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嘘吐き少女と、盲信少年  作者: 嘘吐 真
第一章 盲信少年
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義賊・シャーレイン

「おぉう、クロルとアリアじゃねーか」

 俯いて悩み続けているアリアに声をかけようとしたところで、背後から野太い声が響いた。

 振り向くと、巨大な岩のような体躯の大男が、その太い腕を豪快に振り上げていた。

「親方じゃないですか、どうしてこんなところに」

「ここのところアジトに籠りっぱなしだったからな。外の空気を吸いに、散歩ってところよ。二人はなんだ、買い出しか?」

「はい、夕飯の買い出しに来ました。あ、そうだ親方。少しの間、クロルくんを見ていてくれませんか?」

「ん? それくらい、お安い御用だが」

「あ、じゃあお願いしますっ」

 アリアはそう言って俺を親方に押し付けると、下着屋のある方角に向かって走り去ってしまった。

「何をあんなに急いでるんだ? あいつは」

「さぁ。女の子には色々あるんじゃないでしょうか」

 アリアの名誉のためにも、理由はあえてふせておいた。この親方はデリカシーなんてものを欠片ほど持ち合わせていないから、万が一漏らしてしまえば、アジト中に触れて回るだろう。そうなったらアリアは恥ずかしさで死んでしまうかもしれないし、俺の信用も地に落ちるだろう。それは何としてでも避けなければならない。

「ふぅん、そんなもんかねぇ。それにしてもクロル、お前と二人きりというのは、久しぶりだな」

「そういえば、そうですね」

 つい先日任務から帰ってきた俺は、アリアやサザ、他の皆と共に親方と対面することはあっても、こうして二人の時間を持つ機会はなかった。

 俺は度々任務で各地を飛び回っていたし、親方も親方でアジトを空けることも少なくなかったので、言われてみれば数か月ぶりの対峙だ。そう思うと、少し緊張する。

 義賊「シャーレイン」の長を務める、イム・ファング。それが親方の名前だ。

 義賊と呼ばれることを親方は嫌っているが、このバザー街の人や、俺たちのことを知っている人たちは皆俺たちのことを義賊と呼ぶ。

 俺たちシャーレインは海賊や山賊、空賊といった無法者を相手に略奪を行っている。奪ったものを貧しい人間に分け与えることはせず、全てシャーレインの取り分として確保してしまうので、厳密には義賊とは呼べないが、俺たちは悪名高い組織を標的にし、その多くにおいてその組織を壊滅させていたりするので、民衆からは一定の支持を受けている。

 もちろん俺たちも無法者なので眉を顰める人間も少なくはないけど、シャーレインのことをよく知っている人たちは、大体の場合において俺たちに友好的だ。

 その理由の一つというのが、シャーレインを支える構成員だった。

「さっきアリアとも話していたんですが、俺がシャーレインに来て、そろそろ三年が経ちますよね。なんだか、あっという間でした。あの時の御恩は、忘れません」

「なんだよ暑苦しいな、こんな天気だってのによ。二人きりになったからって、そんな込み入った話をする必要はねーんだぞ? 美味い酒の話とか、惚れた女の話とか、そんなんでいいじゃねーか。楽しくいこうぜ、一度しかない人生なんだからよ」

「いや、こうしてバザー街をのんびり眺めている自分が不思議で。あの時親方に拾われていなかったらどうなっていたんだろうと思うと、もう親方には感謝の言葉しか見つからなくて」

「えぇい、面倒くさいやつだな。俺は死にそうなガキを見なかったことに出来るほど強い人間じゃねぇ、それだけのことだ。俺に感謝してる暇があったら、おもしろい冗談の一つでも言えるよう、練習しておけ」

 親方はそう言うと、顔を顰めてそっぽを向いてしまった。

 行く当てもなく、彷徨い続けていた俺を拾ってくれた親方。

 それは、親方にとって日常的な出来事だった。シャーレインの構成員は皆、元孤児だ。親に捨てられたり亡くしたりして、引き取り手もなく、働く当てもなく、路上でただ命が尽きるのを待つだけの子ども。シャーレインの人間は皆、そのような過去を抱えている。

