第15回
中断が解かれ、ふたたび会合の続きが始まると、最後になった塩山が観察結果を述べた。
「それじゃあ、私が観察したものを報告します…」と、徐に語り始めた。
「お二人とも既にご存知だと思いますが、私は一度この町を離れた人間です。所謂、世に言う“Uターン組”ですが、回顧すると、柵がなかった都会生活の頃が妙に心地よく想い返される。これは、私の深層心理に潜む柵からの開放感だろうと考えられます。……さて、前置きはともかくとして私の観察なんですが、神社祭礼の行事参加についてなんですよ。都会へ出て一度は退席していたんですが、“Uターンして今日に至るまで何度も再加入の誘いがあり、これにはホトホト難儀していたんです。これを見て貰ったら分かると思うんですが、ここには私と勧誘者の遣り取りが書かれています」と、塩山は自ら持参した観察帳を開いた。
○時間研究所○
観 察 帳
記 録 者 塩 山 満
○期 日 二月十四日〔月〕
○時 間〔質問〕 十八時二十分~二十五分
○1開 始 私→氏子総代
内 容 宮世話への再加入の断りは何度もいってあるが…
結 果 町内の氏子も次第に減っており、神輿渡行も危ぶまれるの
で諄いがお願いに来た
○2一分後 私→氏子総代
内 容 申し訳ないが、私には再加入の意志はない
結 果 そこを何とかもう一度、考えて貰えないか
暫し〔三分〕中断(茶、菓子などを振る舞い、接待する)
内 容 私も既に五十歳であり、勘弁して戴けないだろうか
結 果 その気持がないなら仕方がないが、また寄せて貰うので
考えておいて戴きたい
○質問での介入法〔相手の返答結果に対して〕
中 度〔適当にあしらう〕
○観察対象者の態度変化
諄く食い下がる ○1~○3 計 5分弱
○今後の観察への対応方針
我慢比べの感があり、苦慮する
重度の介入〔門前払い〕をすれば、トラブルとなる可能性
があり結果が恐れられるが…
「フーン、誰でも悩みごとはありまんなあ」
悟君は読みながら、小声でボソッと言う。
「結局、堂々巡りですか。これでは観察しずらいですね。やはり俺の言った物や事を対象にしましょう、次回からは…」
「そうしまひょ」「はい」と、二人から同時に了解が出て、次回からの観察対象が確定した。
冷静な観察、これは観察事象を客体として捉えねばならない。しかも自分を客観的な立場に置き、感情を平静に保たねばならないのだ。自分という主体を捨てるのである。感情の起伏は事物に対して考えれば割合に抑揚はなく、逆に人に対すると変化の兆しが多く、安定しない。これは、接点が人である場合、観察が非常に困難だということになる。自らが観察に影響を与えたり、反対に影響を受けたりして、冷静に研究するという大前提を逸脱してしまうのだ。これではどうにもならない。悟君にしても、また塩山にしても、やはり人を相手の観察に難しさを覚えたのだろう。で、いとも簡単に方法のチェンジを了解したものと思われる。よく考えると、時間の中を気忙しく生きる高等動物である人間は、利口なところも多々あるが、反面、低俗で馬鹿な動物本能を持ち合わせているのである。自虐ではないが、ここは一歩譲っても、人を対象にした研究は諦めるしかない。
その後、会合を二度、三度と開催して、それぞれの研究成果を持ち寄ったが、一つの法則とまでいえるゴフンの時間経過の概念は得られなかった。ただ、一つ得られた成果といえば、今後の処し方として、全ての事象に対して気丈に立ち向かおうという方針の確認がなされたことである。先の見えない物事に対して判断を下すとき、人はやはり狼狽えるのだ。頑として気丈に臨めば、見えぬ未来の軋轢は撥ね飛ばせる。結果として、好判断、幸運、好展開が予見できるのである。
対象を事物に変更して後、五度目の会合が持たれた際、具体的な成果が漸く見え始めた。既に季節は春近い。
「私たちは少し成果に捉われていたんじゃないですかね。もっと根源的な時間そのものに着目して考察する必要があったんじゃないかと…」
この塩山のひと言が、研究会のマンネリを打破した。マンネリとは、別に惰性に流れた、という意味ではなく、これといった成果を得られないまま無闇に月日が経過していった、という意味である。塩山は続けた。
「ゴフンという時間、私は今になって気づいたんですが、ゴフンという時間単位に重きを置きすぎた。ですから、時間という漠然とした計り知れない感覚的なものの実体を把握できていないんじゃないかってね。村越さんの求める研究成果は、それを解明した上でのことになる。でないと、研究する意味がなくなるって思うんですよ。少し哲学的になってきましたけれど…」
「俺の研究方法に対しての注文ですね?」
「いや、そんなこともないんですが、参考までに私の思うところを述べただけです」
「確かに塩山さんのおっしゃることには一理ある」
私は彼の話を理解したかのように首を幾度も小刻みに振って頷いてみせた。正直なところ、彼の論理を全て掌握できた訳ではなかった。
続




