第3話:宿屋の看板娘
翌朝、俺は爽やかな目覚めを迎えた。
前世では、毎朝スマホのアラームに叩き起こされていた。目覚めは最悪で、身体は重く、頭はぼんやりしていた。だが今朝は違う。自然と目が覚めて、身体は驚くほど軽い。不死身の身体の恩恵だろうか。
窓の外からは、爽やかな朝日が差し込んでいる。鳥のさえずりが聞こえて、どこか牧歌的な雰囲気だ。
「異世界の朝か...」
ベッドから起き上がり、軽く伸びをする。関節がポキポキと鳴って、気持ちいい。
部屋を出て階段を降りると、一階の食堂から美味しそうな匂いが漂ってきた。パンを焼く香ばしい匂いと、何かのスープの匂いが混ざっている。
食堂に入ると、昨日受付にいた銀髪の少女——エミリアが、テーブルに料理を並べているところだった。
「おはようございます」
俺が声をかけると、エミリアがビクッと肩を震わせて振り返った。
「あ...おはようございます...」
相変わらず小さな声だ。だが、昨日よりは少しだけ声がはっきりしている気がする。
「朝食、いただけますか?」
「はい...こちらへどうぞ...」
エミリアが案内してくれたテーブルに座ると、彼女が手際よく料理を並べてくれた。焼きたてのパン、野菜たっぷりのスープ、それにベーコンとスクランブルエッグ。シンプルだが、美味しそうだ。
「いただきます」
パンを一口齧ると、外はカリッと香ばしく、中はふんわりと柔らかい。スープも野菜の甘みがしっかり出ていて、優しい味わいだ。
「美味しいですね」
俺が素直に感想を伝えると、エミリアの頬がほんのりと赤くなった。
「...ありがとうございます」
そう言って、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らす。
「エミリアさんが作ったんですか?」
「はい...得意ではないですが...」
「いや、十分美味しいですよ。むしろ、かなり上手いと思います」
俺は本心からそう言った。前世で一人暮らしをしていた頃、自炊はしていたが、ここまで美味しく作れたことはない。
エミリアは、また少しだけ頬を染めて、小さく微笑んだ。
「...よかった」
その笑顔が、やけに可愛らしく見えた。昨日は気づかなかったが、エミリアは結構美人だ。銀髪に青い瞳という組み合わせも珍しくて、神秘的な雰囲気がある。
「エミリアさんは、ここの娘さんですか?」
「はい...父が、この宿を...」
「そうなんですね。お父さんは?」
「今は...街に買い出しに...」
エミリアは、言葉を選ぶように、ゆっくりと答える。人見知りなのか、それとも単に口数が少ないタイプなのか。
「じゃあ、今はエミリアさん一人で宿を?」
「はい...でも、慣れてるので...大丈夫です」
そう言って、彼女はまた小さく微笑んだ。
俺は朝食を食べ終えると、エミリアに礼を言って宿を出た。
今日もまた、冒険者ギルドに行く予定だ。もう少しクエストをこなして、ランクを上げたい。それに——リーナにまた会いたいという気持ちもあった。
ギルドに着くと、既に何人かの冒険者たちがクエストボードを眺めていた。昨日よりも人が多い気がする。
カウンターを見ると、リーナが笑顔で冒険者の対応をしているのが見えた。
俺は彼女が空くのを待ってから、カウンターに近づく。
「おはようございます、リーナさん」
「あ、レンさん! おはようございます♪」
リーナは、俺の顔を見るなり、パッと表情を明るくした。
「今日もクエストですか?」
「はい。何かお勧めはありますか?」
「そうですね...レンさんなら、これなんてどうでしょう?」
リーナが取り出したのは、『森の魔物退治』という依頼書だった。
「森に出現するオークを十体討伐してください、とのことです。報酬は五百ゴールドです」
「オークですか」
「はい。スライムよりは強いですけど、レンさんなら問題ないと思います♪」
リーナは自信満々にそう言う。その信頼が嬉しくて、俺は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、それで」
「分かりました! 頑張ってくださいね♪」
リーナが両手をぎゅっと握りしめて応援してくれる。その仕草が可愛くて、少しドキドキしてしまう。
俺は再び森へと向かった。
オークは、スライムよりも強いらしい。だが、俺にとってはどちらも大差ないだろう。
森を進んでいると、すぐにオークの群れを見つけた。豚のような顔をした、二メートルほどの巨体を持つ魔物だ。棍棒を持って、こちらを睨んでいる。
「十体か」
ちょうどいい。全員まとめて片付けよう。
「ファイアストーム」
範囲魔法を発動する。
すると、オークたちの周囲に、巨大な炎の渦が巻き起こった。炎はオークたちを飲み込み、瞬く間に焼き尽くす。
十秒後、炎が消えると、そこにはオークの姿はなく、ただ魔石だけが地面に転がっていた。
「...やっぱり楽勝だな」
俺は魔石を拾い集めて、アイテムボックスに収納する。
そのまま森を出て、ギルドへ戻った。
「お帰りなさい♪ ...また早いですね!?」
リーナが驚いたように目を丸くする。
「はい。これ、魔石です」
十個の魔石をカウンターに並べると、リーナは何度も俺と魔石を見比べた。
「三十分で十体...レンさん、本当に凄すぎます...!」
「そんなに凄いですか?」
「凄いですよ! 普通のFランク冒険者なら、オーク一体倒すのに一時間はかかります。それを三十分で十体なんて...」
