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 よしっ放課後!


 鞄を握る手に、いつもより力がこもった。

 ゲームスチルの記憶はしっかりしているけれど、実はこの現実世界での皐月先輩を、わたしは遠目でしか見た事ない。

 むしろほとんど記憶にない。かっこわらいが付いちゃうほど。

 彼の容姿に群がる女の子たちに気後れしつつ、遠目であの辺にいるんだなぁって別段気にしたこともなかった。

 なのに、生徒会長様が姿を現すと自分も走って見に行ってたのだから、今のわたしは別の意味で過去の自分を笑ってしまう。


 いるとしたら……とりあえず、中庭あたりかな?


 生徒会室には滅多に顔を出さない人で、中々家には帰りたがらないから、たぶんまだこの学校のどこかにいるはずと考えながら、教室を出た。

 女の子に捕まってしまったら、一緒にお出かけしちゃう事も多々あるけど、基本気分屋。

 猫みたいに気まぐれなので、群がる女生徒達に適度に餌を与えて、ふらっと寄せ付けなくなったりする。

 改めて考えるとめんどくさい男なんだけど、そんな彼に高校三年間全部はまって持ってかれたのだから、今世ではしっかりと返してもらわなくっちゃ…!


 いや返して下さい!ほんのちょっとでいいんです!

 できれば甘くお願いします!

 スチルコンプ希望なんて思ってないですから!


 なんて独りよがりな事を考えてるうちに、中庭が視界に入った。

 いくつか設置されたベンチのほとんどは空席で、部活に力を入れている我が校は一部の帰宅部を除いて、各自の部活動へと姿を消しているのだ。

 遠く離れたグラウンドからは威勢の良い声が響いている。


 ここもダメかぁ……


 はあっと大きくため息をついて、どかっとベンチに座り込んだ。

 膝を組んで、バックの中からお昼に食べ損ねたマフィンを取り出す。

 実は、このわたしには週に一度お菓子作りの日が存在する。

 週に一度というのは、お小遣いとの兼ね合いと、自分に対する勇気がないからってところかな?

 そう、このわたし、記憶を取り戻す前のわたしは週に一度、生徒会長様にお菓子を渡そうと躍起になっていたのだ…!


 うわあああ恥ずかしいっ!

 少し考えればわかるじゃんっ誕生日でもバレンタインでもないのに、手作りお菓子渡すとかありえないって!

 しかも別に仲良くもない、後輩からとか絶対受け取ってもらえないって…!! 

 変なところで前向きでポジティブな恥ずかしがりやな自分って、それどこの天然、どこの迷惑女!


 過去の自分の思考回路に、無駄に上がったテンションのまま、がぶりとマフィンを食い散らかしてやろうと大口を開けたところで、目があった。


「あ……」


 右手でお腹を押さえた、背の高い男の子。

 整った顔立ちに、切れ長の黒の目はまっすぐにこちらを向いて突っ立っていた。

 攻略対象会計書記君のお出ましである。

 同学年だから、先輩たちよりは何度も顔を合わせているから、驚きもない。


 ごほんっ


 あまりにも、じっとこちらを見つめてくるから、大口開けて止まってしまった恥ずかしさを誤魔化すために、咳払いをひとつ。

 何見てくるんだ、この野郎。


 むっと眉間に皺が寄りそうになったところで、彼の視線がわたしではなくわたしの手。

 つまりマフィンに向いているんじゃないかって事に、ふと気づいた。

 マフィンを持った手を、そのまま右に移動してみる。

 彼の視線もそれを追って動いた。

 今度は左に動かしてみると、やっぱり彼の視線はそのまま左へ。

 うん、間違いない。


 なんとなく悪戯心が働いて、わたしはそのマフィンに思い切りかじりついた。

 瞬時に、彼の顔が悲壮に変わったのは見もので、口からマフィンが飛び出すかと思ったね!

