第53話:不死なる敵
ゴルディアスを倒した後、俺たちは一時的な休息を取った。
ホールの隅に集まり、残った兵士たち三十人も、思い思いに体を休めている。疲労が、全員の顔に色濃く現れていた。何人かは壁にもたれかかったまま眠り込み、何人かは黙って水を飲んでいる。
セレスティアが、負傷者を治療して回っていた。
その聖なる光が、傷ついた兵士たちを包み込む。傷が癒え、痛みが和らいでいく。だが、セレスティアの魔力も、既に限界に近い。その顔には、明らかな疲労の色が浮かんでいた。
「アリシア、次はあなたです」
セレスティアが、アリシアの隣に座る。
アリシアの腕は、まだ完全には治っていない。骨は繋がったが、動かすと痛みが走るのが分かる。その顔が、わずかに歪むのを、俺は見逃さなかった。
「大丈夫です。もう戦えます」
アリシアが、立ち上がろうとする。
「無理するな」
俺が、アリシアの肩を抑える。
「でも...」
「お前が無理をして倒れたら、誰が俺を守るんだ?」
その言葉に、アリシアは口を閉じる。
「少し休め。次の戦いまでに、少しでも回復しておけ」
「...分かりました」
アリシアが、再び座る。だがその目は、まだ何かを訴えている。
「レン様」
アリシアが、静かに言う。
「私が戦う理由を、聞いてくださいますか」
俺は、頷いた。
アリシアが、遠くを見る。
「私は、幼い頃から暗殺者として育てられました」
その声は、淡々としている。まるで他人の話をしているかのような、感情のない声だった。
「人を殺すことが、私の仕事でした。感情を持つことを禁じられ、ただ命令に従うだけの日々」
「そんな私を、あなたは救ってくれた」
アリシアの目が、俺を見る。
「初めて、私を人として見てくれた。道具ではなく、仲間として」
その目に、涙が浮かぶ。
「だから、私はあなたを守りたい。あなたのためなら、この命も惜しくない」
「アリシア...」
「でも、分かっています」
アリシアが、微笑む。
「無理をして倒れたら、あなたを悲しませてしまう。だから、休みます」
俺は、アリシアの頭を優しく撫でた。
「ありがとう。お前がいてくれて、俺は幸せだ」
その言葉に、アリシアの涙が溢れた。
休息の間、七人はそれぞれに魔力を回復させていた。クレアは瞑想し、リリエルは魔導書を読み、ミーナは軽く体を動かしている。シャルロットは作戦を練り直し、レイラは周囲を警戒し、セレスティアは祈りを捧げている。
「次で、最後の天王だ」
クレアが、目を開けて言う。
「グランバロス...」
その名前に、全員が緊張する。
前回の戦いは、引き分けだった。俺たちは、グランバロスを倒すことができなかった。そして今、グランバロスは間違いなく、さらに強くなっている。
「行こう」
俺が立ち上がる。
七人も、兵士たちも、立ち上がった。
扉を開ける。
その向こうには、広大な空間が広がっていた。まるで闘技場のような、円形の巨大な部屋だ。天井は見えないほど高く、壁には無数の傷跡が刻まれている。過去、ここでどれだけの戦いが行われたのか、想像するだけで恐ろしくなる。
そして、その中央に——
グランバロスが立っていた。
赤い肌、黒い角、金色の瞳。巨大な戦斧を肩に担ぎ、まるで我々を待っていたかのように、悠然と構えている。
だが、前回とは何かが違う。
その気配が、明らかに強くなっていた。まるで嵐の中心にいるかのような、圧倒的な魔力が、グランバロスから溢れ出している。それは空気を震わせ、床を揺らし、俺たちの肌を刺すように襲いかかってくる。
「レン・タカミ...待っていたぞ」
グランバロスの声が、部屋中に響く。
「前回の戦いで、俺は成長した」
グランバロスが、戦斧を下ろす。その動きだけで、風が巻き起こった。
