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第2話【目標を決める】――世界よ止まれ


 北関東の小さな街。

 駅近くのカフェで始まった、世界を目指す二人の会話が続いている。


 「――じゃあ、4歳春の天皇賞を勝ったら、そのまま渡仏する、ということでいい?」


 早くも世界の頂点に向かっている。


 「そう……なりますかね……」


 しかし自然に思えた調教師の問いかけに、青年の反応は微妙だ。


 「何か言いたそうだな」


 「先生、どう思います?」


 「私がどう思うかは置いておいて、君、何か気になってるんだろ?」


 双方とも、何か思うところがあるのだろう。


 「はい。……凱旋門賞は、このタイミングはまだ早いかなって」


 「そこか。やっぱり」


 抱いていた思いは同じだったらしい。


 「先生もそう感じます?」


 問いかけを予想していたかのように、調教師はすぐに見解を言語化する。


 「いや、ここは考え方だと思う。凱旋門賞は世界最高峰のレースなんだし、勝つことを目標にするなら何度も挑戦する覚悟がいる。なら、チャンスがあるなら積極的に挑戦した方がいい、と言える」


 「……はい」


 「一方で、5歳、6歳になってからの方がより強くなる馬なら、4歳シーズンはステイヤーとしての強化を重視して、長距離戦ではない凱旋門賞への挑戦は翌年に持ち越す、という判断もあるだろう」


 「そうですよね……」


 「答えは出てるみたいだな」


 「いやそこまででは……」


 しかし青年はすぐに調教師の予想通りの内容で続けた。


 「でも、うん。やっぱり、ステイヤーとしてこれからという時期に、別の路線に挑戦してる場合じゃない気がします」


 青年は続ける。


 「ここまでベストの結果を出し続けてきたとしても、菊花賞と春の天皇賞を勝っただけの馬ですし」


 「まあ、言ってしまえばそうなる」


 実際は滅多に見られない快挙なのだが、そこは二人の間ではいつの間にかお約束になっている。


 「育成重視のここまでの話の流れからすると、その判断でいいんじゃないかな。凱旋門賞は、ステイヤーとして世界レベルにまで強化・育成して、春の天皇賞『連覇』の称号を持って挑戦する、というプランで」


 「はい!そうしたいです」


 お互いの合意は取れたようだ。

 そして春の天皇賞は連覇してしまった。


 「そうすると、じゃあ空いてしまう4歳の秋シーズンはどうするか、という話になるけど。何か思いはあるの?」


 「それなんですが、ちょっと思いつかなくて。ジャパンカップや有馬記念はこの時点のこの馬で勝てるイメージが持てないし、挑戦することが将来の糧になるかというと、そこもピンとこないです」


 「そもそも目標から外してるわけだしな」


 「はい。……ステイヤーズステークス、というのは変ですか?」


 ステイヤーズステークスは12月に行われる3600メートルの長距離レースだが、格付けはG2だ。


 「状況によると思う。ここまで賞金加算ができていなくて、ここで重賞タイトルを獲っておきたい、ということなら十分ある選択だと思う。ただそのケースは、そもそも菊花賞も春の天皇賞も勝てていないということだから、あくまでバックアッププランでしかない」


 「そうですよね」


 二人が描き出している世界の中では、もはやG2レースは無価値な扱いだ。

 青年が続ける。


 「秋シーズンって、ステイヤーが目標にできるビッグレースがないですよね。昔みたいに、秋の天皇賞が3200メートルだったらよかったんですが」


 「話が古すぎるな」


 調教師は苦笑いした。創設されたばかりのジャパンカップのステップとなるよう、秋の天皇賞が2000メートルに短縮されたのは、前世紀、シンボリルドルフが三冠馬になる年の話だ。

 思考に沈む青年はそれに気付かず続ける。


 「いっそレースに出ずに、長い強化期間、というのもアリですか?」


 「少なくともプラスではないだろう。馬体に問題がないのに1年近く実戦が無いとなると、育成にも馬のメンタルにもメリハリがなくなってしまう」


 「そうですよね……」

 

