一話 断罪されるはずでしたが……
全四話での無双女王様のお話です。毎日20時の更新です。恋愛色はかなり薄め。
晴れ渡る青空が眩しくて少し目を細めた。
「エリシア、こちらに」
国王陛下に言われ、陛下の隣に立ち、王宮前に集まった国民たちを見渡す。
わたくしがこれから先頭に立って守るべきものだ。
「聞け、我がルヴァンシュタインの民たちよ!今日の良き日にこのような素晴らしい戴冠式が行えることを王として嬉しく思う!」
一拍置いて、父上がわたくしの背中をトン、と叩き、わたくしはそれを合図にしてバルコニーの先まで歩を進める。
わたくしの姿を見た国民の歓声がここまで届く。
やっとここまできたのね。
前世のわたくしが見たら、本物の女王になるのね、と笑ってくれるだろうか。
「我がルヴァンシュタイン王国の時期女王として、ただいまより第二王女エリシア・ルヴァンシュタインの戴冠式を行う!」
その声に沸いた歓声に応えるように、わたくしは深く礼をした。
そしてわたくしが思い出していたのは、こうなった最初のきっかけの出来事だ。
わたくしが自分の前世を思い出し、この道を行くのだと決めたあの日のこと。
夜会の音楽が止まった。
突然止まった音楽に、広間に集まった貴族の来客たちが騒めく。
その隙間から彼がわたくしの前にやってきて、広間の視線が、一斉にわたくしへ向けられた。
「第二王女エリシア・ルヴァンシュタイン!」
やや声が裏返っている。
私に震える指先を突き付けるのは、一応私の婚約者、公爵令息レオニス・アルクニートである。
「き、君……貴女との婚約を、ここに破棄させていただく!」
……噛みましたわね、今。
私は扇を閉じた。ぱちん。
「まあ」
彼はわたくしの声に一瞬びくっとする。
貴方はわたくしを断罪する側のはずでは?
「レオニス様。婚約破棄の理由をお伺いしても?」
「貴女は嫉妬深く冷酷で――その、ええと、とにかく我が公爵家の女主人には相応しくない!よって本日この場で婚約破棄を申し上げる!」
“とにかく”でございますか。
便利な言葉ですわね。
周囲がざわつく。
と、いうか臣下から王族への婚約破棄など何を考えているのでしょう。
よほどわたくしに咎があれば認められるでしょうが、わたくしたちの婚約破棄はレオニス様のお気持ち1つで決められるようなことではありませんのよ?
レオニス様は胸を張っているが、耳が真っ赤である。
わたくしは一歩、近づいた。
こつん。
ヒールの音。
彼の喉が鳴る。
尻尾があれば振っておりますわね。
「レオニス様」
「な、なんだ!」
声が高い。
強がりわんこですわ。
まったく、そういうところは子供のころから変わりませんわね。
「婚約破棄は本心でして?」
「もちろんだ!」
即答。
だが視線が泳ぐ。
わたくしの目を三秒以上見られない。
それは口にしてしまった言葉に後悔もあり、しかし今さら翻せないという意地が混じり合ったもの。
……懐かしい。
その瞬間、前世の記憶が鮮明に蘇る。
薄暗い部屋。
赤い椅子。
跪く影。
プライドで武装しているくせに、膝を折る瞬間に安堵を滲ませる顔。
わたくしに認められることを欲する顔。
そんな男たちを私は散々躾けて来た。
――わたくしは常に3か月待ちでしたわね。
わたくしはレオニス様の心からの願いを理解する。
にっこりと微笑みを向けて口を開く。
「レオニス様」
彼が一歩後退。
「あなたは、わたくしを否定したいのではありません」
「ち、違う!」
「わたくしに認められない自分が、悔しいだけでしょう?」
ぴたり。
彼の動きが止まる。
図星ですわ。
「あなたは公爵家の跡取りとして、努力はなさってきました。ええ、分かっております。ずっとそばで見て来たのですもの。ですが、わたくしの前では躾けのなっていない子犬のようなものですわね」
「こ、子犬!?」
耳がさらに赤くなる。
わたくしはゆっくり彼に近づく。
感じるのはわたくしから漏れ出る「圧」が彼を優しく抑え込む感覚。
彼の呼吸が浅い。
視線が揺れる。
今にも「褒めてください」と言いそう。
「わたくしに認めてほしいのなら」
静かに。
「今、この場で相応しい姿勢をお取りなさい」
どさり。
早い。
びっくりするほど早い。
公爵令息が跪いた。
本人が一番驚いている。
「な、なぜ私は……!」
