第9話:ダンジョンと獣人少女の救出
遺跡から街へ戻る道中、俺たちは次の目的地について話し合っていた。
「次は、どこに行く?」
クレアが尋ねる。彼女は、遺跡での戦闘で疲れているはずなのに、まだ冒険を続ける気満々だ。さすがは騎士、体力があるし、何より戦うことが好きなのだろう。
「そうだな...ギルドに戻って、次のクエストを探すか」
「私は、もう少し古代魔法の研究をしたい。だが、お前たちについていく」
リリエルが、魔法書を抱えながら言う。彼女は、遺跡で手に入れた古代魔法の書に夢中になっていて、歩きながらもページをめくっている。
「リリエル、前を見て歩かないと危ないぞ」
「...大丈夫だ。視界の端で周囲を確認している」
そう言いながら、リリエルは木の根につまずきそうになった。俺が咄嗟に手を伸ばして支える。
「ほら、やっぱり危ない」
「...すまない」
リリエルは、少し頬を赤らめて視線を逸らした。
クレアが、そんな俺たちを見て、少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべる。
「レン、お前、リリエルに甘いぞ」
「そうか? 普通だと思うけど」
「普通じゃない。私の時は、もっと厳しいくせに」
「クレアには、ちゃんと自分で立ち直れる強さがあるからな」
「...むぅ」
クレアは、何か言いたげだったが、結局何も言わずに黙ってしまった。
街に戻ると、すぐにギルドへ向かった。
リーナが、カウンターで俺たちを見つけると、パッと笑顔になった。
「レンさん、お帰りなさい! 無事でよかったです!」
「ただいま、リーナさん。遺跡の調査、完了しました」
「本当ですか!? 凄いです!」
リーナは、目を輝かせながら依頼書を受け取る。
「あの遺跡、今まで誰も最深部まで到達できなかったんですよ。レンさんたち、本当に凄いです!」
「クレアとリリエルのおかげだよ」
「ふふ、謙遜しないでください♪」
リーナは、報酬の5000ゴールドと、ランクアップの証明書を渡してくれた。
「これで、レンさんはAランクです! おめでとうございます!」
「ありがとう、リーナさん」
「それで...次のクエストですか?」
「うん。何かいいのある?」
リーナは、少し考えてから、一枚の依頼書を取り出した。
「実は、少し気になる依頼があるんです」
「気になる?」
「はい。『黒鉄のダンジョン』という場所の調査です」
依頼書を見ると、そこにはこう書かれていた。
『ダンジョン調査 場所:黒鉄のダンジョン 依頼内容:ダンジョン内の魔物討伐と、行方不明者の捜索 報酬:3000ゴールド 危険度:B』
「行方不明者?」
「はい。最近、このダンジョンに入った冒険者が何人か行方不明になっているんです」
リーナは、心配そうな表情で続けた。
「中には、奴隷商人も含まれているらしいんですが...」
「奴隷商人か」
俺の声が、少し低くなる。奴隷制度は、この世界では当たり前のように存在しているが、俺にはどうしても受け入れられない。人を物として扱うなんて、間違っている。
クレアも、表情を曇らせた。
「奴隷商人...好きになれない連中だ」
「私も、論理的に考えて、奴隷制度は非効率的だと思う」
リリエルも、珍しく否定的な意見を述べる。
「この依頼、受けます」
「分かりました。気をつけてくださいね」
リーナは、心配そうに俺たちを見送ってくれた。
黒鉄のダンジョンは、街から北に二時間ほど歩いた場所にあった。
入口は、岩山の中腹にぽっかりと開いた穴で、中からは冷たい空気が流れ出ている。
「不気味だな...」
クレアが、剣の柄に手を置きながら呟く。
「魔物の気配が濃い。かなりの数がいるぞ」
「分かった。慎重に行こう」
俺たちは、ダンジョンの中へと入っていった。
内部は、自然の洞窟のような造りだったが、所々に人の手が加えられた痕跡がある。松明が壁に取り付けられていて、薄暗い道を照らしている。
「魔物が来る」
リリエルが、杖を構える。
