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嘘吐き少女と、盲信少年  作者: 嘘吐 真
第一章 盲信少年
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盲信少年

「おい! 明日世界が滅亡するらしいぜ!」

 自室に向かう通路の途中で、背後から大きな声が飛んできた。

「どうするよ、明日だぜ? やべぇ、死にたくねえよおおおおお!」

「落ち着け、ジン。慌てたって、絶望したって、何も変わらないんだ。俺たちは明日、死ぬ。誰もが平等に、死ぬ。だったら今日の内に、やりたいことをやっておくべきじゃないか? なぁ、クロル」

 振り返ると、長身痩躯の青年と、それよりかは少しばかり背の低い、筋肉質の青年が揃って逼迫した表情で俺を見つめていた。

「……その情報はもう皆に伝わっているのか? まだなら一刻も早く皆に伝えないと。俺は親方の元に急ぐ。あの人なら何か対策が打てるかもしれない。サザ、ジン、お前らは――」

 指示を振ろうとしていた俺を、サザが手のひらを突き出し制止する。

「お前も落ち着けって、クロル。もう親方や、他の皆には伝えたよ。お前だけはなかなか見つからなかったんで、最後になっちまった。なぁクロル、さっきも言ったように今日が人類最後、人生最後の一日だ。親方ももう、お手上げだと言っていた。だからよ、せめて少しでも悔いが残らないように、やりたいことをやるべきじゃないか? そのほら、惚れた女に思いを打ち明けるとかよ」

 先ほどの鬼気迫る表情はどこへ消えたのか、いつものヘラヘラとした笑みを浮かべながら、サザが俺の肩に腕をかける。

「そうだぜぇ? そりゃ、生き延びれるならそれに越したことはないけどよ、明日世界は滅んじまうんだ、それは確定事項なんだ。だったら、やることは決まってるよなぁ?」

 こちらも、ニタニタとした表情を張り付けて、ジンがその太い腕を俺の首に絡ませる。

「明日、世界が終わる……」

 そうか、終わってしまうのか。明日の今頃には、この世界もこの場所も、親方も、サザやジンも、全て消えてしまう。もちろん、あいつも。

 世界の滅亡。

 突然舞い込んだその情報はあまりにも衝撃的過ぎて、俺から思考する力を根こそぎ奪っていった。何が原因でとか、世界の動きはとか、そんな疑問が浮かんではたちまちに消えていく。

 いや、そんなことどうだっていいか。終わってしまうのなら、同じだ。

 怖い、とは思わなかった。今まで幾度となく死線を潜り抜けてきたし、誇張なく死の縁に立ったことも数えきれないほどある。だからほんの少しも、怖いとは思わなかった。

 けれど、悲しいとは思った。

 俺がいて、ジンやサザがいて、親方がいて、あいつがいる。そして毎日を笑って過ごすことが出来る。それがどうしようもなく幸せで、そんな日々が、皆が、俺にとってかけがえのないものだった。ずっとこんな日々が続けばいいと願っていた。

 でもそんな日々も、明日で終わる。

 だとしたら。

 サザやジンの言う通り、俺にはしなければならないことがあるのかもしれない。いや、しなければならないとかじゃない、俺にはしたいことがある。

 この思いを、あいつに伝えたい。

「そうだな、俺は――」

「あ、いたいた、皆。探してたんだよ、どうしたの、こんなところで」

 思い浮かべていた声がすぐ側から聞こえてきて、俺は肩を跳ね上げる。同時に、何故か両隣の二人も同じように体を揺らした。

「あ、アリア?! ど、どうしてここに……」

「え? 今日の夕食を決めようと思って、皆に希望を聞きに来たんだけど……。ん? その焦り様、ジン、サザ、あなたたちもしかして――」

「な、何もしてねぇよ俺たちは! なぁ、ジン?」

「お、おうともよ。俺たちはただ、日々悔いのないように生きていかなきゃならねーなって話をしてただけで……。うん、その話も終わったことだし、部屋に戻ろうぜ、サザ」

「あ、あぁ。アリア、夕食は何でもかまわないから、クロルと適当に決めてくれ」

「あ、ちょっと――」

 アリアが呼び止めようとするその前に、二人は大慌てで視界から消えてしまった。

 あの二人は、どうしてあんなにも動揺していたのだろう。

 心の中で首を傾げながら、呆然と二人が消えた方向を見つめていると、アリアから視線が注がれているのを感じた。

「ど、どうした」

「えーっと、あの二人から何か言われた?」

 アリアはその大きな目で俺の目を見つめながら、小首を傾げる。アリアは俺の肩くらいまでの背丈しかないので、なんだか覗き込まれているような格好になる。その動作がなんとも可愛らしくて、トクンと心臓が音をたてる。

「そ、そうだった。どうやら明日、世界が滅亡するらしいな? その、だな。俺は世界が滅びる前にどうしてもやっておきたいことが――」

「はーーっ」

 しどろもどろになりながら紡いでいた言葉は、アリアの大きなため息の音によってかき消されてしまった。

 アリアは何故だか項垂れてしまっていて、肩口で切りそろえられたつややかな黒髪が、サラサラと揺れている。

「あの二人、そんなこと言ったの?」

「あぁ。そんな事態が起きていたというのに、俺ときたらのんびり散歩に興じていたというんだからな。すまないな、情けなく思う」

「それ、嘘だよ」

「何?」

 問い返すと、アリアはもう一度大きくため息をついてから、顔をあげた。

「世界滅亡なんてそんな突拍子もないこと、起こらないよ。明日、世界は滅びない。いつもの、あの二人がクロルくんをからかうためについた、嘘だよ」

「……なるほど、そういうことか」

 アリアの言葉を反芻しながら、先ほどのサザたちの様子を思い返す。

 俺はまた、嘘をつかれていたんだな。

 得心がいった。そういうことなら、明日世界が滅亡するというのに、妙に余裕を持っていたことや、わざとらしくやるべきことやるべきこと、と連呼していたことにも説明がつく。あいつらは俺に嘘をついて、告白させようとしたのだ。

 今、俺の隣にいる、アリアに。

「あの二人も、困ったものだね。もう二人とも十八歳なんだよ? それなのに、いつもいつも、クロルくんをからかってばかりで」

「仕方ない、俺がそういう人間だからな。目の前にこんな面白い玩具があれば、誰だって手を伸ばさずにはいられないだろう」

 俺がそう答えると、アリアは垂れ気味の目を吊り上げ、その小さな両手で、俺の右手を強く握りしめた。

 その感触に、再び俺の心はトクン、と高鳴る。

「クロルくん、そういうこと、言っちゃダメだよ。クロルくんはクロルくん。玩具なんかじゃないし、誰かにからかわれていい存在でもない。嫌なことをされたら怒って、楽しいことがあったら笑っていいんだよ。ね?」

 意志のこもった目で俺を見つめながら、再びアリアが首を傾げる。懸命に訴えるその姿に、心の奥がじんわりと熱を帯びていく。

「あぁ、そうだな。少し卑屈になりすぎていたようだ。すまないな、アリア」

「うぅん、いいの。ある程度そうなっちゃうのは、仕方のないことだもんね。でも私は、クロルくんがそういう風に思ってるの、辛いんだ。だから、二人でちょっとずつ変えていけたらいいね」

 真剣な表情がほどけて、弾けるような笑顔に変わる。この笑顔に、俺は何度救われてきたのだろう。

 俺は愛しさで胸をいっぱいにしながら、柔らかな笑みを返した。


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