「お前たちも、成長したようだな」
グランバロスの目が、七人を見る。
「四天王を全て倒した。見事だ」
「だが」
グランバロスの殺気が、爆発的に膨れ上がる。
「今度は、負けん」
その言葉と共に、グランバロスが動いた。
戦いが、始まる。
クレアが、真っ先に突撃する。
「【覇王炎剣】!」
炎の剣が、グランバロスに向かって振り下ろされる。グランバロスは、戦斧でそれを受け止めた。炎と斧がぶつかり合い、火花が飛び散る。その衝撃で、周囲の空気が爆発した。
だが、グランバロスは微動だにしない。
「前回より、力がついたな」
グランバロスが、ニヤリと笑う。
「だが、俺もだ!」
グランバロスが、クレアを押し返す。その力は、前回を遥かに上回っていた。クレアが後ろに吹き飛ばされ、地面を滑る。
リリエルが、魔法を放つ。
「【創世の魔法陣】!」
空に巨大な魔法陣が現れ、そこから無数の雷がグランバロスを襲う。雷が着弾し、爆発が起こり、煙が立ち込める。
だが、煙が晴れると、そこには無傷のグランバロスが立っていた。
「魔力で相殺した」
グランバロスが、余裕の表情で言う。
ミーナが、矢を放つ。
「【必中の矢】!」
矢が、グランバロスの鎧の隙間を狙う。それが命中し、鎧に突き刺さった。
だが、グランバロスは笑う。
「俺の鎧は、前回より強化した。お前の矢では、致命傷にはならん」
アリシアが、全速力でグランバロスに迫る。
「【絶影・千刃】!」
無数の斬撃が、グランバロスを襲う。だがグランバロスは、戦斧を回転させて、全ての斬撃を弾いた。まるで巨大な盾のように、戦斧が全ての攻撃を防いでいる。
「お前たちは強い」
グランバロスが、戦斧を構える。
「だが、まだ足りん!」
グランバロスが、新しい技を放った。
「【崩壊の連撃】!」
戦斧が、目にも止まらぬ速さで振るわれる。一撃、二撃、三撃——いや、数え切れない。まるで無数の戦斧が同時に振るわれているかのような、圧倒的な連撃だった。
その全てが、俺たちに向かってくる。
「くっ...!」
七人が、それぞれに防御する。だが、その連撃の威力は凄まじく、防ぎきれない。クレアが吹き飛ばされ、リリエルが倒れ、ミーナが膝をつく。
俺は、創造魔法で障壁を作る。
「【創造魔法・絶対防御】!」
巨大な障壁が、俺たちの前に現れる。だがグランバロスの連撃は、その障壁を次々と砕いていく。まるで紙のように、障壁が破壊されていった。
「まだだ!」
グランバロスが、次の技を放つ。
「【魔力爆発】!」
グランバロスの体から、魔力が爆発的に放出される。それは、まるで小さな太陽が爆発したかのような、凄まじいエネルギーだった。爆風が周囲全てを吹き飛ばし、俺たちは地面に叩きつけられる。
痛い。
体中が痛い。立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。
七人も、同じように倒れている。
絶望的な状況だった。
グランバロスが、ゆっくりと近づいてくる。その足音が、まるで死神の足音のように、絶望を運んでくる。
「これで...終わりか」
グランバロスが、戦斧を振り上げる。
その時——
「まだ...戦える...」
クレアの声が聞こえた。
クレアが、血を流しながら立ち上がる。その体は傷だらけで、剣を持つ手も震えている。だが、その目には、まだ闘志が宿っていた。
「私たちには...仲間がいる...」
リリエルも、立ち上がる。杖を支えにして、何とか立っている。
「レンおにいちゃんのために...!」
ミーナも、弓を握りしめて立ち上がる。その小さな体が、決意で満たされている。
「まだ、作戦はあります」
シャルロットも、立ち上がる。その頭脳は、まだ諦めていない。