前方から、コボルトの群れが現れた。小型の犬のような魔物で、一体一体は弱いが、群れで襲ってくると厄介だ。
「【ウィンドカッター】」
俺の魔法が、コボルトたちを一掃する。
「相変わらず、強いな」
クレアが、感心したように言う。
「まあ、チートだからね」
「その『チート』という言葉、便利だな」
リリエルが、興味深そうに呟く。
さらに奥へと進むと、通路が二手に分かれていた。
「どっちに行く?」
「...こっちだ」
リリエルが、右の通路を指差す。
「こちらから、微かに人間の気配がする」
「人間?」
「ああ。生存者がいるかもしれない」
俺たちは、右の通路を選んだ。
途中、何度か魔物と遭遇したが、どれも簡単に倒すことができた。レベル的には、それほど強くない。
だが、進めば進むほど、嫌な予感が強くなっていく。
「血の臭いがする...」
クレアが、顔をしかめる。
「新しい血だ。最近、誰かが傷ついた」
通路の先に、広い空間が見えてきた。
そこには——
「これは...」
思わず息を呑んだ。
地面には、複数の死体が転がっていた。冒険者らしき男たちと、商人風の男。皆、魔物に襲われたのか、無残な姿になっている。
「奴隷商人か...」
クレアが、商人の死体を見て呟く。彼の傍には、鎖と首輪が散らばっている。
「生存者は...いないのか?」
「...いや、待て」
リリエルが、手をかざす。
「まだ、微かに生命の気配がする。あの奥だ」
リリエルが指差す先には、さらに奥へと続く通路があった。
俺たちは、急いでその通路を進んだ。
そして、通路の先にある小さな部屋に辿り着いた。
そこで、俺たちが見たものは——
床に倒れている、小さな少女の姿だった。
「おい、大丈夫か!?」
俺は、駆け寄って少女を抱き起こした。
少女は、十二、三歳くらいだろうか。茶髪をツインテールにまとめ、頭には獣の耳、腰からは尻尾が生えている。獣人だ。琥珀色の瞳は、虚ろで焦点が合っていない。
身体は傷だらけで、服もボロボロだ。いや、これは服ではなく——奴隷服だ。粗末な布を纏っただけの、人間扱いされていない証。
そして、首には——黒い首輪がはめられていた。奴隷の証。
「ひどい...」
クレアが、怒りを込めて呟く。
「こんな小さな子を...奴隷に...」
「許せない...」
リリエルも、珍しく怒りの感情を露わにしている。
少女の呼吸は浅く、今にも途絶えそうだ。
「【ヒール】」
俺は、すぐに回復魔法を発動した。柔らかな光が少女を包み、傷が少しずつ癒えていく。
だが、まだ意識が戻らない。体力が限界まで消耗しているのだろう。
「食事を」
俺は、アイテムボックスから、エミリアが作ってくれたお弁当を取り出した。もう一つ残っていた分だ。
パンとスープを少しずつ、少女の口に運ぶ。最初は反応がなかったが、やがて本能的に飲み込み始めた。
「...う...」
小さな呻き声が聞こえる。
少女の瞼が、ゆっくりと開いた。
琥珀色の瞳が、俺を見つめる。
「...だれ...?」
か細い声だった。
「俺はレン。冒険者だ。君を助けに来た」
「たす...ける...?」
少女は、その言葉を理解できないかのように、首を傾げた。
「なんで...わたしを...?」
「当たり前だろ。困ってる人を助けるのは」
「でも...わたし...どれい...」
その言葉を聞いて、俺の胸が痛んだ。
こんな小さな子が、自分を奴隷だと認識している。それが、どれだけ悲しいことか。
「もう、奴隷じゃない」
俺は、少女の首にはめられた首輪を見つめた。
黒い金属製の首輪。魔力が込められていて、簡単には外せない構造になっている。逃げようとすると電撃が走る仕組みだろう。
「こんなもの...」
俺は、首輪に手をかけた。
「絶対に許さない」
魔力を込める。創造魔法の応用で、物質を分解することもできる。
メキメキと音を立てて、首輪に亀裂が走る。
「え...?」
少女が、驚いたように目を見開く。
「こんなの...ただの鉄くずだ」
バキン!
