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からっぽ

作者: 勿忘草

 その日、僕は部屋の収納用のケースを探しに雑貨屋に立ち寄った。もともと収納をしたり掃除をしたりということが苦手な僕は、なかなか物を捨てられないのだが、アクセサリーや雑貨があまりに増えすぎてきたため心機一転整理しようと思い立った。

 そう言うと聞こえはいいのだが、実際は小物をまとめて入れておく箱が欲しかっただけでたいした決意はなかった。実際、気に入ったものがなければ買わなくてもいいと思っていたのだ。

 初めて入ったその古ぼけた雑貨屋は、雑貨屋という言葉がこれほど似合う店は無いというくらい雑多なもので埋め尽くされていた。まれに、高価なアンティークのアクセサリーなどもあったが、ほかのものは全部ガラクタ同然の品物ばかりで買う人などいるのだろうかと思うほどであった。その上値段設定がやけに高かった。小物だらけの店内の商品は大体が相場の二倍はするだろう。プレミアの付くものばかり売っているのかもしれないと思いながら、それでも頭の片隅ではどう見てもガラクタにしか見えないなという感想が消えなかった。

それでも何か無いかと小さな店を探し回ると立方体の黒い箱を見つけた。大きさはだいたい二十センチ四方くらいだろうか。全面が黒く塗装されており、箱自体は何かの金属でできているらしく少し固く、手にすると重量感もある。箱自体には何の装飾もされていないが、引き出しのような機構になっており、箱の前面に引き出すための取手がついている。その取手はシンプルな十字架になっており、そこだけシルバーで出来ているようだった。

これはいいデザインだと思いさっそく店員であろうエプロンをつけた男性に声をかけた。

「すみません。これっておいくらですか?」

 店内の商品には大体のものに値段の書かれたシールが貼り付けてあったが、これに関しては書かれていなかったのだ。

「はいはい。どちらですか?」

「この黒い箱なんですけど」

 店員は張り付いたような笑顔で僕のところまで来て、ああこれですか、これねぇ、などと呟きながら少し考えているようだった。

「もしかして売り物じゃなかったりとかします?」

「ああ、いえいえそんなことはないんですけどね。この箱はちょっと変わってまして、それでもよろしかったらお売りしますよ、ええ」

「どう変わっているんです?」

「まぁ、なんというか。この箱は常にからっぽなんですよ、ええ」

「からっぽ?」

 その店員の話によると、この箱は常に空の状態でそこにあるのだという。何を入れてもしばらくたつと空になってしまうというのである。

「中に入っていたものはどうなるんです?」

「それがわからんのですよ、ええ。まぁ私も年でして何を入れたかも忘れてしまう次第で、ええ」

 そんなことはないだろうと思った。これはただこの店員が勘違いしているだけなんだろうと思い、その箱を購入することにした。何しろデザイン自体は気に入っていたし、店員が特殊な商品だからとタダ同然の値段を提示してきたからだ。

 家に帰り早速その箱を部屋に置いてみると、なかなか重厚感があっていい。観賞用としても使えそうだなと思った。そして、店員の言葉も一応頭に置き、あまり使わないアクセサリーを入れておくことにした。なくなっても差し支えないものを一通り入れてみた。

箱を購入してからしばらく過ぎて、ふと思い出して箱を開けてみた。すると、そこには空になった箱があり、中に入れたはずのアクセサリーは欠片も残っていなかった。

箱を裏返したり、引き出しを引き抜いて中を調べたり、振ってみたりしたが、影も形もなくなっていたのだ。それどころかおかしなことに、箱に入れたものが何だったのかすら覚えていない。アクセサリーを入れたのは確かなのだが、どんなものを入れたのかはっきりしない。入れたような気になっていたものは、他のところにちゃんとあって、何がなくなったのかがわからない。

しかし、それは特に問題にはならなかった。普段生活していても偶にあることだ。ここに置いてあったはずなのに無いなんてことは僕の部屋では日常茶飯事だった。ある意味でいらないものを捨てたようなものだ。

それからしばらく僕はその箱を「使わないもの入れ」として使っていた。使わなくなった小物や、置き場の無いゲームセンターの景品や、元カノとの思い出の品など、僕の部屋には使わない小物が探してみるとたくさんあった。何かを入れても、次に何かを入れようとすると空になっているためその箱は僕にとってとても便利なものだった。

その箱が家に来てからしばらくして、友人と飲んでいるときに僕はその箱の話しをした。友人たちの反応は予想通りでまったく信用していなかった。僕としてもその箱の話は酒の肴程度に、話のネタとして振っただけだった。こんな話をシラフでしたら、それこそ頭を疑われてしまう。案の定その話はネタになり、もしそんな箱があったら何を入れるかという話になった。

