第51話:氷と炎の決戦
魔王城の内部は、外から見た時よりもさらに暗く、禍々しかった。
石造りの廊下は、まるで巨大な生物の体内を這っているかのような、不気味な雰囲気に満ちている。天井は高く、壁には無数の彫刻が施されているが、それらは全て、苦悶の表情を浮かべた人々の姿だった。まるで、この城そのものが、過去に死んでいった者たちの魂で作られているかのような錯覚を覚える。
「エルザも、犠牲者だったのかもしれない」
セレスティアが、小さく呟いた。その声には、敵として戦った相手への哀れみが込められている。
「ああ。だが、立ち止まってはいられない」
クレアが、前を向く。
俺たちは、遊撃隊百人と共に、城内を進んでいた。だが、進めば進むほど、違和感が強くなっていく。
静かすぎる。
魔物の気配がない。足音だけが、石の廊下に反響して、まるで俺たちを嘲笑うかのように響いている。
「罠か?」
シャルロットが、警戒しながら周囲を見回す。
城内は、まるで迷路のように複雑だった。廊下が幾重にも分かれ、階段が上へ下へと続き、扉が無数に並んでいる。だが、どの扉を開けても、そこには空っぽの部屋があるだけだった。
「レイラ、どうだ?」
「...変だ。敵がいないなんて、逆に怖い」
レイラの目が、鋭く周囲を警戒している。その本能が、危険を告げていた。
さらに奥へと進み、巨大な広間に出た。
そこは、まるで宴会場のような広さで、天井には巨大なシャンデリアが吊るされている。だがそのシャンデリアには、蝋燭ではなく、奇妙な青白い光を放つ石が嵌め込まれていた。
その時、全ての明かりが消えた。
シャンデリアの光が消え、廊下から差し込んでいた僅かな光も消え、世界が完全な闇に包まれる。
「何だ!?」
兵士たちがパニックになる。
暗闇の中で、武器を探る音、足を踏み鳴らす音、怯えた呼吸の音だけが聞こえる。
「落ち着け!」
俺が叫ぶ。だが、その瞬間——
「うわぁぁ!」
悲鳴が上がった。
一人の兵士が、闇の中で倒れる音がする。そして、また一人。また一人。
見えない敵が、兵士たちを次々と襲っている。
「くそっ! 姿が見えない!」
騎士の一人が、剣を振り回す。だが、その剣は空を切るだけだった。
「我が名は、シャドウ」
声が、闇の中から響いた。
それは、どこから聞こえてくるのか分からない。まるで闇そのものが喋っているかのような、不気味な声だった。
「魔王四天王、第三天王」
声が、俺たちの周りを回っている。
「疾風の暗殺者」
次の瞬間、風を切る音がした。そして、また悲鳴。
兵士が倒れていく。その速度は尋常ではない。まるで死神が鎌を振るうかのように、一瞬で命を刈り取っていく。
「レン!」
クレアが、俺の隣に来る。
「創造魔法で光を!」
「駄目だ。光を作っても、すぐに消される」
俺は、既に何度か光の球を作ろうとしたが、その度に、見えない力で破壊されていた。
遊撃隊百人が、あっという間に半分になる。
恐怖が、俺たちを支配し始めていた。見えない敵ほど恐ろしいものはない。どこから攻撃が来るのか分からない。いつ自分が狙われるのか分からない。
その時、レイラが叫んだ。
「影だ! 影に潜んでいる!」
レイラの声が、闇の中に響く。
「シャドウは、影から影へ移動している!」
「なるほど...よく気づいたな」
シャドウの声が、感心したように響く。
「だが、気づいても無駄だ」
「そうかな?」
レイラが、短剣を構える。そして、地面に向かって投げた。
「【影縫いの術】!」
短剣が、地面に突き刺さる。その瞬間、闇の中で何かが動きを止めた気配がする。
「何!?」
シャドウの声に、驚きが混じる。
「今だ!」
クレアが、剣に炎を纏わせる。その炎が、周囲を照らした。
そして、そこに、一つの影が浮かび上がる。
全身を黒い装束で包み、顔には仮面をつけた、細身の人物。その手には、二本の短剣が握られている。
「姿を現したか」
シャドウが、仮面の下から呟く。
リリエルが、すかさず魔法を放つ。雷が、シャドウに向かって走る。だがシャドウは、影縫いを無理やり破って、影に潜り込んだ。雷が、床を焼くだけに終わる。
