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ザクセン脱出

「よし、これで準備は整ったかな」

月の明るい夜。南を海に、北を森に囲まれた小さな国“ザクセン”の、王様が住む大きな城のある一室。

海に面した窓から白い光が差し込む中、一人の少女が、先程纏めていたであろう荷物を前に大きく伸びをしていた。その肩まで垂れている艶のある黒髪と深い青の瞳とは裏腹に、その顔はどことなく幼い印象を与える。

「……明日に備えてもう寝なきゃ」

呟くと、少女は、大人二人が並んで寝られるであろう豪奢なベッドに飛び込み、次いでシーツに潜り込んで静かに瞼を閉じた。


翌日 、朝よりは遅くお昼というにはまだ早い時間。

昨夜の少女は、白地のブラウスの上に薄い桃色のジャケット、太股まで覆う茶のスカートの下に短いズボンという出で立ちに着替えていた。

運動で軽く筋肉をほぐした後、正方形のバックパックを背負い、二つに折り畳まれた黒塗りの弓を腰に引っ掛け、最後に椅子に掛けてあった簡素な作りの外套を羽織った。

「いよいよ、ね」

少女は二度三度の深呼吸をするとともに、両手でピシャリと頬を叩いて喝を入れ、意を決して歩き出すと、扉をこっそりと開けて、廊下に人がいないことを確認してから、そそくさと部屋を出、早足で目的の場所へと向かった……。


結果から言うと、事は上手くいっている。幸運なことに、誰にも見つからなかったようだ。

その事を、逆に不安に思いつつも、少女は城の庭を抜けた。

目の前には少女にとっての第一の難所……城門が立ちはだかっていた。

石レンガで造られたアーチ状のそれは、そこはかとない威圧感を放っている。

「おや、セリア様。お早うございます」

門番の兵が少女……セリアに気付いて声を掛けてきた。

「えぇ、お早うございます」

セリアは不意な出来事に一瞬怯んだが、何とか自然な挨拶を返した。

「お出掛けですか?」

「ま、まぁ、そんなところです」

今度は目が泳ぎ、答えも曖昧になってしまった。

セリアは内心焦ったが、兵士の若者は、はぁ、と気の抜けた返事をして、

「では、気を付けていってらっしゃいませ」

と、セリアの外出を見送ってくれた。

「は、はい。行ってきますっ」

これまた予想外な出来事にセリアは戸惑いつつも、さっさと門を抜けて、半ば駆け足で城下町へ続く坂を下っていった。



小国ザクセンには大雑把に言うと五つの場所に分けられる。西はザクセン城、北は職人街、東を住宅街と来て南の商業区と中央広場となる。

「商業区は港の見張りがいるだろうから、北からまわって行きますか……」

城を抜けたセリアは、ほっと安堵の息を吐きながら、職人街へ向かう。

午前だからか、通りを行き交う人は多い。たまに警邏の兵士も混じっているので、そのときはフードを深く被って、正体がばれないよう心で祈りながら歩いていく。

……上手くいったようだ。

(このまま順調に行くと良いのだけれど……)