 悲嘆に暮れた顔をして、お腹を押させた書記君がふらりと歩き出そうとしたところで、わたしは鞄からもう一個のマフィンを取り出した。


「あ……」

「良かったら食べる?」


 こくこくと頷く彼の姿に、犬の耳と尻尾が見えたのはしょうがない。

 この書記君から受ける印象は、不愛想。寡黙。何を考えているかわからないの三拍子だ。

 以前のわたしも、彼の醸し出す雰囲気に、少しびくびくと彼に接していたような気がする。

 彼のクラスにいる友達に教科書を借りに行く時に、たまに見かけるくらいの接触だったけれども。


「はい、どーぞー」

「ん」


 わたしの隣に腰かけた書記君に、ぽいっとマフィンを渡すと嬉しそうに、少しだけ彼の口角が上がった。

 そういえば、こいつ甘いもの好きだったなぁと攻略本知識が浮き上がった。

 異性に対して言葉を伝えるのが苦手な書記君。

 彼の見た目に寄ってくる女の子たちは、彼との会話の成り立たなさで、すぐに離れていくんだよね。

 それを主人公ちゃんだけは、全く気にしない元気良さと天然いっぱいで彼の心を手に入れるのだ。


「オリコの作るお菓子を食べてみたかったんだ」

「……は?」


 一瞬で食べ終わり、まだ少し口をもごもごさせながら、書記君が言った言葉に頭の中が真っ白になった。

 オリコ??なんだそれは。

 そういえばお菓子に似たような名前があった気がする。言い間違えた?


「オリコって何??」

「ん?D組のお菓子を配ってるオリコって……お前だろ?」

「わたしの名前かー!」


 思わず叫んで、がっくりと項垂れた。

 流石に毎週お菓子を焼いてきて、渡せずに自分でひたすら食べるわけにもいかず、友達に配りまくってたら、その子達から他の人達にも渡る時が多々ある。

 周囲からお菓子作りが好きな女子として自分が知られているのは、廊下を歩いてる時によく「ごちそうさまー」と声をかけられる事から、わかっていたけれど……

 甘いもの好きの彼が気を留めてくれてるくらいに自分が有名だったとは知らなかった。

 名前間違って覚えられてるなんて、ちょっと遠い目になりそうだけど……とほ。


「わたしオリコじゃなくて、織戸だよ。お・り・と」


 言いながら、ほれっと二個目のマフィンを渡すと嬉しそうに口に頬張る。

 ついでに水筒を取り出して、残っていたお茶を差し出すと、二個目も一瞬で食べ終えた彼はごくごくとそれを飲みほした。


「もうないよー」

「あ、ああそうか…その、悪かったな」

「いえいえ、お役に立てて何よりですよ」


 お昼休みに果敢にも会長様に渡そうと走って、勿論渡せなかった代物が、書記君の空腹を満たす役にたったんだから、まあ良し。

 きゅっと水筒に蓋をして鞄に詰め込んだ。


「そいえば、皐月先輩って見た?」

「……皐月って、あの皐月か?」

「うんうん、その皐月先輩」

「今日は見てない」

「そっかー」


 もしかして、今日は不登校デーだったのか。残念。

 しょうがないこんな日もある。

 ゲームでだって、出会いイベントをなかなか起こせない時だってあったのだから。


「よしっかーえろ。書記君はこれから生徒会?」

「……書記君ってなんだ」

「あ、しまった。湯築君」


 つい役職で呼んでしまって、笑って誤魔化しながら言い直す。


「なぁ…またオレも食べていいか?」

「うん、いいよ。材料くれるならワンホールケーキもいけますぜ」


 じゃあねっと手を振って帰路につくわたしに、後ろから声がかかる。


「またなっオリコ!」

「……今度オリコって呼んだら、わたしもユズコって呼ぶからね!」


 わたしの話、聞いてなかったのか!このやろう!

 そんなわたしのお怒りに書記君は気づくこともなく、なんでだ?と疑問に首を傾げながら、わたしに手を振り返してきた。

 イケメンだったら何でも許されると思うんじゃないぞ。









 数日後、好奇の視線が集まる休み時間。

 どさっと、これでもかとケーキ材料が詰められた袋が、彼女の机の上に置かれるなんて。

 滅多に異性と関わろうとしない書記の餌付けに成功していたなんて、彼女はまだ知らない。





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