告白
「それでねー、ジンってばまた調子に乗って一人で突っ走っちゃって、危うく死んじゃうところだったんだよ?」
「あいつは目立ちたがり屋だからな」
アジトへと続く道、俺はアリアとの会話に興じながら、周囲に意識を巡らせていた。
やはり、つけられている。
辺りには既に、人の気配はない。それなのに、先ほどから数回、刹那とも呼べる速さで、視線が向けられたのを察知した。
この気配の消し方といい、少なくとも素人ではない。いや、それどころか追跡においてはかなりの手練れだ。アリアだけなら恐らく、気付かなかっただろう。ジンやサザについてもそれは同じだろうし、親方でさえも気付けたかどうか定かではない。そのレベルだ。
ここまでついて来たということは、アジトの場所を突き止める気か? いや、人気が少なくなったのを見計らって俺たちを葬りに来た暗殺者やエージェントも可能性もある。
何にしても、このままのこのことアジトへ行くわけにもいかない。ここで、決着をつけなければ。
気がかりなのは、アリアだ。アジトにいることが多いとはいえ、アリアは訓練も積んでいるし、実戦経験もある一人前の戦士だ。並の相手なら圧倒することも可能だし、格上の相手にだって防御に徹すればそれ相応の時間は稼げる。一瞬でも相手の攻撃を防いでくれさえすれば、俺がその隙に相手の首をとる。それで、片が付く。
しかし、万が一。
万が一相手が俺の想像を絶するほどの実力者で、まずアリアを殺しにかかったとしたら。アリアがそれを受けきれる保証はどこにもない。
それだけは、避けなければいけない。
アリアは、アリアだけは、救わなくてはならない。暗殺者の毒牙にかけては絶対にならない。
どうする。
「ねぇ、クロルくん聞いてるー?」
覗き込んできたアリアと視線が交錯する。その目には、すでに覚悟が宿っていた。
(何か、あるんだね? もしかして誰かにつけられてる?)
目の動きだけで意思を伝えてくる。どうやら俺の動揺が伝わっていたらしい。
アリアが気付いているということは、俺の動揺は相手にも伝わっているだろう。どうやら、覚悟を決めるしかないようだ。
俺は目の動きでアリアに戦闘時には防御に徹するよう指示し、間もなく足を止めた。同時にアリアも足を止め、辺りを静寂が支配する。
相変わらず、気配は感じない。こちらの出方を窺っているのだろうか。こちらの集中が切れるのを待っているのだとしたら、俺たちに残された時間はそう長くない。
俺は全身の神経を辺りに張り巡らせてから、意を決して声を張り上げた。
「誰だ!」
しかし、数秒の間を置いても、相手が答えることはなかった。それどころかこの大声にすらも、意識を向けることはなかったようだ。相手は本当に、ただものじゃないらしい。
答える気はない、か。
どうやらこちらから仕掛けるしかないらしい。しかし相手がいる場所も、方角すらもまるで掴めていない。現状は、圧倒的にこちら側の劣勢だ。
俺は何とか打開策を見出そうと、言葉を続けた。
「敵、と見なしていいんだな? これから俺はお前に攻撃を仕掛ける。隠れられていると思っているようだが、俺にはお前がすでに見えている。俺は次の攻撃で、お前の首を容赦なく跳ねるぞ」
ハッタリだ。相手は俺が相手を捉えきれていないことくらいわかっているだろう。こんな言葉で、相手を動揺させられるわけが――。
そこまで思考したところで、斜め前方にあった茂みが揺れ、そこから人影が現れた。
あれは――。
「女?」
恐る恐るというように俺たちの前に姿を現したのは、丁度俺たちと同じ年くらいの少女だった。
目を焼くような灼髪と、透き通るような白い肌にまず目を引きつけられた。ついで、赤く染まった唇が引き結ばれていることと、大きな金色の瞳でこちらを睨みつけていることを確認する。
何者だろうか。
同じ年くらいの少女ということで若干警戒レベルを引き下げた俺は、その金色の瞳を強く見つめ返し、問うた。
「お前、何者だ。何の目的で、俺たちの後をつけていた」
その言葉を聞いた瞬間、灼髪の少女は泣きそうに顔を歪めて数秒俯いた後、変わらず困惑を極めた表情で、その形のいい小さな唇を動かした。
「ずっと、好きでした」
「は?」
頭の片隅にもなかったその言葉に、俺は思わずまぬけな声を漏らした。
好き? 何だ? 何かの暗号か?
いや、聞き間違いかもしれないもう一度――。
しかし俺の思考は、そこで完全に停止してしまう。
次に発せられた、彼女の言葉によって。
「ずっとずっとファンだったんです。あなたのことが、大好きです!」