた。

「その時ダ」

そんなやりとりを交わした後、準備が終わった二人は再び行軍を始めた。

空は暗い雲が太陽を覆い隠し、小さな粒ではあるが雨を降らしていた。

少年と少女は濃緑と白の外套のフードを深く被りつつ、生い茂る木々の中を進んでいく。

やがて、一気に視界の開ける場所へ出た。

幅広い土の道の脇にぼろの小屋が一つ。かつて人が多く通ったであろうこの場所は、今は大部分が森に侵食されており、全てが自然に戻るのも時間の問題といった体であった。

「ここが旧街道ですか……。随分、荒れ果ててますね」

「まぁ、今はもう使われていないしナ」

会話を挟みながらのんびり先行していたロウが、ふと急に立ち止まった。

セリアもぶつからないよう慌てて足を止める。

「どうしたんですか?」

通常眠たげな目をしているロウが、はっきりと目を見開いているのを見て、セリアは昨日の魔物と遭遇した件を思い出した。

「も、もしかして、また魔物……ですか?」

セリアの質問にロウはゆるゆると首を振った。目線の先を追ってみると、どうやら小屋を警戒しているようだった。

長いような一瞬がたったのち、突然だが静かに、ボロ小屋の扉が開いた。

中から出てきたのは、銀の甲冑を着込んだ顔の見えない騎士と、騎士より一回り小さい金髪の痩せた兵士だった。

何の事情も知らずに見ればただただおかしな光景に違いないが、二人にとってはそうもいかなかった。

「お待ちしておりました。姫」

騎士……バージェスが恭しく礼をする。セリアは固まってしまって口が利けなかった。

ロウが、騎士を見据えつつセリアの手を取ろうとすると、その声に止められる。

「おっと。動かないでくれ給え少年。さもないと、君が死ぬことになる」

腰の鞘に収まったブロードソードと左手に握る金属の円盾という得物から、どうやって離れたロウの息の根を止めるのかは分からなかったが、何だかハッタリとも思えなかった。

ロウは下手に動くのは危険だと判断し、逃げの姿勢を解くと今度は説得にかかった。

「じゃあどうするんダ?俺が言うのも何だが、セリアは城に戻る気はなイ」

「ふむ……」

顎を手で擦りつつ、バージェスはしばし考えてから、セリアの方へ向く。

「姫、それは本当のことですか?」

セリアは緊張しつつも、ちゃんと頷いた。

「……はい。その通りです」

少女の意思を確認したバージェスは満足げに頷くと、改めて少年に向き直った。

少年も、透明な瞳で、見えない騎士の顔を見つめる。

「……クリア、だな」

「?」

謎めいた言葉に首を傾げるている所に、バージェスはある提案を持ち掛けてきた。

「では、少年。一つ、私と武術の手合わせを願えないか?」

ロウは間髪入れずに訊ねる。

「条件は?」

「至って明瞭だ。戦いの終わりに私が立っていれば、姫はこちらに返してもらう。君が勝ったなら、姫は自由の身だ。我々は諦めて国に戻ろう」

そのあまりにも大胆な発言に、今まで黙っていたアレックスが口を挟んだ。

「隊長!一体何を……」

文句を言うところを、バージェスは遮る。

「心配するな。責任は全て私が持つ」

「そういう問題では……」

また何かを言いかけたが、上司は頑として聞かない風だったので、大きく溜め息を吐いて黙った。

一方では、セリアが不安げな顔で傍らの少年を見る。

「申し出……受けるんですか?」

「あぁ、延々ついてこられるのも面倒だしナ」

「……無茶、しないで下さいね」

未だ心配そうな少女に、ロウは微笑んだ。

「大丈夫」

双方の話が決着すると、残された二人は近くの木々に退避し、戦う者は一歩前に歩み出た。

「その勝負、受けて立ツ」

「うむ。その返事を待っていた」

お互いがそれぞれの得物を抜き放ち、構える。


雨足がいよいよ強くなっていた……。

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