「で? お前は何入れてんの?」

「今は、使わないものとかを入れてるんだけどね」

「まぁ無くなっちまうならそうだよなぁ。意外と使い道ないな、その箱」

「まぁ捨てられないけど邪魔なものってあるだろ? そういうのを入れてるかな」

「思い出の品とかか? なくなったらマズくね?」

「元カノの忘れ物とかはさぁ。捨てたくても捨てられなかったりとかするしなぁ」

「そっかそっか。まぁオレはあんま気にしないからなぁ」

 そう言って友人は腕のブレスレットを鳴らす。それは、何年か前の彼女からもらったもので、高いものだからと今でも友人は身に着けているのだ。

「それにオレはいらないものは捨てるしな」

「おまえはな。僕はちょっと無理かな、思い出とかあるし」

「あぁそう言えば、こないだ渋谷でエミちゃん見たぜ。ちょっと痩せててかわいくなったんじゃね?」

「エミかぁ。懐かしいな」

 エミは丁度一年ほど前に別れた僕の元カノだ。結局僕が振られたんだが、今まで付き合った中でも一番美人の彼女だった。こういう言い方は何かがおかしい気もするが、事実そうなのだから仕方ない。

「もしかしてエミちゃんとの思い出の品とかもあるわけ? その箱にさ」

「まぁ入れたような気もするなぁ」

「ちょっと見に行ってもいいか? その箱」

「はぁ? マジにするなよ。てかおまえには見られたくないし」

「いいじゃん。見せろよぉ。もう店でて、お前の家で飲もうぜ」

 やけにテンションの上がった友人は、店員を呼び出してすぐに会計を済ますと僕を引っ張って店を出た。春といっても夜の風は少し冷たくて、僕はジャケットの前を閉じ肩をすくめた。

「電車止まってるけど、お前の家なら歩いていけるよな」

 そういって友人は歩き出す。僕の家まではここから徒歩で二十分くらいだ。男二人で肩をすくめながら国道沿いを歩く。春の夜の冷たい風がアルコールで火照った体と酔いを急速に醒ましていく。友人は道中ずっと僕がエミと付き合っていた頃の思い出話をしていた。

 そういえば、この道をエミと一緒に歩いたこともあったっけ、二人で寄り添って手をつないで歩いたな。

 当時の記憶が酔いが醒めるのと同時に覚醒していく。そして、箱に入れたものまでだんだん思い出し家についた頃には、すべてを思い出していた。そして、僕自身も懐かしい思い出の欠片を少しだけ見直してみたいなと思っていたのだ。

「昨日掃除したばっかだから汚すなよ」

「わかってるって」

 僕はドアを開けると同時に友人に注意して、真っ暗なワンルームに足を踏み入れた。

「グシャ」

 玄関に入った瞬間に変な音がした。何かを踏み潰したような音だ。手探りで玄関の電気を探し、スイッチを入れる。

「おいおい汚すぎだろ。嘘つくなって」

「何で?」

 確かに昨日きれいに掃除したはずの部屋には、床一面に敷き詰めるように写真やら小物やらが散乱していた。泥棒かもしれないと疑ったが、それにしてはおかしい。床に敷き詰められているものを踏みながら部屋の電気をつけるとそれはすべて写真で、すべて表向きにそろえられて敷き詰めてあるのだ。

「おまえ、未練たらたらじゃん。あんま話さないほうが良かったか?」

 友人が床に敷き詰められた写真を手に取りながら言う。それはすべてエミとの思い出の写真だった。

 とりあえず二人で無言でその写真を片付け、結局飲みなおすことも無く友人は、また来るからとだけ言って帰っていった。

 部屋に散乱したものをかき集めるとちゃんと元通りになり、掃除をしたのは記憶違いじゃないことがわかった。集めてみて改めて見直しても、散乱していたのはエミに関するものばかりだった。それもすべてあの箱に入れたものだ。あの箱に入れていない写真は元の場所にあった。

それからは特に何も起きていない。僕のエミに対する思いが変わったとか、もう一度付き合いたいとか、そういったことも無い。箱も相変わらず箱のままだ。わかったことなら少しだけある。エミの一件以来僕はあの箱で実験をしてみた。必要なものを入れてみたのだ。

携帯を入れて外に出る。そして、そのまましばらくして家に帰ると、テーブルの上に携帯はおかれている。そういったことが何度かあった。

この箱は「からっぽ」になる箱なんかじゃない。僕の記憶と一緒なのだ。人の記憶、脳と一緒なのだ。記憶のように忘れているだけ。忘れてしまえばそこには無かったことになる。思い出せば存在することが許される。エミの写真に関しても、未練は無かったからあの箱から消えてしまった。でも、友人の話によって思い出したために、もう一度存在できるようになったのだ。その箱からなくなってしまったものは、もう僕にはなんだかわからない。思い出せば出てくるのだろうが、無いものを探すことはできないのだ。それが怖くなって、僕はその箱を元の雑貨屋に引き取ってもらった。

「やはり帰ってきましたか。この箱実は人気でして売れるんですが、こうして戻ってきてしまうんですよ、ええ」

「そうですか、なんとなくわかります」

「やはりからっぽになりましたでしょう」

「そうですね。からっぽになりました。でも、なんとなく見つかったものもあるような気がします」

「そうですか。それはよかったです、ええ。また、何かありましたらおいでください」

「でもちょっと僕には高いかなぁ。はは」

「でもお値段は下げられないんですよ。どれも思い入れのあるものですからね」

  こだわっているようには見えなかった。前に来たときと品揃えも変わってないし、なによりガラクタだらけなのに高いのは変わっていないのだ。僕が苦笑いをすると店員は思い出したようにああといい、笑いながら続けた。

「もちろんあなたの物はタダでお返ししますよ」


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