「まだまだ...」
シャドウの声が、また四方から聞こえてくる。
戦いは、さらに激しさを増していった。
シャドウは、影から影へと瞬時に移動し、俺たちを翻弄する。その速度は、目で追うことすらできない。
だが、俺には考えがあった。
「みんな、俺に任せろ!」
俺は、創造魔法を発動させる。だが今回は、武器ではない。
「【創造魔法・光の太陽】!」
広間の中央に、巨大な光の球が出現する。それは、まるで小さな太陽のように、圧倒的な光を放ち、広間全体を真昼のように照らし出した。
影が、全て消える。
シャドウが潜む場所が、なくなる。
「賢いな...」
シャドウが、広間の隅に姿を現す。もう隠れる場所はない。
「だが、真正面からでも俺は強い」
シャドウが、短剣を構える。
その瞬間、アリシアが動いた。
「【瞬影】」
アリシアの姿が消え、次の瞬間、シャドウの背後に現れる。剣が振り下ろされるが、シャドウはそれを短剣で受け止めた。
「速い...」
シャドウが、呟く。
「だが、俺も負けん」
シャドウが反撃する。その動きは、まるで風そのもののように、形がない。
「【疾風】」
シャドウとアリシアが、激突する。
二人の残像が、広間中に現れては消える。剣と短剣がぶつかり合う音が、まるで雨のように連続して響き、どちらが優勢なのか、目で追うことすらできない。
互角だった。
速度において、二人は完全に互角だった。
だが、アリシアには仲間がいる。
ミーナが、弓を引く。
「【必中の矢】」
矢が、シャドウに向かって飛ぶ。シャドウは、それを察知して影に潜ろうとするが——光の太陽が照らす広間には、もう影はない。
短剣で矢を弾くしかなかった。だが、その一瞬の隙が、致命的だった。
セレスティアが、聖なる光を放つ。その光が、シャドウの足元の僅かな影さえも消し去る。
レイラが、再び影縫いを放つ。今度は、シャドウの服の影を縫い付けた。シャドウの動きが、完全に止まる。
「今だ!」
クレアとアリシアが、同時に動く。
炎の剣と、瞬影の剣が、シャドウを両側から挟む。
シャドウは、両方を避けることができない。
二つの剣が、シャドウの体を貫いた。
「ぐっ...!」
シャドウが、膝をつく。その体から、黒い霧が漏れ出している。
仮面が、ゆっくりと割れて、地面に落ちた。
その下から現れたのは、若い男の顔だった。傷だらけで、疲れ果てた、だがどこか安らかな表情をしている。
「俺も...かつては騎士だった...」
シャドウが、血を吐きながら言う。
「王国騎士として、主君に仕えていた」
その声は、もう敵意を含んでいない。
「だが、裏切られた。仲間に、主君に、全てに」
シャドウの目が、遠くを見る。
「暗殺者となって、闇の中で生きてきた」
「魔王様は...俺に居場所をくれた...」
シャドウが、微笑む。
「初めて、俺を必要としてくれた...」
「だが...お前たちは強い...」
シャドウの体が、光の粒子となって崩れ始める。
「魔王様を...頼む...」
その言葉に、俺たちは驚く。
「魔王様も...孤独なんだ...」
シャドウの最後の言葉が、静かに響いた。
そして、シャドウは消えた。後には、黒い短剣だけが残されている。
「魔王も...孤独?」
リリエルが、呟く。
俺たちは、シャドウの言葉の意味を考えていた。エルザも、シャドウも、魔王に救われた者たちだ。ならば、魔王とは一体、どんな存在なのか。
「行こう」
クレアが、前を向く。
「まだ、終わりじゃない」
遊撃隊は、五十人ほどに減っていた。だが、残った兵士たちの目には、まだ闘志が宿っている。
俺たちは、さらに奥へと進んだ。
そして、また一つの巨大な扉の前に到達する。
扉の向こうから、重厚な気配が漏れてくる。それは、まるで山そのものが向こう側にあるかのような、圧倒的な重さを持つ気配だった。
扉が、ゆっくりと開く。
その向こうには、一つの巨大な影が立っていた。
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