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嘘吐き少女と、盲信少年  作者: 嘘吐 真
第一章 盲信少年
3/6

生きるということ

 俺は、信じることしか出来ない。

 先ほどのサザとジンがついたような、荒唐無稽の嘘だったとしても、俺はそれを疑うことが出来ないのだ。どんなに信じがたいことでも、それを言葉にして伝えられたら、俺は鵜呑みにするほかない。その言葉を、額面通りに受け止めることしか出来ない。

 信じることしか出来ない、疑うことが出来ない。それが、俺という人間だった。

 いや、違うか。

 俺は捨てたのだ。疑うということを。

 全てを失った、あの日に。

「君は、信じることしか出来なくなった」

 その言葉だけを残して、黒コートの男は再び闇に解けて消えてしまった。しばらく辺りを見回したが、その姿を見つけることはついに出来なかった。

 奴が一体何者なのか、どんな目的であの場に現れ、俺にあんなことをしたのか。わからないことばかりだったが、一つだけ確信できることがあった。

 俺は、信じることしか出来なくなった。

 どうして確信出来たのか、と問われればそんなものは言うまでもない、あの男がそう言っていたからだ。

 何の根拠もない、それらしい理屈もない、ましてや発言したのはあの得体の知れない男だと言うのに、俺はあの言葉を紛れもない真実だと信じてやまなかった。そしてそれこそが、俺が信じることしか出来なくなったという何よりの証拠だった。

 その日から、俺の生活は激変した。

 いや、違うな。あの人たちと生活を共にする前の荒んだ、騙され、裏切られの生活に戻った、というほうが正しいだろう。

 自分でも、今こうして呼吸をしていられるのが不思議なくらい、すさまじい日々だったと思う。当たり前だ、疑うという自衛方法を放棄した俺が、息をするように嘘を吐き出す裏世界の住人を相手取って、無事で済むわけがない。

 俺は数えきれないほど、裏切られ、見捨てられ、嘘をつかれ続けてきた。

 けれど、それでも俺は決して絶望することはなかった。裏切られ、どれだけひどい目にあっても、俺はまたすぐに人を信じることが出来る。俺はお前を裏切らないと言われれば、俺は温かな気持ちでそれを受け入れられる。裏切られるたび目の前が真っ暗になるほどの痛みを抱いたが、それは次の人間への信頼であっという間に塗り替えられていく。

 そんな、繰り返しだった。

 俺はある理由によって、常人の倍以上の戦闘能力をもっており、どれだけ窮地に立たされても、なんとか命を繋ぐことは出来ていた。

 だから俺は、自分の人生に満足しながら生きていた。

 だってもう、疑わなくて済むのだ。この人は俺のことを裏切るだろうかとか、この人は俺のことをどう思っているのだろうとか、そんなことを考える必要がないのだ。相手が裏切らないと、俺のことを大切だと言ってくれれば、俺はそれを鵜呑みに出来る。それはとても幸せなことだった。

 少なくとも、明日も人を信じることが出来るという希望を生きる意味に据えるくらいには、俺は幸せだった。

 そんな日々に甘心していた、十三歳の時だった。

「えぇと、結局今日の晩御飯はどうしよっか?」

 俺の隣で小首を傾げるアリア、サザやジン、そして親方と出会ったのは。

「ん、アリアの食べたいものでいいんじゃないか? 俺も今は取り立てて食べたいものもないし」

 俺がそう言うと、アリアはその丸い目をさらに真ん丸にして、こちらを見つめた。

「え、えぇ? クロルくんさっきから何か難しい顔をして考え事してたから、てっきり献立を考えてくれてるのかと思ってたよ」

「俺はそこまで食いしん坊じゃないぞ。その、なんだ、親方に拾ってもらった時のことを思い出していたんだ」

「あぁ、そっか。そろそろクロルくんがここに来て丸々三年になるもんね。あの日もこんな、雪のちらつく寒い日だったなぁ」

 街へと続く細い道を歩きながら、アリアは自分の吐き出した息が白く色づくのを、感慨深げに眺める。

「正直言っちゃうと、あの頃のクロルくん、ちょっとだけ怖かったんだ。だって服とか血だらけだったし、目つきもすごく悪かったんだもん」

「あの頃は、仕方なかったんだよ。敵は排除しなきゃ生きていけなかったし、俺に言葉をかけてくるまでは、誰もが敵だと思っていたし」

「おっかないなぁ」

 そう言うアリアの表情は、けれどなんだか楽しそうで、つられて俺も頬が緩む。

 アリアたちと出会う直前の俺は、なんというか、自分の生き方というものを完成させていた。

 信じることしか出来なくなったとは言っても、嘘とか裏切りとか、そういったものの存在を受け入れられなくなったわけじゃない。そういうものがあるということはちゃんと理解しているし、俺がこれまでに幾度となく裏切られてきたことも、知っている。

 俺のこの特性にはどうやらいくつかルールがあるらしく、それもそのうちの一つだった。

 つまり上書き。

 矛盾する事実を突きつけられた時俺は、より後に提示された事実を受け入れる。例えば先ほどのジンとサザの嘘も、アリアが後から世界は滅亡しないときちんと断言してくれたから、今現在あの嘘を信じていない状態でいられるのだ。世界は滅亡しないと、上書きしてくれたから。

 裏切りや嘘についても、同じだ。相手がどれだけ俺は本当のことを言っているとか、俺はお前を裏切らないとか言ったところで、それを否定せざるを得ない場面に遭遇してしまえば、その事実もまた、上書きされる。

 加えて、俺のこの性質は言葉より事実を優先するらしい。例えば、アリアが今日は快晴だったと言ったところで、俺は今朝からずっと雪が降っていたことを知っているので、それもまた、嘘だと判断することが出来る。

 簡単に言ってしまえば、裏切られたら裏切られたとわかるのだ。

 こんな俺だって。

 信じることしか出来ない人間というのがどれだけ扱いやすいか、どんな風に使われるか、他人が俺のことをどう見ているか、それくらい、知っていた。

 でも俺はその上で、信じることをやめなかった。人の言葉に耳を傾けることをやめようとは、少しも思わなかった。

 だってそれが。それだけが、俺の生きる意味だったから。

 俺を生かしてくれる、希望だったから。

 俺にとって全ての人間は必ず俺を裏切る敵で、同時に俺に信じるという幸福を与えてくれる、救世主だった。

 裏切られるという結果にはもう、興味がなかった。俺にとって信じるということはつまり、食事をとることと一緒だった。

 そんな、ある日だった。

 俺の人生が変わったのは。


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