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1 出会いイベント

「お前、俺の事好きだろ」


 嘲るように言われた瞬間、わたしはこれが自分が生前はまっていた乙女ゲームのワンシーンだという事に気付いた。

 一気に押し寄せてきた膨大な記憶に眩暈を覚えて、思わず蹲る。

 ぼやけた視界の端に映る、二年生のカラーをまとった上履きが、きゅっと小さな音をたてて動いた。


「はっ、大げさ過ぎるだろ」


 どうやら男はわたしが彼の言葉に驚いて蹲ったと思ったらしい。

 記憶の確認も含めて上げた視線に美形な俺様会長様が映る。

 ああ、確かにこの顔だ。

 艶やかな黒髪に、すらりとした長身、俺様な性格が許される自信にあふれた美麗な顔立ち。

 オタク仲間の友人がキャーキャー騒いでいた人物である。

 今まさしく、見下ろされているこの角度なんてドMな彼女にとっては涎ものだろう。

 ぐっと足に力を入れて立ち上がった。

 まだ記憶が整理仕切れなくてふらついたわたしの腕に、会長様が手を伸ばして支えてくれた。

 こういうどんな相手に対しても気遣いを忘れないから、俺様なのにお人よしで女に人気があるのだ。


「ありがとうございます」


 身を引いて、腕を解いてもらってから軽く頭を下げた。

 先ほどまでの自分だったら、顔を赤くしている事だろう。

 何も知らなかった今までのわたしは確かに、この目の前の男に対して淡い恋心のような憧れを抱いていたのだから。


「会長のおかげで目が覚めました」


 言葉にするなら本当にそれだった。

 わたしの言葉の真意をはかるように軽く眉を寄せた男に、もう一度頭を下げて踵を返す。


 だってわたしにはやらなければならない事があるから……


 この膨大な量の記憶の整理とか、そんなんじゃない。

 自分がヒロインなのか、サポートキャラなのかとか自分の存在意義を確かめるよりも、もっと単純で明快。


 生徒会会計、たらし先輩、皐月刹那(こうづきせつな)先輩に会わなければっ……!!!


 いわゆる前世のわたしの一押しキャラ、はまりにはまりすぎて貴重な学生時代、一番輝く青春時代を彼に染められて過ごしたわたしは大人になってから、若気の至り、黒歴史だったと遠い目をしたものだ。

 でも今は違う。

 会おうと思えば確実に会える。

 この現実に、彼は存在しているのだから。


 これが会わずにおられますかっていうね!


 ひたむきに会長様に憧れていたわたしはもういない。

 清々しい気分で前を向き歩き出したわたしの後方で、なんとも言えない顔で茫然と立ち尽くす会長様が『なんなんだあいつ』と呟いたことは、とりあえず忘れてしまおう。

 少しだけ振り返って、わたしにもう一度青春というものを取り戻すきっかけとなった彼を見る。

 友達がはまっていただけあって、わたしも一度は彼を攻略し、彼の様々なイベントとスチルには悶絶させられた。

 思わず郷愁にも似た笑みがこぼれてしまったのはしょうがない。


「…っ」








「残念、さすがにいきなりは会えないか」


 会長様と別れて、最初に向かったのは屋上だった。

 昼休みのこの時間、高確率で誰もいない屋上に行くと会計様に会えるのだけれど、どうやら今日は違う場所のようだ。

 誰もいない屋上の壁に背を預け座り込むと、ため息をついた。

 晴天の今日は風が気持ちよくて、お昼寝にはもってこいなのに。

 制服のポケットから取り出したスマホにイヤホンを差して、耳につける。

 流れてきた音楽が、この乙女ゲームの世界のオープニングテーマ曲だったことに、思わず吹き出してしまったのはしょうがない。

 少し前までのわたしがお気に入りとして聞いていた曲が、まさかそんな意味があったなんて思わなかった。

 耳から流れ込んでくる音楽に鼻歌を交えながら目を閉じた。

 すごく気分がいい。

 生まれ変わった気分だ。

 いや、確かに生まれ変わったのだけれど。

 どうせなら横になってしまえと、コンクリートの床に寝転ぶ。

 前世も今もこんなふうにお昼休みに屋上で横になるなんてした事のなかったわたしには新鮮だ。

 会計様がここに現れるのは、ファンクラブや親衛隊の皆さんの相手に疲れて隠れるためなのだけれど、意外にこのお昼寝にはまっているからなんじゃないかって思ったりしてみる。


 うん、だって本当このまま本気で寝ちゃいそうなほど気持ちいい……


 耳から流れる音楽が、会計様のキャラソン――この世界では某アイドルの曲という事になっている――に移り変わった時、思わず口のはしがにやけてしまったのはしょうがない。





「あれぇ先客がいるー」

「ねえねえパンツ見えそうだけどいいの?」

「んーイヤホンしてるし聞こえないか」

「それにしても俺の特等席なのに、気持ちよく寝てるよねぇ」


 少しだけ微笑みをにじませた少女の寝顔を見つめていたら、自分も眠気を覚えて、欠伸をしながら彼は立ち上がった。

 チャリッと腰に下げたウォレットチェーンの音ともに、屋上の扉を開け階段を降りる。

 どこで寝ようかなと考えながら、彼はもう一度出ようとする欠伸をかみ殺した。


「一緒に寝ちゃえば良かったかなぁ……」






 貴重な出会いイベントを逃したとも知らず、彼女は耳から聞える音楽と頬をなでる風に気持ちよさそうに小さく笑った。



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