「お座りが早いですわね」
「お座りではない!」
しかし姿勢が完璧である。
背筋も伸びている。
周囲が凍る。
そのとき騎士団長が一歩出る。
だが彼が何か言う前に、レオニス様がわたくしを見上げた。
潤んだ目で。
「……殿下は、いつも私を見透かす」
あら。
急に素直。
「努力を、認めていただきたいだけなのに」
会場がざわつく。
断罪のはずが、懺悔になっております。
わたくしはため息をついた。
前世の感覚が完全に戻っている。
こうやって素直になった子犬は次は優しく躾けるのが効果的だ。
視線を落とす。
沈黙。
彼はごくりと唾を飲む。
「立ちなさい」
優しく言う。
彼の目がきらりと輝く。
「……は、はい!」
即答。
だが立ち上がらない。
「レオニス様。わたくしは立ちなさいと申しました」
「はい!」
なぜ膝をついたままさらに背筋を伸ばすのですか。
周囲から小さな笑いが漏れる。
宰相が咳払い。
「レオニス殿。エリシア殿下の命令は“立て”です」
「はっ」
ようやく立ち上がる。
しかし半歩後ろ、わたくしの斜め後方に位置取る。
自然に。
わたくしを守る位置に。
……無意識ですわね。
わたくしは理解する。
この方、わたくしを断罪するつもりで来たのに、本当は。
ずっと、わたくしに認められて褒められたかっただけ。
……本当に可愛いわんこですわ。
私は小さく微笑む。
「レオニス様」
「は、はい!」
反応が良すぎる。
「あなた、わたくしの隣に立つ覚悟はありまして?」
一瞬の沈黙。
そして彼は、真っ赤になりながら言い切る。
「……私は!あなたの隣に立てる男でありたいです!」
……それは実質、愛の告白ではなくて?
断罪とは、何だったのでしょう。
わたくしが縋ると思った?捨てないでと泣くと思った?
わたくしはこの国の王女です。その矜持があんな安っぽい婚約破棄宣言くらいで揺らぐはずがないでしょう?
併せて、たった今思い出した前世の記憶の経験のおかげで、わたくしに最も相応しい地位が明確に分かりましたわ。
わたくしは軽く目を閉じる。
もう公爵家に嫁ぐどころではなくなりましたわね。
ですが。
悪くありません。
従順で、努力家で、素直な公爵家と、その跡取り。
使い勝手が――いえ。
頼もしいですわ。
私は優雅に微笑んだ。
「では皆様」
広間が静まる。
「わたくしに跪く準備はできまして?」
ごん、ごん、ごん。
複数の膝の音。
……想定より多いですわね。
視線を巡らせれば、若い貴族子息だけでなく、老練な伯爵までもが片膝をついている。
恐怖からではない。
わたくしへの期待だ。
この国は今、停滞している。父王は病に伏し、第一王女は他国へ嫁いだ。一人いる弟である王子はまだ幼く、次代を誰が担うのか、皆が探っている。
そこへ、断罪のはずの場で力の向きを変えた王女がいる。
……まあ、悪くない展開ですわ。
「みな、面を上げ、立ちなさい」
静かに告げると、ざわりと空気が揺れ、恐る恐る膝をついていたものたちがたちあがる。
私の斜め後ろで、レオニス様がぴしりと姿勢を正し、頷いていた。
忠犬の完成度が高い。
だが……一人、膝を一度もつくことなく、わたくしの正面に立ったままだった男がいる。
騎士団長、アルドリック・ヴァルグリム。
王家直属騎士団を束ねる剣。
忠誠は王にのみ向けられる男。
彼は膝を折らない。
折らないが、視線を逸らしもしない。
鋭く、まっすぐに、わたくしを見ている。
……ああ、分かりますわ。試しているのね。
「アルドリック」
名を呼ぶ。
広間がわずかにどよめく。
騎士団長を名で呼ぶ者は少ない。
だが、わたくしはそれを許される立場である。
「殿下」
彼の力強い低い声。
揺るがない騎士としての信念と、この国を愛する矜持に満ちている。
「あなたはわたくしに跪かないのですね」
「私の忠誠は、国王陛下にのみ捧げております」
即答。
見事。
だからこそ、この男はわたくしのそばにほしい。
「では問います」
一歩、彼へ近づく。
レオニス様がわずかに動くが、手で制する。
今は私と彼の戦うべき場面。
「陛下が崩御なされた後、この国を守るあなたの剣は誰に向けられるのですか」
空気が凍る。
あえて言った。
誰も口にしない未来。
だけど近いうち必ず訪れる未来だ。
アルドリックの瞳が、ほんのわずかに揺れる。