 青年には妙案は無いようだ。


 「となると、やはり海外だな」


 満を持して、といった風情で調教師が言った。腹案として持っていたのだろう。


 「海外、ですか。凱旋門賞とは別の、ということですよね?」


 「そうだ。国内に目標レースがない以上、やはり海外に目を向けるべきだろう」


 「……すいません、自分、海外の事情には疎くて。この馬に向くレース……あるんでしょうか」


 知識不足に引け目を感じるのか、青年はためらいがちに尋ねる。


 「あるよ」


 話は海外レースに関する解説に移っていった。


 「秋シーズンの長距離となると、フランスかオーストラリアになる」


 「フランスとオーストラリアですか」


 「まずフランスの方から言うと、4000メートルのカドラン賞と、3100メートルのロワイヤルオーク賞がある。どちらも長い歴史と伝統を持つG1レースだ。中3週あるので、この2レースを連戦する馬もいる」


 「そんなにあるんですね! 4000メートルとかすごいな……」


 本場・欧州のレース体系の奥深さに青年は感心する。


 「ただ両方とも賞金が低くて、遠征先として見るとメジャーとは言い難い。円換算で日本のG3並みかそれ以下の賞金なんだ」


 「え? G1レースなんですよね?」


 「G1だよ。だけど、凱旋門賞のような、各国の強豪馬を一堂に集めて世界一を競う、という性質のレースではないということだ」


 「……確かに、賞金が低いと遠征費とかを回収できないですね」


 「そう。だから現地や近隣国からの参加を想定しているレースといえる。実際、カドラン賞もロワイヤルオーク賞も、日本から遠征した馬はこれまでいない」


 「そうなんですね」


 「かつてフランスに拠点を変えた日本馬がいて、その馬が現地からロワイヤルオーク賞に出走したことがあるんだけど、これは今回の事例にはあてはまらないだろう」


 「なるほど……」


 それでもG1に格付けされていることに本場・欧州のレース体系の奥深さを改めて感じるが、日本からの遠征にかなり向いていないのは間違いないようだ。


 「というわけで、秋シーズンに日本から遠征するなら、オーストラリアのメルボルンカップになるだろう。3200メートルのG1レースだ」

 

 「あ……メルボルンカップは時々聞きますよ。秋のレースだったんですね」

 

 聞き覚えがある、という程度のようだ。

 

 「賞金も高くて、世界中からエントリーがある人気の国際レースだよ」

 

 「……でも、日本のニュースとかではあまり大きなトピックになってない気がしますが」

 

 フランスの例もあったので、青年は慎重だ。

 

 「時期がね。11月初旬のレースなんで、日本からだと、秋の天皇賞とジャパンカップは捨てることになるし、検疫期間を考えると有馬記念への影響も小さくない。そうなるとトップホースの選択肢にならないんだ」


 「大目標ですからね。秋の三冠は」

 

 秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念は合わせて秋の古馬三冠と呼ばれる。

 

 「まあね。日本のトップクラスが遠征しないので、メルボルンカップは日本では大きくは取り上げられない」


 「なるほど。……でも、日本の秋のG1戦線にこだわりがないこの馬なら――」

 

 「選択肢として全然アリ、ということだ」


 「いいですね!」


 右手で親指を立ててキメ顔の調教師に、青年の瞬発力の高い反応。

 二人は息も合ってきたようだ。


 「あと、実はこのレースはハンデ戦で、ここまで目標通り来ていたなら、おそらくこの馬がトップハンデになるだろう」


 「G1なのにハンデ戦なんですか?」


 ハンデ戦においては、出走馬の勝率が横並びになるように、実力差を斤量で調整される。


 「そうだ。そのため実力馬は重いハンデに苦しむことになり、波乱も多い」

 

