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ドーク山

ザクセン国門前。商人の馬車や旅人が行き交う街道の脇に、一人の騎士と七人の兵士が集まっていた。そして、こちらも馬車が一つ。

「よし。揃ったな」

騎士ことバージェスは、目の前に横一列で並ぶ兵士達を見る。若者から老兵、のっぽから小柄な者まで特徴は様々だった。

その内の一人、王に姫誘拐事件を報告した本人である青年がおどおどと手を上げる。

「あの……」

「何かね。えぇと、君は……アレキサンダー」

バージェスはちらと即席の名簿に目を下ろして、その若者の名前を呼んだ。

「姫の救出だというのに、流石に人数が少なすぎるのでは……?」

この至極真っ当な疑問に、他の兵士も数人頷いた。

騎士は、兜の中で一つ息を吐いて、答える。

「まず、時間がない。遠くに逃げられる前に、少しでも早く動き出さねばならないのだ。もう一つの理由は、あまり事を大きくすると、余計な奴等も引き寄せかねない、ということだ」

「はぁ。納得しました」

一瞬、間を空けて、他に疑問がないことを確認すると、バージェスがまた話し始めた。

「さて、本題に入ろう。今回の我々の任務は、さっきアレキサンダーも言っていたが、姫の救出だ」

その言葉に、兵士たちは固唾を飲む。

「姫を拐かした犯人はアクィの森へ入った所が目撃されている。そしておそらく、今向かっている場所は……ドーク山だ」

「西は大海原ですし、北は天衝山脈ですからねぇ」

のっぽの兵士が口を挟んだ。

「そういうことだ。そこで、犯人と姫を追うルートを二手に分けることにしよう。アクィの森を経由して背後から追いかける班と、この街道を通って、旧街道へ先回りする班といったところか」

話が一旦区切られて、大柄な兵士が、隣りの中年の兵士にこっそり訊ねた。

「旧街道て何すかね……俺、初めて聞いたんすけど」

「文字通りの意味だよ。昔はドーク山を登り、アクィの森を歩いてここに来る道があったんだ。今じゃ皆、整備されたこっちの綺麗な街道を使っているがね」

二人が話している傍らで、一際小柄な兵士が、手をまっすぐに挙げた。

「質問か?なら、どうぞ」

バージェスが先を促すと、小柄な兵士はハキハキした口調で訊ねた。

「班はどういった割合で、どうやって決めるのでしょうか?」

「あぁ、そういえばまだ言ってなかったな。森方面は5人、街道方面は私を含めて3人だ」

「決め方は……そうだな」

またもや場が緊張に包まれた。皆、森よりも行程が楽である街道方面を狙っていた。

兵士同士で睨み合いをしていると、考えを閃いたバージェスが手を叩いた音に、即座に振り向く。

出された答えは……

「ジャンケンにしよう」



場所は変わって、アクィの森。拐った者と拐われた者は、その出口に差し掛かっていた。

木々は手を伸ばすように山へと続き、荒れ放題の山道がそこにあった。

「標高が低いとはいえ山だから、無理はするナ」

「は、はい」

ロウが先行し、セリアが後ろにつく形となる。二人は一歩一歩、ゆっくりと、しかし着実に山を登っていく。そろそろ昼を過ぎる頃合いだった。

道中、何度か立ち止まり、休憩と共に軽食を摂った。

「あの」

短い休みを終えて再び登り始めた時に、セリアが口を開いた。

「ウン?」

「あなたの素性を、聞かせてくれませんか?」

ロウはいつもの仏頂面でセリアに振り向くと、また顔を戻してしまった。不思議そうにその背中を見つめていると、彼はぽつりと呟く。

「そう大した話ではないんだガ……」

そんな言葉をセリアは聞き逃さなかった。

「構いません 。そう思うのであっても、聞かせてください」

仕方がない、といった風に肩を竦めると、彼は登る速度を下げずに話し始めた。

「俺は、元々捨て子だったらしくてナ」

そのことを聞いた途端、セリアの顔が曇る。

「えっと、その……ごめんなさい」

「気にするなヨ」

ロウは前を向いていたために、表情は分からなかった。そもそも、向かい合っていても、彼の表情は見分けにくい。

少しばかり気まずい雰囲気の中、二人はしかし黙々と進む。なだらかではあるが、雑草が茂り岩がごつごつと突き出る道は中々歩きにくく、ロウはともかくセリアの体力は消耗していく。