「それは……王位を継ぐ御方に」
「では、それがわたくしであったら?」
それは言葉にしてしまったわたくしが玉座を欲する意志。
ざわめきが大きくなる広間に、わたくしは堂々と立ち、目の前の騎士への問答を続ける。
今、落とさねば。
彼はわたくしを守らなくなると分かっていた。
敵には回らないだろう。だが、この国を捨てる可能性は高い。そうさせるわけにはいかないのだ。
沈黙。
私はさらに踏み込む。
「アルドリック」
わたくしの中に目覚めた「前世」で培った「圧」が彼へと向けられる。
「……エリシア殿下。御身の血筋だけでこの国は守れません。剣だけでも守れません。この国の永劫の平和に必要なのは」
一拍。
「決断です」
広間の視線が集まる。
「私は、殿下の決断を見たいのです」
「そうですか。アルドリック、あなたらしい言葉だわ。では、わたくしから問います」
扇をたたみ、その切っ先をアルドリックの顎に添わせる。
ああ、前世では扇ではなく鞭でこうやっていたわね。
そう、わたくしを見上げる男たちの瞳が屈服し、わたくしを欲するようになる瞬間が最も快感だったわ。
「この場で、わたくしが婚約破棄を嘆き、縋り、混乱すれば。あなたは剣を抜きましたか?」
「……抜きません」
「なぜ?」
「それが殿下であると私は判断するだけです」
率直。
実に良い。
「では今は?」
真下からアルドリックを見つめ、彼の瞳の揺れを見つける。
逃がさない。
あなたはこの場でわたくしのものになるのよ、アルドリック。
「……」
アルドリックは、私を見る。
先ほどまでの余裕はない。
測っている。
わたくしが王の器かどうか。
その瞳の揺れが凪ぐ海のようにおさまる。
もう一押しだ。
「わたくしは」
静かに告げる。
「泣きません。縋りません。己を卑下もしません。わたくしはこの国の王族です。常にこの国のために生きることがわたくしの志です。わたくしがこの場にいる方々に求めることは1つだけ」
アルドリックの顎から扇を外し、扇を開きながら視線を広間へ巡らせる。
「わたくしが欲しいのは言葉だけの忠誠ではなく、志です。この国を思い、共により良い国へしたいという志がある臣下がほしいのです」
ざわり。
「この国を強くし、今よりも良い国にする。そのためにわたくしが立つ。ならば、あなたの剣は、わたくしを守る価値を見出しますか?」
アルドリックをちらりと見ると、扇を充てられた顎の角度のまま、私を見降ろしていた。
これは挑発ではない。
問い。
王が臣下に問う問い。
長い沈黙のあと。
アルドリックは剣を抜いた。
広間に緊張が走る。
だがその切っ先は、私へ向かない。
床へ、ためらいなく突き立てられた。
がつん、と重い音が広間に響く。
そして。
騎士団長はわたくしに向かい片膝をついた。
「第二王女エリシア殿下」
低く、響く声。
「貴女が王位を望まれるならば。我が剣は、その未来を切り開くために振るわれましょう」
広間が息を呑む。
これは恐怖ではない。
宣誓だ。
彼の忠誠と志がわたくしのものになった瞬間だった。
「ただし」
彼は顔を上げる。
「情ではなく、国益を最優先とされること。それが条件です」
「当然でしょう?」
即答する。
「周囲に甘やかされるだけの女王など、わたくしも望みませんし、そのような女王になるつもりもありませんわ」
わたくしの答えにアルドリックの口元が、わずかに緩んだ。
「……承知いたしました」
深く、頭を垂れる。
騎士団長の忠誠が、定まった。
背後で、レオニス様が小声で呟く。
「やはり殿下は、誰よりも格好いい……」
聞こえておりますわよ。
わたくしはゆっくりと広間を見渡す。
貴族、騎士、廷臣。
視線が、わたくしへの期待に変わっている。
今夜を境に、力の向きは変わる。
父の庇護下の王女ではない。
次代の王としてのわたくしへ。
「改めて問います」
静かに、しかしはっきりと。
「皆様、わたくしに跪く準備はできまして?その志をわたくしに預けてくださいまして?」
今度は、迷いはなかった。
広間に揃う膝の音は、先ほどよりも重く、深い。
忠誠は強制ではなく、選択。
そしてその忠誠を選ばせるのが、王の資質。
わたくしは広間を見渡して微笑んだ。
――本物の女王になる日は、そう遠くありませんわね。
では次に落とすべき人は決まりました。