 アリアも、サザも、ジンも、皆。

 そんな孤児たちを拾い上げては、飯をやり服を着せ、戦闘の訓練を積ませて生きる術を身に着けさせる。親方は、ずっとそんなことをやってきたらしい。

 穀潰しをいつまでもそのままにしておくわけにはいかねぇ、という親方だけど、それが照れ隠しであることは皆知っている。もしもシャーレインが壊滅しても一人で生きていけるよう、訓練や任務をこなさせることで、その能力を養っているのだ。

 親方は誰よりも優しい。これもまた、構成員全員の共通認識だと思う。

 そんな優しい親方に俺が何か恩返しが出来ているとすれば、俺の戦闘能力だろう。

 命を繋ぐことに徹してきた俺の戦闘技術は、親方という指導者を迎えることによって、飛躍的に上達した。シャーレインに来て一年が経つ頃には既に仲間の皆を一対一で圧倒することも可能になり、親方にも引けをとらないようになっていた。

 その後一年の任務を通して俺の名前は世界的にも広まり、クロルのいるシャーレインにだけは手を出すな、そんな風にも言われていたりするらしい。

 組織の方針上、どうしても敵を作ることが多かったシャーレインとしては、これには随分助かったとか。自分の強さになどまるで興味がないのであまり実感はないが、親方の力に少しでも慣れているのなら、それで満足だった。

 シャーレインも最近は本当に平和だし、これ以上何も望むものはなかった。

「ただいまー、お待たせ……ってあれ? なんだか空気が重いような……」

「なんでもねーよ。クロルの惚れた女の話をしようとしたら、照れて黙っちまっただけだ」

「ちょっと、親方何言って――」

「へー、クロルくん好きな女の子がいるんだ? えー、だれだれ? 任務先で出会った子? 教えてよー」

 親方の言葉を真に受けたアリアが、悪戯な笑みを浮かべて迫ってくる。

「そ、そんな話はしてないって。親方の嘘だ」

 いくら信じることしか出来ない俺だと言っても、今話してきた内容を根こそぎ否定するような言葉を信じることは出来ない。当たり前だ。

「そう? なら、いいんだけど。もう、親方もまたクロルくんをからかって」

「悪い悪い、クロルは真面目だからこうでもしてやらねーと殻を作っちまうからな。親心ってやつよ」

「ほらまた、すぐにそうやって聞こえのいい言い方をする。むやみやたらとクロルくんをいじめないでください。まったく……。あ、それで、親方はこの後どうします? 私たちは用事も済んだので、これからアジトに戻るつもりですけど」

「そうか、俺はもう少しこの街の空気を楽しんでから帰るわ。久々に会うやつもたくさんいるしよ。先帰って、晩飯の用意をしててくれ」

 親方はそう言い残し、大きな体を左右に揺らしながら去っていった。

「それじゃ帰ろっか、クロルくん」

「ああ」

 アリアが笑顔で左手を差し出したので、俺は照れ臭いやら、嬉しいやら色んな気持ちを抱え込みながら、その手に俺の右手を絡めた。

 幸せだ。こんな日々がずっと――。

「ん……?」

 視線? 今わずかにだが、俺に向けられた視線があったような。

「どしたの? 何かあった?」

「いや……」

 気のせいだろうか。今はもう、どれだけ神経を張り巡らせても、俺に向けられた視線は感じられない。

 まぁ、これだけたくさんの人がいるのだ。中には俺のことを知っている人がいて、俺に一瞬意識を向ける人間がいても不思議じゃない。気にすることもないか。

「なんでもない、帰ろう」

「うんっ」

 俺は繋いだ手を先ほどよりも少しだけ強く握り、バザー街を後にした。


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