第32話:王宮の騎士
毒殺未遂事件の翌日、俺はクレアと共に調査を開始した。
王宮の一室を借りて、事件の手がかりを探している。テーブルには、昨夜のワイングラスや、目撃者の証言をまとめた書類が並んでいた。だが、決定的な証拠は見つかっていない。
「犯人の手がかりが、まったくないな」
クレアが、苛立ったように言う。
「使用人に変装していた男も、逃げられたし」
「ああ。だが、諦めるわけにはいかない」
俺が書類を見直していると、ノックの音が響いた。
「失礼します」
扉が開き、一人の女性が入ってきた。
その瞬間、俺は息を呑んだ。
黒髪が、ポニーテールで結ばれている。その髪は、まるで夜空を切り取ったかのように深く美しい色をしていて、歩くたびに艶やかに揺れる。目は深い青色で、意志の強さを感じさせる鋭い眼差しだ。高い鼻筋、キリッとした眉、そして引き締まった顎のライン。その顔立ちは、凛とした美しさに満ちていた。
身長は高く、170センチほどあるだろうか。黒と銀の騎士鎧を身につけていて、その体つきはスレンダーだが、鍛え抜かれた戦士の筋肉が感じられる。それでいて、女性らしい曲線も保たれていて、その対比が彼女の魅力をさらに引き立てている。腰には、黒い刀身の剣が佩かれていた。
「王宮騎士、アリシア・ヴァルトハイムです」
彼女は、丁寧に一礼した。その動作には、一分の隙もない洗練された美しさがあった。
「レン・タカミです。こちらは、クレア・ファルケンハイン」
「存じております」
アリシアは、俺たちを見つめた。その目には、まるで氷のような冷静さがあったが、同時にどこか温かみも感じられる不思議な魅力があった。
「昨夜の事件、私も調査に加わらせていただきたく参りました」
「調査に?」
「はい」
アリシアの表情が、わずかに険しくなる。
「王女様を狙った卑劣な行為。私も、この事件を許せません」
その声には、強い正義感が滲んでいた。
「ありがとうございます。協力してもらえると助かります」
俺が言うと、アリシアは小さく頷いた。
「では、早速ですが」
アリシアは、テーブルに近づき、書類を手に取った。
「目撃者の証言を見ると、犯人は王宮の使用人に変装していました」
「ああ」
「ですが、本物の使用人ではない。ということは、誰かが王宮に侵入したことになります」
アリシアは、地図を広げた。
「王宮への侵入経路は、限られています。正門、裏門、そして...貴族専用の通路」
「貴族専用の?」
「はい。一部の高位貴族は、王宮への専用通路を持っています」
アリシアの指が、地図上のある場所を指した。
「その中で、最も怪しいのが...」
「デュラン公爵」
クレアが、その名を口にした。
「昨夜、レンに敵意を向けていたな」
「ええ」
アリシアも、同意する。
「デュラン公爵は、古い貴族の中でも特に保守的です。新しい血が王族に入ることを、極端に嫌う」
「では、彼が犯人の可能性が高い?」
「可能性は十分にあります」
アリシアは、凛とした表情で言う。
「今夜、デュラン公爵の屋敷を調査しましょう」
その日の夜、俺たち三人はデュラン公爵の屋敷近くに潜んでいた。
屋敷は、王都の貴族街にある。豪華な門に高い塀、そして庭には美しい彫刻が並んでいる。だが、その美しさの裏には、何か不穏なものが隠されているような気がした。
「屋敷の警備は厳重です」
アリシアが、小声で説明する。
「正面から入るのは無理。裏手から侵入しましょう」
「了解」
俺たちは、塀を乗り越えて屋敷の庭に入った。
月明かりだけが頼りだ。庭には木々が茂り、その影が地面に不気味な模様を描いている。風が吹くたびに、葉がざわめき、まるで誰かが囁いているかのような音が響く。
「あそこ」
アリシアが、屋敷の一角を指差した。
「地下への入口があります」
俺たちは、慎重に地下への階段を降りていった。
石造りの階段は冷たく、足音が静かに響く。壁には松明が灯されていて、その光が揺れるたびに、影が踊るように動いた。
地下には、長い廊下が続いていた。
「この先に、何かある」
クレアが、警戒しながら前に進む。
廊下の奥から、かすかに声が聞こえてきた。
「...計画は順調に...」
「...レン・タカミを...」
俺たちは、その声がする部屋の前で止まった。
扉の隙間から、中の様子が見える。
部屋には、数人の黒ローブの男たちがいた。そして、その中央には——デュラン公爵が座っていた。