首輪が、砕け散った。
破片が床に落ちて、カラカラと音を立てる。
少女は、自分の首に手を当てた。首輪がない。初めて感じる、自由。
「じゆう...?」
「そうだ。もう自由だ」
俺がそう言うと、少女の目から、大粒の涙が溢れ出した。
「じゆう...じゆうなの...?」
「ああ。もう、誰にも縛られない」
少女は、わんわんと泣き始めた。まるで、今まで我慢していた全ての感情が溢れ出すように。
俺は、そんな少女を優しく抱きしめた。
「大丈夫。もう、大丈夫だから」
クレアも、少女の背中を優しく撫でる。
「もう、怖いことは何もない」
リリエルは、少し離れたところで、静かに見守っている。だが、その目には、優しさが宿っていた。
少女は、しばらく泣き続けた後、ようやく落ち着きを取り戻した。
「...ありがとう...」
小さな声で、そう言った。
「どういたしまして。名前は?」
「...ミーナ」
「ミーナか。いい名前だね」
「...ほんと?」
「うん」
ミーナは、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「ミーナ、立てるか?」
「...うん」
ミーナは、俺の手を借りながら立ち上がった。だが、まだ足がふらついている。長い間、まともに食事をしていなかったのだろう。
「無理しなくていい。ゆっくりでいいから」
「...うん」
その時、背後から声が聞こえた。
「おい、そこの奴ら!」
振り返ると、一人の男が立っていた。
太った中年の男で、派手な服を着ている。だが、その服は汚れていて、顔には傷がある。魔物に襲われて、何とか生き延びたのだろう。
「俺の奴隷を返せ!」
その言葉を聞いて、俺の中で何かが切れた。
「お前が...奴隷商人か」
「そうだ! その獣人は、俺が金を払って買った奴隷だ! 返せ!」
男は、傲慢な口調でそう叫ぶ。
ミーナが、俺の背中に隠れるように震えている。
「こわい...」
その声を聞いて、俺の怒りが頂点に達した。
「お前...」
俺は、ゆっくりと男に近づいていく。
「この子を、何だと思ってる?」
「奴隷だ! 俺の所有物だ!」
「所有物...?」
俺の拳が、震える。
「人を、物扱いするな」
「何を言ってる! 獣人は奴隷にするのが当たり前だろ!」
「当たり前...?」
俺は、もう我慢できなかった。
一歩踏み込んで、男の顔面に拳を叩き込んだ。
ゴッ!
鈍い音が響き、男が吹き飛ぶ。壁に叩きつけられて、ずるずると崩れ落ちた。
「がっ...!」
男は、鼻血を流しながら俺を睨みつける。
「き、貴様...!」
「もう一度言ってみろ。この子を、所有物だと」
俺の声は、低く、怒りに満ちていた。
男は、俺の殺気に気圧されたのか、何も言えなくなった。
「この子は、俺の大切な仲間だ。二度と近づくな」
「な、仲間...? 獣人を...?」
「そうだ。文句あるか?」
男は、何も言えずに黙り込んだ。
「消えろ。二度と、この子に近づくな」
男は、這うようにしてダンジョンから逃げ去っていった。
俺は、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
振り返ると、ミーナが涙を流しながら俺を見つめていた。
「なかま...? わたしが...?」
「ああ。俺の大切な仲間だ」
「...ほんと?」
「本当だよ」
ミーナは、またわんわんと泣き出した。だが、今度は、嬉しさの涙だった。
「ありがとう...ありがとう...!」
俺は、ミーナを優しく抱きしめた。
クレアも、ミーナの頭を撫でる。
「もう大丈夫だ。私たちが守る」
リリエルも、ミーナに近づいて、小さく微笑んだ。
「よろしく、ミーナ」
「...うん!」
ミーナは、涙を拭いながら、嬉しそうに笑った。
こうして、俺たちの仲間が、また一人増えた。
小さな獣人少女、ミーナ。
これから、彼女と一緒に、どんな冒険が待っているのか。
楽しみで仕方なかった。
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