また、ロウが、話を続けた。

「ある人が天衝山脈で見つけてくれたんダ。それで、そのままその人……師匠の元で、この山で育っタ。厳しいけど、優しい人ダ」

「な、成る程……」

話はちゃんと聞いていたが、話す気力はなくなっていた。それでも、セリアはもう一つ、気になることを質問する。

「では、その獣の耳は?」

ロウは唸りつつ、答える。

「師匠曰く、俺は、獣人≪けものびと≫という生まれらしイ」

「獣人?」

聞き慣れない単語に思わず反応した。

「俺も良くは分からないが、この世界では数少ないようダ」

「はぁ」

疲れからか、なんとなく返事がおざなりになってしまった。

「ほら、もう頂上ダ」

ロウが、振り返って、肩で息をしているセリアに手を差しのべる。少女はその手を取って、引っ張ってもらった。

平らな地面に、疎らに生える木々と、剥き出しの岩。左には天衝山脈が近くに見え、右を向けば、ザクセンから続く街道が下にあった。

そして、中央には木造の小屋が無造作に建っていた。

「もしかしてあれは、師匠さんの家、ですか?」

ロウは一つ頷いて、小屋に向かい、ドアを2、3度ノックした。

セリアも後ろからついていくと、丁度ドアが開くタイミングと重なった。

「はいはい、どちら様だい……って、ロウじゃないか」

驚くというよりは呆れた顔で彼を見たのは、厚手のローブを身に纏った小柄の女性だった。年老いて皺こそあるものの、上品な顔立ちをしている。

彼女は、ロウの背後で所在なさげに立っているセリアに気づくと、今度こそ驚いた。

「おや、セリア嬢じゃないか!大きくなったねぇ」

一目で正体を言い当てられたことに、セリアは当惑する。

「私を、知っているのですか?」

老女こと師匠は首を縦に振って、

「あんたの父親は古い友人でね。今じゃ、あいつは王で私はこんな形だがね」

と、理由を言うと、一呼吸おいて、ロウに向き直った。

「それで、どうしたっていうんだい。一端に女を、しかもお姫様を拐ってくるなんて」

ロウは頬で指を掻いた。どうやら困ったときにそうする癖があるみたいだった。

「いや、まぁ、色々事情があってネ……」

必死に言葉を考えて、声に出す。

「挨拶に来たんダ。もっと遠い、長い旅になるかもしれないかラ」

弟子のたどたどしい言葉に、師匠は芝居がかった溜め息を吐く。セリアは、二人を眺めている。

長くて短い一瞬の後、師匠が口を開いた。

「行ってきなさい。そして、色んな世界を見てきなさい」

そして、顔をゆっくりとセリアに向ける。

「どんな事情があるかは知らないが、あんたも自分で決めた道を進むんだよ。この世界にゃ、正しいことは勿論間違いだってありゃしないんだから」

若人二人は、先達の言葉を心に受け止めて、しっかりと頷いた。

「じゃあ、行ってくル」

挨拶も終わり、踵を返そうとしたロウの肩を、突然、師匠の手が止めた。

「ちょいと待ってな。あんたたちに旅に使えるモノを渡しておくから」

そう言うと、お婆ちゃん特有のお節介で、二人の荷物に、旅に必要なもの、不足しているものを可能な限り詰め込んだ。

「ああ、あと、これを。セリア孃に」

最後に、師匠はセリアに、謎の模様が描かれた紙片を手渡した。

「あの……これは?」

少女の問いに老女はにやりと笑って、

「そいつには、゛治癒゛の魔方陣が書き付けられてる。怪我をしたときにこれを患部に当てて、その紋様の中心に触れるんだ。そうすりゃ、大抵の傷は何でも治る」

セリアは、信じられないといった顔つきで師匠を、次いでロウを見る。

ロウはゆるゆると首を振って、

「事実ダ。この人、魔法使いだかラ」

「えぇ!?」

思わず、素っ頓狂な声を上げてしまい、恥ずかしさからか或いは癖なのか、口元を押さえた。そして、一つ、深呼吸をしてから口を開いた。

「魔法使いは、この世でもごく一部しか存在しないと聞いていたのですが……」

ただただ放心する彼女に、師匠は微笑む。

「ま、年の功ってやつさね」