リーナは興奮した様子で、カウンターに身を乗り出してくる。その距離が近くて、思わずドキドキしてしまう。
「レンさん、絶対に将来、凄い冒険者になりますよ♪」
「ありがとうございます」
「ふふ、照れないでください♪ あ、そうだ! 報酬です」
リーナが革袋を渡してくれる。中には、金貨が五枚入っていた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ♪ また来てくださいね!」
リーナは本当に嬉しそうに笑っている。その笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
俺はギルドを出て、街を散策することにした。まだ昼過ぎだし、時間はたっぷりある。
東通りを歩いていると、エミリアが言っていたパン屋を見つけた。小さな店だが、店先からいい匂いが漂っている。
「ちょっと寄ってみるか」
店に入ると、若い女性の店主が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい! 何にする?」
「お勧めは?」
「今日焼きたてのクリームパンがあるよ! 甘くて美味しいよ!」
「じゃあ、それを二つください」
「あいよ! 二十ゴールドね」
俺は金を払い、クリームパンを受け取った。一つはその場で食べて、もう一つはエミリアへの差し入れにしよう。
クリームパンを齧ると、中からとろりとしたクリームが溢れ出してきた。甘くて、滑らかで、本当に美味しい。
「うまい...」
思わず声が出る。前世で食べたどのクリームパンよりも美味しい気がする。
俺は満足しながら、宿へと戻った。
宿に着くと、エミリアがカウンターで本を読んでいた。
「ただいま」
俺が声をかけると、エミリアがビクッと顔を上げる。
「お帰りなさい...」
「これ、差し入れです」
俺はクリームパンを差し出した。エミリアは、驚いたように目を見開く。
「...私に?」
「はい。東通りのパン屋で買ってきました。エミリアさんが勧めてくれたので」
「...ありがとうございます」
エミリアは、恥ずかしそうに受け取った。そして、小さく微笑む。
「レンさん...優しいですね...」
「そんなことないですよ。ちょっとした御礼です」
「御礼...?」
「今朝の朝食、美味しかったので」
エミリアの頬が、ほんのりと赤くなる。
「...嬉しいです」
その言葉と笑顔を見て、俺も嬉しくなった。
「じゃあ、部屋に戻りますね」
「はい...」
部屋に戻り、ベッドに寝転がる。今日も充実した一日だった。
窓の外を見ると、夕日が沈み始めている。空がオレンジ色に染まっていて、綺麗だ。
「そろそろ夕飯か」
俺は部屋を出て、一階の食堂へ向かった。
食堂には、既にいくつかのテーブルに料理が並べられていた。そして、エミリアがテーブルの間を行き来しながら、料理を運んでいる。
「あ、レンさん...こちらへどうぞ...」
エミリアが俺を空いているテーブルへ案内してくれる。
「今日の夕食は...シチューとパンです...」
「美味しそうですね」
テーブルに置かれたシチューは、野菜と肉がたっぷり入っていて、湯気が立ち上っている。
スプーンで一口食べると、濃厚な味わいが口の中に広がった。肉は柔らかく、野菜も煮込まれていて甘い。
「うまい」
思わず声が出る。エミリアは、その言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
「...よかったです」
「エミリアさん、料理上手ですね」
「...そんなことないです。でも...レンさんが喜んでくれると...嬉しいです」
エミリアは、また少しだけ頬を染めた。
俺たちは、しばらくそうやって会話を続けた。エミリアは口数は少ないが、話していると少しずつ打ち解けてくるのが分かる。最初は一言二言だったのが、今では短い文章で答えてくれるようになった。
夕食を終えると、俺は部屋に戻ろうとした。
「レンさん...」
エミリアが、小さな声で呼び止める。
「はい?」
「その...クリームパン、美味しかったです...ありがとうございました...」
「どういたしまして。また何か美味しいものがあったら、教えてくださいね」
「はい...」
エミリアは、嬉しそうに微笑んだ。
俺は部屋に戻り、ベッドに横になった。今日も良い一日だった。リーナとも話せたし、エミリアとも少し仲良くなれた気がする。
「異世界、本当に最高だな...」
そう呟いて、目を閉じようとした、その時だった。
遠くから、悲鳴が聞こえた。
「...!?」
俺は飛び起きて、窓の外を見る。既に外は暗くなっていて、街灯の明かりだけが街を照らしている。
そして、再び悲鳴が聞こえた。
今度ははっきりと聞こえる。女性の悲鳴だ。
「...やれやれ」
俺は溜息をつきながら、部屋を出た。
一階に降りると、エミリアがカウンターで心配そうに外を見ていた。
「何かあったんですか?」
「分かりません...でも、悲鳴が...」
「ちょっと見てきます」
「危ないです...!宿にいた方が安全ですよ」
エミリアが心配そうに俺を見る。その表情が可愛くて、思わず微笑んでしまった。
「大丈夫ですよ。すぐ戻ります」
「...気をつけてください」
俺は宿を出て、悲鳴の方向へと走った。
街の路地裏。暗闇の中で、何かが起こっている。
そこには——金髪の女性と、彼女を囲む五人のゴロツキの姿があった。
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