「あたしだって、まだやれるよ」
レイラも、短剣を構えて立ち上がる。その機転が、まだ勝利の道を探している。
「神よ...力を...」
セレスティアも、祈りを捧げながら立ち上がる。その信仰が、まだ奇跡を信じている。
「私の剣は...まだ折れていない...」
アリシアも、傷ついた腕で剣を握りしめて立ち上がる。その忠誠が、まだ俺を守ろうとしている。
七人が、立ち上がった。
その姿を見て、俺も立ち上がる。
「みんな...!」
俺が叫ぶ。
七人が、俺の周りに集まる。
そして——
七人が、手を繋いだ。
クレアの手、リリエルの手、ミーナの手、シャルロットの手、レイラの手、セレスティアの手、アリシアの手。七人の手が繋がり、そして俺の手も、その輪に加わる。
八人の手が、一つの輪を作った。
その瞬間、奇跡が起こる。
七人の魔力が、俺の創造魔法と繋がる。それは、まるで七つの川が一つの海に流れ込むかのような、壮大な流れだった。魔力が混ざり合い、増幅し合い、そして新しい力へと昇華していく。
「これは...」
グランバロスが、驚きの声を上げる。
俺たちの足元に、巨大な魔法陣が現れる。それは七つの星を象った、美しい魔法陣だった。七つの星が輝き、その光が俺たちを包み込む。
「【七星創造陣】...の前段階」
俺が、呟く。
これは、まだ完全な七星創造陣ではない。だが、その片鱗が、今ここに現れている。七人の力と俺の力が一つになり、グランバロスを遥かに上回る力を生み出していた。
「行くぞ!」
俺が叫ぶ。
七人が、同時に技を放つ。
クレアの炎、リリエルの雷、ミーナの光、シャルロットの風、レイラの影、セレスティアの聖なる力、アリシアの刃、そして俺の創造魔法。
全てが一つになる。
「【七星連撃・改】!」
八つの力が融合し、一つの巨大な攻撃となってグランバロスを襲う。それは、まるで宇宙そのものが凝縮されたかのような、圧倒的な力だった。光と闇が混ざり合い、炎と氷が共存し、全ての属性が一つになって、グランバロスに向かって突進する。
グランバロスが、戦斧で防ごうとする。
だが、無駄だった。
七星連撃が、戦斧を砕き、鎧を砕き、グランバロスの体を貫いた。
グランバロスが、吹き飛ばされる。その巨体が壁に激突し、壁に大きな穴が開く。
「ぐっ...!」
グランバロスが、膝をつく。
戦斧が、手から離れて地面に落ちる。鎧が砕け、その体から血が流れている。
「俺の...負けか...」
グランバロスが、力なく笑う。
俺は、グランバロスに近づいた。
「お前は、強かった」
俺が言うと、グランバロスは頷く。
「お前たちも...強かった...いや、強くなった...」
グランバロスの目が、俺たちを見る。
「魔王様を...倒せるのは...お前たちだけだ...」
その言葉が、グランバロスの最期の言葉となった。
グランバロスの体が、光となって消えていく。その光は、まるで天に昇っていくかのように、ゆっくりと上へと昇っていった。
四天王、全員を倒した。
七人が、その場に座り込む。疲労困憊だ。だが、その顔には、達成感が浮かんでいる。
「終わった...」
クレアが、呟く。
「いや、まだだ」
俺が、前を向く。
部屋の奥の扉が、ゆっくりと開いていく。そこから、圧倒的な魔力が溢れ出してくる。それは、これまでの四天王全員を合わせたよりも、遥かに強大な力だった。
「来い...レン・タカミ...」
魔王の声が、響く。
その声は、低く、重く、そして全てを支配するような、絶対的な力を持っていた。
七人が、立ち上がる。
俺たちは、最後の扉に向かって歩き出した。
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