大切なモノ
「ふぅむ、今日も魅力的な食材が並んでいますなぁ……。あぁ、どうしよう、あのお野菜はこの辺りでは採れない珍しいお野菜だし、でもでも、あっちのお魚は今が旬でとってもおいしそうだし、でもその二つは一緒にしちゃうとおいしくないし……、あぁもうどうしよう」
アリアは両手に広がる店の数々を見つめながら、感嘆だとか、苦悩だとか、様々な種類のため息を吐き出していた。
ここは、俺たちが行動の拠点にしているアジトから一番近くにあるバザー街だ。首都から離れた辺境の街だけれど、活気は首都のそれに負けないものがある。皆、生きることが幸福でたまらないと言うように、胸を張って歩いている。
俺はたまに訪れるこの街の雰囲気が好きだ。なんだかこちらまで元気が漲ってくる。
「うぅん、やっぱり気に入った食材から献立を決めるのは優柔不断の私には難しいなぁ。よし、今日はクリームシチューにしよう。それでいいかな? クロルくん」
はぐれないようにと繋いだ手に少しだけ力がこめられ、アリアが覗き込むように俺を見つめる。この子は人怖じしないのか、会話する際にはしっかりと相手の目を見つめてくるんだけど、俺は気恥ずかしさとか、そういった理由ですぐに目を逸らしてしまう。他の人間ならまだなんとか耐えられるのだが、アリア相手となると、心臓が暴れ出してしまう。
アリアはもう少し、自分の可愛さを自覚するべきだと思う。
肩口でサラサラと流れる黒髪に、新雪を一粒一粒丁寧に敷き詰めたようなきめ細かな白い肌。輪郭は少し丸みを帯びていて、真丸くて大きな目と相まって、無邪気な子供のような愛らしさを醸し出している。
体も小さく、それに比例してその、なんだ、胸もまるで成長していないんだけど、そこもまた可憐で、守りたくてしかたなくなってしまう。
脳内でそんな風に鼻の下を伸ばしながらも、現実の俺はアリアから少し視線を外しながら答えを返す。
「それで、いいと思う。クリームシチューはサザの大好物だし、体も温まるからな。言われてみればなんだか俺も無性に食べたくなってきた。うん、いいと思う、クリームシチュー」
「そう? えへへ。じゃ、クリームシチューで決まりだね。えぇと、そうなると必要なのはお肉と牛乳と……あぁ、お魚も入れてもいいなぁ」
とろけそうな表情を浮かべながら、店先に並べられた食材を物色していくアリア。
幸せだな、と思う。
こうしてアリアと何気ない時間を過ごしているだけで、何にも代えがたい幸福感が胸を満たしていく。
そう、今の俺はもう、信じる幸せに縋っていた俺じゃない。ちゃんと守りたいものがあって、裏切られたくない人たちがいる。
大切な人が、いる。
「こんなものかな……。あ、そうだ、もう一つ買うものがあったんだった。えっと……、どうしよっかな」
クリームシチューに必要な材料をひと通り買い終えたアリアが、しきりに俺の様子を窺いながら、そんなことを呟いた。
「ん、どうした? 何か買うべきものがあるなら買えばいいと思うぞ。俺たちの生活の管理はほとんどアリアがしているんだし、アリアが必要だと判断したなら買ってもいいと思う」
「え、えと、そうじゃなくて……」
どうしたのだろう。アリアは大人しそうな雰囲気をまとっているものの、自分の主張はちゃんと通すし、言うべきことは相手の言葉を遮ってでも言う子なのに。
アリアの真意が掴めず、俺が黙ったままアリアの顎のあたりを見つめていると、彼女は突然俯いた。何故か、耳が赤く染まっている。
「そ、その、下着を……」
聞いた瞬間、慌てて顔を背けてしまった。ついでに、繋いでいた手をさりげなく解く。
「し、下着、そうか、下着か。それは困ったな」
「う、うん……」
アリアが俯いたまま、ぼそぼそと呟く。
食材や日用品の買い出しは、ほとんどの場合アリアが行う。そしてそのほとんどの場合に置いて、俺が付き添うことになっている。目的はもちろん、護衛だ。
アリアが言いたいのは、その護衛を下着屋に連れて行きたくないということだろう。当たり前だ、そんなの俺だって嫌だ。……気にならないと言えば、嘘になってしまうが。
このバザー街は比較的治安が良く、下着を買いに行く間くらい、アリアを単独で行動させても問題はないだろう。近くで待機していれば、もし何かあっても駆け付けることが出来るわけだし。
ただ、問題なのは俺のほうなのだ。こんな人の多いところで俺を一人で放置なんてしておいたら、誰に何を吹き込まれるかわからない。無論、人気のないところで待機するつもりではあるが、それでも通りすがりに何か言われたら防ぐ術がない。
俺は俺で、アリアに護衛されている身であるとも言えるのだ。
だからここは、慎重に考えなければならない。やはり恥を捨てて、一緒に下着屋へ向かうのが最善か――。