「次は、確実に始末しろ」
デュラン公爵の声が、冷たく響く。
「レン・タカミがいる限り、我らの計画は進まん」
「ご安心ください」
黒ローブの男が、低い声で答える。
「闇の使徒の力を持ってすれば、あの程度の男など...」
「闇の使徒...?」
俺が小声で呟くと、アリシアの表情が変わった。
「まさか...」
その時、扉が突然開いた。
「誰だ!」
黒ローブの男たちが、一斉に俺たちを見た。
「くっ...気づかれた!」
クレアが、剣を抜く。
「レン・タカミ...わざわざ来てくれたか」
デュラン公爵が、不気味に笑った。
「好都合だ。ここで始末できる」
黒ローブの男たちが、俺たちに襲いかかってきた。
「【闇の刃】!」
男たちの手から、黒い刃が放たれる。その刃は、まるで闇そのものが凝縮されたかのような、不気味な輝きを放っていた。
「危ない!」
アリシアが、俺の前に飛び出した。
「【瞬影】!」
アリシアの体が、一瞬で消えた。いや、消えたのではない。あまりにも速く動いたため、残像が見えるほどだったのだ。
次の瞬間、アリシアは黒ローブの男の背後に現れていた。
「遅い」
アリシアの剣が、男の武器を弾き飛ばす。その剣技は、まるで風が吹き抜けるように滑らかで、それでいて確実だった。
「何...!?」
男が驚いている間に、アリシアは次の男に向かっていた。
「【連閃】!」
アリシアの剣が、光の軌跡を描く。一瞬で三連撃を放ち、男たちを次々と倒していく。その動きは、まるで舞踏のように優雅で、それでいて致命的な正確さを持っていた。
「すごい...」
俺は、思わず呟いた。
アリシアの戦闘力は、想像以上だ。クレアに匹敵する、いやそれ以上かもしれない。
「ぼんやりするな!」
クレアが、俺の横を駆け抜ける。
「俺たちも戦うぞ!」
俺も、剣を抜いて男たちに向かった。
黒ローブの男たちは、強かった。闇の魔法を使い、連携して攻撃してくる。だが、俺たち三人の方が上だった。
クレアの剣が、男の武器を砕く。俺の魔法が、男たちを吹き飛ばす。そして、アリシアの速さが、男たちを翻弄する。
十分後、黒ローブの男たちは全員倒れていた。
「くそっ...!」
デュラン公爵が、逃げようとする。
「逃がすか!」
クレアが、公爵の前に立ちはだかった。
「観念しろ」
「く...」
デュラン公爵は、その場に崩れ落ちた。
戦いが終わり、俺は深く息をついた。
「大丈夫ですか?」
アリシアが、俺に近づいてきた。その目には、心配の色が浮かんでいる。
「ああ。君のおかげだ」
「いえ...私は、当然のことを」
アリシアは、少しだけ顔を赤らめた。その表情は、いつものクールな彼女とは違う、どこか初々しいものだった。
「あれは...闇の魔法」
アリシアが、倒れた男たちを見る。
「闇の使徒...王国に古くから伝わる、邪悪な組織です」
「闇の使徒...」
「彼らは、魔王復活を企んでいると言われています」
アリシアの声には、恐怖が滲んでいた。
「まさか、デュラン公爵が彼らと繋がっていたとは...」
クレアが、公爵を縛り上げた。
「これで、証拠は揃った」
「ああ」
俺は、アリシアを見た。
「君の協力のおかげだ。ありがとう」
「いえ」
アリシアは、俺を真っ直ぐ見つめた。
「私も...あなたの力になりたい」
その言葉には、何か特別な想いが込められているように感じた。アリシアの目には、俺への敬意と、そしてそれ以上の何かが揺れ動いているように見えた。
「これから、もっと危険なことが起こるかもしれません」
アリシアは、続けた。
「闇の使徒が動いている以上、あなたも狙われる。だから...」
アリシアは、少しだけ躊躇してから、決意したように言った。
「私を、あなたの護衛にさせてください」
「護衛?」
「はい。あなたを、守らせてください」
アリシアの目は、真剣だった。
クレアが、少し驚いたような表情を浮かべている。
「君は、王宮騎士だろ? それを辞めて...」
「構いません」
アリシアは、きっぱりと答えた。
「私は、正義のために剣を振るう。あなたは、正しい人だと分かりました」
「アリシア...」
「それに...」
アリシアは、わずかに頬を染めた。
「あなたと共に戦いたいのです」
月明かりが、屋敷の地下に差し込んでいた。
その光の中で、アリシアの黒髪が美しく輝いている。