 こちらの議論も波乱の様相だ。


 「それは観戦する側なら面白そうですが……」


 「うん。だからオーストラリアでは大人気のレースで、『国を止めるレース』とも呼ばれる」


 「……でも、この馬は初海外ですが、トップハンデは確定なんですか?」


 「おそらく。メルボルンカップでは、同一年の春の天皇賞馬は高く評価される」

 

 春の天皇賞は、長距離カテゴリーでは国際的にもトップレベルに位置付けられている。


 「それは光栄ですが……長距離戦でトップハンデを背負ってしまって、大丈夫でしょうか?」


 青年は当然の懸念を述べた。


 「大丈夫なように育成するんだ」


 調教師は意に介さない。


 「……」


 「そして、トップハンデでメルボルンカップを制することが、より大きな勲章となる」


 「先生、強気ですね」


 「4歳秋シーズンのすべてをこのレースに賭けるんだ。そのくらいの意気込みでなくてどうする」


 「それは……確かに」


 どうやらいつからか、理論・理屈の時間ではなくなっていたようだ。


 「想像してみろ。4コーナーを先頭でグイッと回って、フレミントンの長い直線を、トップハンデをものともせずに、後続をグングン引き離しながらゴールへ突き進んでいくこの馬の姿」


 青年は軽く目を閉じ、未来視するように言う。


 「――騎手は手綱を持ったままです!」


 「もっとだ」


 「――後ろからは、何も来ない!」

 

 「もっとこい」


 「3200メートルを、なんとただ回ってきただけ!」


 「よ~しいいだろう」


 調教師は頷きながら言った。

 目を開けた青年の息遣いは荒い。未来視は大量のマナを消費するようだ。


 「この走りは、現地オーストラリアだけでなく、世界の競馬ファンに大いなる衝撃を与えることだろう」


 「分かりました! 4歳秋の目標はこのメルボルンカップでいきましょう!」


 「よし」


 二人はここで言葉を切り、残っていたコーヒーをゆっくりと飲み干す。それぞれ愛馬の激走の余韻に浸っているようだ。


 「よし。……ではここまでの話をまとめてみよう」


 先に意識を取り戻した調教師が言った。


 「分かりました。え~と……」


 青年はタブレットを引き寄せ、ここまでの会話で決めた目標を入力しはじめた。

 そして、いったん席を外した調教師が戻ってきたのを見計らって、タブレットをクルリと回した。


 「どうでしょう?」


------------------------------------

<目標>

第1:3歳10月 菊花賞(京都)

第2:4歳 5月 春の天皇賞(京都)

第3:4歳11月 メルボルンカップ(フレミントン)

第4:5歳 5月 春の天皇賞(京都)※連覇

最終:5歳10月 凱旋門賞 (ロンシャン)

------------------------------------


 調教師は、情報量が増えた画面を思いのほかじっくりと見つめて、そして頷きながら言った。


 「うん。いいな。とりあえずここまでを見据えたことで、現時点からの育成計画がかなりクリアになった」


 「それはよかったです」


 青年は続ける。


 「でも、これから育成に入る1歳馬の育成計画に、ここまでの将来ビジョンが必要なんですね」


 「私もここまでは初めてだが」


 「そうかなんですか?」

 

 「ここまでのことを言ってくるオーナーがそもそも初めてだからな」


 「……そうかなと思ってました」


 顔を見合わせながら、二人は複雑な照れ笑いを見せた。


 「で、先生、この後は?」


 「もちろん、もう既に待ったなしとなってる育成についてだ。設定した目標をもとにして、順番に突っ込んで話していこう」


 「はい!」


 元気よく応じたあと、青年はコーヒーのお代わりを二人分注文した。



 二人の会話が始まってから1時間ほど。

 議論はまだ序章を終えただけのようだ。

 

 

 

  ※※※

 

 

 


第2話をご覧いただきありがとうございました。


「世界よ止まれ」いかがでしたでしょうか。

興味をお持ち頂けましたら、評価・ブックマークの方頂けますととてもうれしいです。


どのような感想をお持ちになったか、コメントもお待ちしています。


次話「時空の旅人」も、よろしければぜひお読みください。

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