セリアは漠然とした不安を抱えながら、次の、そして最後の難関へ向かっていった……。


場所は変わって同時刻。中央広場では、噴水の縁石に腰掛ける人物が1人。

濃緑の外套に身を包んだその姿は、体格から大人ではないと思われる。肩に担いだ、自分の身の丈ほどある細長い布袋はおそらく武器だろうか。

「はぁ、どうにもここは湿っぽいナ……」

不思議な訛りのある声は、どことなく年頃の少年を思わせる。

外套は、太陽の照る青空を見上げながら、またぼやく。

「えっと、何しに来たんだっケ……。まぁ、いっか」

暫くして、首を痛めたのか視線を落とすと、通りの奥を歩いていく白い外套が目についた。

「ん?」

気になって、その人物に目を凝らすと、ちらとフードの奥の顔が覗いた。

まだあどけなさが残る顔に、何よりも目を引いたのは、その深い青の瞳だった。

「……綺麗ダナ」

そう一人ごちると、視界から消えてしまったその姿を残念に思いながら、外套はもう一眠りすることにした。


ザクセン国門前。セリアの目に映る兵士は二人。

丁度キャラバンの出発を見送っているところだった。

「二度目にして最後の山場です……」

セリアには案などというものは更々なかったが、それでも行くしかなかった。

深呼吸をして、門を抜けていく1隊の中に紛れ込もうと試みた。だが、門の中央を馬車が占めているため、兵士の目が掛かる端を通るしかなかった。

フードをより深く被り俯かせて顔を隠していたのだが、

「そこの者、止まりなさい」

と兵士に止められてしまった。

「は、はい。なんでしょう?」

セリアは内心焦りが止まらなかったが、辛うじて自然な返事を返すことができた。

「その声はもしや、セリア様では?」

何故ばれるのか。そう思いつつも、表情にはおくびも出さず、

「え、えぇ。そうですが」

セリアはフードを脱いで堂々と言葉を返した。変に隠すよりはましだと判断したのだが、心臓は鳴りまくりである。

「お一人で外出ですか。護衛はどうなさったのです?」

至極もっともな質問である。

「ほ、ほんの近い所へ行って景色を楽しむだけですから、護衛は要りません」

苦し紛れの回答に、中年の、ちょび髭を生やした兵士は思いきり訝しんだ。

「怪しいですな。まぁ、仮に本当であったとしても、護衛は付けさせて頂きますよ」

その言葉に、セリアは思わず反論してしまった。

「そんな、どうして?」

「セリア様は王族なのですぞ。お一人で外出など危険すぎます」

「うっ……それは……」

当然といえば当然なので、何も言えなかった。

「さ、セリア様。私が城までお送りしましょう。門番は代わりの者に任せておきますから」

(大変なことになりました……このままではお城まで連れ戻されてしまいます……)

セリアは咄嗟に辺りを見回した。門はさっきの兵士が番の交代を交渉している。強行突破は少し難しそうだ。ならば元の道へ引き返して、一旦体勢を建て直すべきかもしれない。

「よーしっ……」

そう考えるや否や、セリアはまた職人街へ向けて走り出した。信じるは己の脚である。

「あっ、セリア様!お待ちなさい!」

交代を終えたちょび髭がセリアの逃走に気付き、慌てて追い掛けていく。

人波を掻き分けて進んで行くと、前方の警邏の兵士が状況を察したのか、道を通せんぼしてきた。

殆ど反射で、左の道を曲がろうとすると、やはり兵士がこちらに来ていた。

背後は、セリアの身長の何倍もある石レンガの城壁が聳えている。

「うぅ、万事休す、ですか……」

何だか疲れてしまったセリアは、一つ溜め息をつくと立ち止まって肩を落とした。

「さぁ、セリア様。大人しくお城へお戻り下さい!」

ちょび髭はじわじわと距離を詰めていく。

セリアは諦めた模様で、何の動きも見せない。

その様子を見て、何だ何だとざわめきながら、遠巻きに野次馬が集まる。

セリアは、なんとなく空を見上げた。

雲一つない快晴だった。

(あぁ、また、あの窮屈なお城の生活に戻ってしまうのか……)

何だか騒がしい音で、外套は目を覚ました。

まだ眠たいのか、少々乱暴に目を擦ると、はっきりとしてきた視界に人集りが映った。

「……ふむ」

一つ頷くと、勢いよくベンチから飛び上がり、同時に騒ぎの中心目掛けて駆け出した 。

(私の冒険はここで終わってしまいました……)

両手を上げ、降参の体勢を取ったとき、一陣の風がセリアの髪を揺らした。

ふと顔を上げると、突然、謎の影が目の前に現れた。というよりは、どこか高所から着地してきたのだ。

その衝撃で大地が揺れ、周りにいた野次馬たちは思わず身をよろめかす。

「え……と?」

予想だにしていない展開が来て、混乱したセリアは状況を把握することすら困難になっていた。

「おい、お前」

謎の人物は、被っていたフードを脱いで戸惑うセリアに声を掛ける。

その姿に、セリアはまたしても驚く羽目となった。

「獣の、耳……?」

中性的な顔立ちに透明な瞳、そして何より目を引くのは、長めの銀髪からのぞく狼の耳だった 。

「今はそんなことを気にしてる場合じゃないダロ。お前は、どうしたいンダ?」

苛立つ、というよりは呆れた調子で聞いてきた。

セリアは、その言葉で漸く我に帰った。

「え、えっと……私は」

少年は、相槌を打ちつつ寄ってきた兵士を蹴りで吹っ飛ばした。

「私は、この国を出たいのです!」

セリアは、必死の思いで叫んだ。形振り構ってはいられない。それに、突然現れたこの謎の少年に、その透明な瞳に、不思議と安堵を感じていたのだ。

「よく言っタ!さぁ、掴まレ!」

セリアの言葉に満足そうな笑みを浮かべると、彼女に手を差し述べた。

セリアはしっかりと少年の腕を掴むと、それを確認した少年はぐっと脚に力を込めた。

「待て!」

少年の一撃から復帰した1人の若い兵士が飛びかかってきた。と、同時に少年はセリアを抱き寄せ城壁の向こう目掛けて飛び上がった。

流石に人を抱えているからか、城壁を一っ飛びで越えることは出来なかったが、少年はそれでも諦めず、城壁を、文字通り駆け上がることで国外に広がる森の方へと落ちていった。

いずれにせよ、人外の力であることに変わりはないが。

あまりに唐突な出来事に、その場の皆が唖然としていた。

たださっき、少年に飛びかかろうとした若者の兵士だけが、すぐに我にかえって、この事件を王城に知らせに向かった。

やがて、野次馬の誰かがぼそりと呟いた。

「あっちは、アクィの森か……」

ここから、王女と少年の、奇妙な逃走劇が始まる……。

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