「それじゃあ、改めて。いってらっしゃい……幸運を祈ってるよ」



「アレックス……それで、姫を拐った者とは、どんな奴だったのだ?」

日が若干傾きかける頃、馬車の幌の中で、振動に揺られながら、バージェスは訊ねた。

「えぇと、フードを被っていたので詳しい人相は分かりませんでしたが、とんでもない身体能力を持っていました」

「具体的に言うと、姫を抱えて城壁を飛び越えるぐらい、かね」

訊ねられた相手、アレキサンダーは頷いた。長い名前は省略されていた。

「あ、でも、やっぱり……」

「どうした?」

「いえ、私の見間違いかもしれませんが、犯人のフードの中に一瞬、獣の耳が見えたように思われます」

アレックスの付け足しに、バージェスはしばし無言になって、それから何とはなしに独りごちた。

「獣人?……いや、まさかな」

アレックスは、そんな、表情どころか顔すら分からない甲冑の騎士をじっと見ていた。

先回り班のもう一人である、小柄な兵士は馬車の手綱を握っていた。

「隊長」

馭者役の交代にはまだ時間があると記憶しつつ、彼はバージェスに声をかけた。

「む?」

彼は、思案していたのか寝ていたのか、組んだ腕はそのままで頭だけを声の主に向けた。

「隊長は、その、どのような経緯で王に仕えているのですか?」

しばしの沈黙。やはり失礼だったかと後悔しかけた時、彼は口を開いた。

「あまり大した話ではないが……」

そう前置きして、語り始めた。

「私は以前、暗殺を業としていてな」

「……」

あまりに衝撃的な発言に言葉が出なかった。しかし、この男が騎士でも暗殺者でも、違和感が無いような気もした。

混乱する若者を気にせず、騎士は続ける。

「そもそもの発端は、だいぶ前に遡るのだが、当時、王には弟がいた。そして、よくある話だが、何を考えたか弟君は兄の権力を奪おうと画策した」

「……そこで、あなたを?」

「あぁ。まぁ、殺せという命令の通りに実行しようとしたわけだが、返り討ちにされてしまったよ」

バージェスははっはと腹で笑ったが、アレックスは笑えなかった。

しかし、恐る恐る続きを聞く。

「そ、それで、どうなったのですか?」

「企みがばれた弟君は追放という処罰と相成り、次は私の番となった」

アレックスは唾を飲んだ。といっても、バージェスが生きている以上先の展開は目に見えている筈だが。

「あろうことか王は、お前は私に仕えろ、と言ったのだ。但し、この鎧を着るという条件付きだがね」

「な、成る程。それで、騎士の姿を……」

アレックスは何となく自分の軽鎧と見比べた。

「とまぁ、これで今に至るわけだ。ほら、大したことなかったろう?」

「いえ!自分は、話を聞けて良かったと思います」

実際、こんな奇妙な話は中々ないだろう。アレックスは笑顔で、感謝の意を表した。

息苦しい甲冑を着けたこの騎士は、存外気さくな性格であるらしい。

そこで、彼はまた別の疑問を口にした。

「先程言っていた返り討ちとは、純粋な武の実力での勝負だったのですか?」

バージェスは鷹揚に頷いた。

「そうとも。普段こそ無気力に見られがちな王だが、若き頃は相当な武人だったようだ」

その答えに、アレックスは思わず唸る。

「あの王が……こう言っては何ですが、信じられません」

「確かに、今もその実力が健在かは分からないが」

「……それにしても、王は何故、そんなに強かったのでしょうか」

ふぅ、とバージェスは一息吐いて、

「古くから付き合いのある友人がおられたようでな。共に、技を研鑽しあったらしい」

「はぁ。して、その友人とは?」

彼が門番の仕事を振り返ったところ、そういった人物を見掛けたことはなかった。

「私も、聞いて驚いたんだが……」

「女性、だったそうだ」


落ちる日は赤く染まる夕焼けに変わり、間もなく夜が訪れようとしていた……。


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